5 国王、来る
ある日の昼下がり。ミケーラが公爵家の庭園で美味しいお茶とお菓子を嗜んでいた時、急に侍女のルビーが緊張した面持ちで駆け寄ってきた。
「陛下がいらっしゃいます! 急ぎ準備を」
ミケーラよりも周りの方が大慌てだ。
レティシアの父親は娘が処刑されたと言うのに、いまだこの国の宰相という地位にいた。もちろんそのことに強い反発もあるが、王や有力貴族達がこぞって味方に付いている。
彼らは最初からパミラに違和感を感じていた。案の定教会と手を組んで世間が自身を聖女と呼ぶように仕向け、今度は王太子と婚約するため、未来の王妃となるために画策していた。
『パミラはこの国を乗っ取ろうと企んでいる』
彼らは一様にそう考えているからだ。
この国は今、教会が擁立する聖女パミラと共にいる王太子派と、教会とは距離を取る国王派に二分されていた。だから国王派であるレティシアの父親を宰相の地位に留めていたのだ。
パミラは今までこの国で起きた様々な厄災を国王や一部の貴族のせいだとし、自身はそんな国を救うためこの国の神、聖アルテニアから力を授かったのだと宣言している。
だが実際、予言こそするものの、いつも対応は後手後手になっていた。パミラは物語通りの解決方法しかわからなかったからだ。イナゴの大群も水災害も流行り病も何も止められはしなかった。
国王はなんとかパミラを排除したいと考えていた。彼女はどんどん力を付けていっている。だが何もできずに手をこまねいていた所に、まさかの報告がやってきた。
「我が娘、レティシアが甦りました」
王は耳を疑った。それに宰相の正気も。愛する娘を失っておかしくなったのではないかと思わずにいられない。
「どうか一度屋敷にいらしていただけませんか」
宰相の顔は曇りもなく真剣だ。王は彼に対して罪悪感があった。彼の娘を守ってやれなかった。彼はいつも自分に誠実に対応してくれていたというのに。
(どの道、この者が正気かどうかは確かめねばなるまい)
王は宰相の言葉を少しも信じていなかった。だから、王の前でいつものように美しく挨拶をするレティシアを、首のついたレティシアを見た時、膝から崩れ落ち、床に手をつき取り乱した。
「あああああああ! 許してくれ! 私を許してくれ!!!」
処刑を言い渡したのも、処刑の合図をかけたのも彼の息子ライルだったが、処刑を許可したのは王だ。あの時はもう世論を止めることが出来ず、レティシアの首を生贄に民衆を黙らせたのだった。
王は確かに地面に転がり落ちた彼女の首を見た。
「許しましょう」
(ビックリした~! 急に謝ってくるんだもん)
レティシアの記憶の中の王は、優しく公平な人物だった。記憶から彼女の感情を読み取ることは出来ないが、悲しい場面に彼はいなかった。小さい頃、彼から頭を撫でてもらった記憶が一番強く残っていた。だからあまり考えずに許すと伝えた。
(復讐相手はライルとパミラだからいいよね?)
肩に乗るルークにアイコンタクトを取る。ルークはそれは美しい声で鳴いた。王はその鳥を見てまた再び驚くのだった。
「陛下、少しお痩せになられたのでは?」
ミケーラはレティシアの記憶と違い、ずいぶん細くなっていた王を気遣った。
「ああ、貴女こそ真の聖女だ」
王は自分が処刑したと言っても過言ではないこの美しい娘が、少しの恨みつらみをぶつけることもなく、自分を許し、そして優しい言葉をかけたことにいたく感動した。
「今度こそお守りいたします……!」
王は彼女とルークの神々しさに、思わずそのまま跪いてしまうほどだった。
「ありがとうございます」
(え? なにから?)
ミケーラはとりあえず笑顔でいた。娼館でも困った時は笑っていた。そうしていれば何とかなることが多かったのだ。
「大神官を呼べ」
「承知しました」
レティシアの父親は安心したような顔になっていた。無事彼の希望通りコトが進んでいるようだ。
「レティシア嬢、お恥ずかしい話、私は聖アルテニアを信じていませんでした」
「左様でございますか」
「だがしかし、その使い鳥と貴女の復活、もう信じないわけにはいきません! 今こそ偽聖女を倒すときです!」
王の目には怒りと喜びが同時に宿っているようだった。
(うわぁ~私より気合い入ってる〜〜〜)
王はこの機を逃すつもりはなかった。これ以上パミラが力を付ける前になんとしても引きずり落とす。そのための最強のカードが今ここで手に入ったのだから。