3 贅沢な生活
ミケーラは新しい生活を楽しんでいた。あれだけ憧れた贅沢な生活だ。たまにこれは夢ではないかと思うこともあるが、
(一回死んだんだし、夢でも現実でもどっちでも同じようなもんね!)
と、思うことにした。
ただ大切にされることには慣れていなかったので、しばらくは家族や使用人達とのやりとりがぎこちなかったが、持ち前の順応性の高さからすぐに生活に溶け込んでいった。
「レティシア様、お湯加減はいかがですか?」
「とっても気持ちがいいわ! ありがとう」
「レティシア様、今日のお召し物はどちらにいたしますか?」
「貴女のセンスに任せるわ。この間のドレスとジュエリーの組み合わせ、とっても素敵だったもの!」
もちろんこの屋敷にいるすべての人が、彼女の変化に気付かなかったわけではない。だが首を落として再び生き返ったことを考えると、性格が柔らかくなったことなど些細なことに過ぎなかった。
「君、なかなかすごいね……」
「そう?」
広く豪華な部屋から使用人達が居なくなると、白く美しい鳥が話しかけてきた。美しい黄金の鳥籠が用意されているがそれには入らず、大きく可憐な白い花が咲く木の枝にとまっている。
ミケーラはこの鳥をルークと名付けた。名前がないとなかなか不便だからだ。昔娼館で飼っていた白猫と同じ名前にした。
「よく公爵家に順応してる……というか楽しめているよ」
「レティシアの記憶がすごいのよ! わからないことなんてなにもないんだもの」
「それを使いこなしてるのがすごいんだよ」
勉強などまともにしてこなかったミケーラには想像がつかないほど、レティシアの知識量は凄まじかった。膨大な時間と努力があってこその代物だということが、今の彼女には理解できる。
「私なんて文字の読み書きだけで精一杯だったわ。それでも娼館ではほんの数人しか出来なかったのよ? これで勉強した気になってたんだから恥ずかしい……」
「あのアホ王太子も、君みたいにキチンとレティシアの頑張りを認めてくれたらよかったんだけど」
豪華に装飾されたノブのついた扉がノックされる。
「どうぞ」
「レティシア様、お食事の用意ができました」
「すぐ行きますね」
本日の夕飯はホロホロに煮込まれた肉がたくさん入ったスープだ。ミケーラはそれをできるだけ上品に食べる。本当はかきこみたいところだが、それはマズイとレティシアの記憶が警告してくる。
(バレたらこの生活が終わっちゃうかもしれない!)
出来るだけこの生活を長く続けるために、ミケーラは真実を話さずにいたのだ。ルークからはどちらでも構わないと言われた。
「どうしたって大騒ぎになるだろうから、好きにしたらいいよ」
(死人が生き返ったんだから大騒ぎになるのは当たり前ね。だけどもう一週間も贅沢三昧しているわ……)
こんなこと生まれて初めてで、戸惑わずにはいられない。
「お父様、私はこのままでよろしいのでしょうか?」
レティシアの両親の前には野菜料理ばかりが並んでいた。娘の処刑に立ち会って以降、肉料理を受け付けなくなったのだ。当の本人は処刑前よりも好んで肉料理を食べるようになっていたが……。
「すまないねレティシア。せっかく蘇ってくれたのに屋敷に閉じ込めてしまって……もう少し待ってくれるかい?」
(閉じ込めるって……屋敷が広すぎてそんな感覚なかったな)
ミケーラにとって、これまではあの狭い娼館の中が世界のすべてだったのだ。
「ごめんなさいね……」
母親も申し訳なさそうな声だった。娘が退屈していると思ったのだろう。
「いいえそんな! 皆優しくしてくれますし、毎日とっても幸せです!」
(しまった!)
今のはレティシアらしくない、ミケーラの感想だった。だが両親はこれまでレティシアが王宮で受けてきた扱いとの差から出た感想だと勘違いをし、静かに涙を流した。
レティシアはこの一年、結婚前の妃教育の一環として王宮内で暮らしていた。王太子の母親や、宰相である父の政敵、そして聖女パミラからありとあらゆる嫌がらせを受けてきたが、それを見事に跳ね除けていた。
ミケーラがその記憶を読み取った時、それはそれは感動したのだった。
(レティシア、カッコいいー!!!)
レティシアはとても強い女性だった。彼女がこの国の王妃になればこの国はますます良い国になっただろう。しかし、そのレティシアはもういない。
(なんかムカついてきたわね)
ミケーラは今やレティシアの一部だ。レティシアが受けた恥辱はミケーラが受けたも同然に感じた。
「私の願いは叶ったわ。レティシアの願いはどう叶えればいい?」
「そうだね。君にはそろそろ真実を話しておこう」
ルークは鳥の姿から、以前暗闇の中で見た美しい青年に姿を変えた。