7 偽物
「に、偽物だ!!!」
突然メドルバと一緒にやって来た側近の一人が、レティシアに指をさしながら悲鳴のような声で叫んだ。
「この瞳を見てもそうお思いですか?」
そう言いながらゆっくりと恐怖で顔を歪ませている神官に近づいていく。
レティシアの瞳はこの国では特別珍しい色をしていた。赤みがかった紫色で、一目見たら誰も忘れられない神秘的で美しい瞳だった。影武者を作ることが難しいのは誰にでもわかることなので、この屋敷にやって来た神官が、ただ現実を受け止められずに騒いでいるのは明らかだった。
「首を触ってみますか? しっかりくっついていますよ?」
そう言いながらそっと自分の首を指でなぞる。
「ヒッ! ヒィィ! 許してくれ……許して……!」
「まあ神官様、なにを謝ってらっしゃるの? なにか悪いことをされたのですか?」
「あ……あっ……違う! 違う……!」
ミケーラは驚いていた。ただレティシアとして現れただけでこんなにも恐怖し、成人男性が涙を浮かべるのかと。
(復讐方法は任せるって言うわけだ)
死人が甦ったのだ。魔法など存在しないこの世界で、起こるはずのないことが起こったのだから、それは奇跡以外何ものでもない。レティシアに対して後ろ暗いことがある者にとって、その奇跡はなによりも恐ろしいことだった。
「ああわかった! 以前貴方が娼館で腕の骨を折った女の子に謝ってるのですね? 確か名前はイレーネ……」
「うわあああああああああ!!!」
イレーネはあの後、折れた腕をまともに使えなくなってしまった。悲しいことに娼館では、それはもうしょうがないこととして片づけられてしまう。だがミケーラはレティシアの体に入って、それが決してしょうがないことではないと知った。だからこの神官に少し仕返しするつもりだったのだ。どうやら思っていた以上に効いている。
「な、何故それを……!?」
「……秘密です」
困ったときはニコリと笑う。それがミケーラの生き方だった。彼はそれが余計彼には怖く感じたようだ。他の秘密も全て知られているもしれないという恐怖でブルブルと震え始めた。
「捕らえろ」
メドルバは低く、ハッキリとした言葉で側にいた顔色の悪い聖騎士に命令した。
「あら、そちらの聖騎士様も同じ娼館に出入りしていらっしゃいますよね」
声をかけられた騎士はビクッと体が震える。
「貴方も貴方も、そして貴方もそうですよね」
ある者は膝から崩れ落ち、ある者は泣いて懇願し、ある者はその場から逃げ出そうとして、公爵家の兵士に捕まった。
「このような者達が認めた聖女など……どんなものだかわかったものではありませんな」
宰相は冷たく言い放った。
「大神官、貴方は元々聖女には懐疑的な立場にいらしたはずだ」
王の問いかけにメドルバは答えない。彼ほどの人物でも現実を飲み込むのに時間がかかっていた。落ちた首がくっつき、信頼していた側近達は禁忌を犯していた……。
「このままでは国が分断してしまう。それは貴方も望んでいないでしょう」
「……それで国王側に立つ聖女を作ろうというのですか」
メドルバは、教会が王国の抑制剤になっているという自覚があった。同じくらいの力を持ち続けることで、王族達が国を好き放題できなくなるし、これまでは実際そうだった。教会の力とは主に多くの平民達からの支持だ。だから彼は決して屈することは出来ない。
「どの道、そちらは分が悪いですよ」
相変わらず宰相は不機嫌な態度を取り続ける。娘を殺した女の後ろ盾だ。二度と好意的には見ることはない。
「それはどういう意味でしょうか」
メドルバも負けじと声をすごめて応答する。
窓から入ってきた風と一緒に、ルークが姿を現した。クルクルとメドルバの頭の上を回り、そうしてレティシアの肩の上にとまった。頬を摺り寄せ、その神々しい鳥がレティシアの為に存在していることが分かった。
「甦った公爵令嬢と聖アルテニアの使い鳥を見て、人々はどう思うでしょうかね」
メドルバはもう宰相の声などを聞いてはいなかった。ただその鳥の姿を見て静かに涙を流していた。彼が長年仕えた神の存在を身近に感じ、胸がいっぱいになっていたからだ。