6 大神官、来る
大神官メドルバは、とても厳格な人間だと思われている。それは間違いではないが、厳格なのは教会が腐敗してしまわないように、自他共に厳しく接する必要があったからだった。元々は大変優しく慈悲深い人物だった。だからレティシアの葬儀に立ち会った神官が、
「甦った! 悪女が地獄から帰ってきた!!! 我々は……我々は……悪女に殺される!!!」
などと叫びながら震えていたのを見つけ、あまりにも大騒ぎするので地下牢へと幽閉したのだ。理由は死者を冒涜するような発言をしたから、という軽いものだったが、一部の神官たちがあの聖女と手を組んでレティシアを陥れたことを察していたメドルバには、彼が罪悪感から幻覚でも見たのだろうと思っただけだった。彼自身、聖職者である彼らの非道なおこないの証拠を見つけられず、自分自身の非力さを酷く悔やんでいたのだ。
処刑の前夜、噂の悪女と会話をした時、レティシアはメドルバに恨み言一つ言わなかった。ただ、大神官がわざわざ自分を訪ねてくれたことに感謝しただけだった。
メドルバはレティシアを気に入っていた。王族と教会は長年相容れない間柄だったが、王太子の婚約者である彼女はそんなことを全く感じさせず教会で礼儀正しく、神官たちにも敬意を持って接してくれた。だから葬儀の場に神官を行かせたのだ。反発もあったが、問答無用とばかりに側近の一人をレティシアの元へと行かせた。少しでも早く聖アルテニアの元に行けるようにと。……その神官がまさか聖女側だとは気が付かなかったが。
(悪いことをしたな……)
だから急にそのレティシアの父親に呼びつけられた時、通常であれば無礼だと感じる感覚を持たなかった。メドルバの側近である神官達は憤っていたが、彼はそれを諫め、言われた通りにレティシアの屋敷へ向かった。
大神官の側近の神官達や護衛の聖騎士等、かなりの人数がレティシアのいる公爵家の屋敷へやってきた。
豪華な来賓室に、この国の王と宰相、さらに教会の最高権力者の大神官まで揃っている。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
国の王に対し少しも気後れすることはない。それくらい大神官の地位は高いのだ。
「大神官、貴方達が聖女と呼んでいる女、今すぐにでも偽聖女として人々広めてもらいたい」
王も同じく怯みなどしない。率直に用件を伝える。
「何をおっしゃるのですか!!?」
怒りの声を上げたのはメドルバではなく側近の方だった。それをメドルバは手でソッと制し、自ら王の言葉に反論する。
「彼女の予言は正確だった。一つだけならまだしも複数だ。特別な女性であることに変わりはないでしょう」
「あの女は悪魔だ! 罪もない令嬢を死に追いやった。貴方もわかっているでしょう……あの女が何を求めているか……」
いつもは穏やかな王が今日はやけに昂っている。しかもわざわざあのレティシアの屋敷で。どう言うことか考えあぐねていたメドルバの前に、その理由が現れた。
「ッ!?」
「ヒィィィィ!!!」
「そんな……そんなっ!!!」
「うわぁぁぁぁ!!!」
「嘘だ! 確かに死んだはずだ!!! 私は確かに見た!!!」
レティシアが部屋に入ってきた途端、今日二度目の叫び声が屋敷中に響いた。聖騎士など恐怖が張り付いた顔のまま腰の剣に手を当てる始末。
(まるで幽霊を見たような反応ね。まあ似たようなものだけど)
メドルバは、ただただ目を見開いて彼女を見つめていた。息をするのも忘れている。
(あれ? 店に来てた人だわ)
この記憶は、レティシアのものではなくミケーラのものだ。大神官メドルバの側に控えていた男性を見て気が付いた。あの娼館で何度もミケーラを指名してくれたが、いつも酔っぱらっていて何かと強引なタイプの客であまり好きではなかった。
(あれ? あの人も……あの人もそうだわ)
ミケーラの客以外もチラホラといる。娼館で何度も見かけたので覚えていたのだ。その中にはミケーラの友人を乱暴に扱って大怪我をさせた人物もいた。だがおかしい。
(レティシアの記憶では、聖アルテニア教は異性を金で買うことを禁止していたはず……それに神官はそういう行為がそもそもダメだって……)
その時、レティシアが最後に言っていた『運命』という言葉が頭をよぎった。