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12 運命の日

 予言という奇跡を見てもなお、全ての神官が彼女を信じなかったのは、彼女からどうしても漏れ出ている下劣な感情を感じ取ったからだった。その答え合わせをするかのように、彼女は日に日に尊大に、そして苛烈になっていった。


 聖女パミラは邪悪だった。 


 だが、パミラを妄信する信者達は彼女の言うことを何も疑わない。それを見た一部の神官は彼女の能力と人間性に疑問を感じながらも、彼女と手を組めばおいしい思いができると踏んで協力的になっていった。


 聖女になったパミラにとって、()()()レティシアを陥れることなど難しいことには思えなかった。


 だがそうではなかった。レティシアは決して油断していなかったからだ。


「キャーーー!」


 彼女の目の前で階段から転がり落ちようとしたが、レティシアは咄嗟に腕を伸ばし、パミラの下敷きになって倒れた。

 それでもパミラは言い張った。


「レティシア様に襲われました! もみ合いになって階段から落ちたのです!」


 その場にいたのはパミラの味方のみ。全員が同じように証言した。だがレティシアの方が怪我の具合は重く、そもそも王や大神官がその事実を疑っていたため、レティシアは療養も兼ねて自室へ軟禁されるにとどまった。


 それからしばらく、レティシアの周囲にはこれまで以上に侍女や護衛が注意深く付き添っていた。明らかに警戒しているので、それまではパミラの手先がいつでも入り込めていたのに、今回はそれが出来ない。


 聖女パミラの最後の予言は終わっていた。後はそれが現実になるのを待つだけだ。まもなく多くの国民がパミラの予言通り、流行り病で死ぬだろう。だからパミラは焦っていた。これ以上予言をすることも、それを解決することも出来ない。パミラの知っている物語は終わりを迎える。


 このままではレティシアがこの国の王妃になってしまう。彼女が全てを手に入れるのは到底許せないことだった。彼女の美貌を自分のものにはできない。ならばせめレティシアが得る予定の権力だけは奪いたい。全て自分のものにしたい。彼女を自分の前に跪かせたい。そんな思いで頭がいっぱいになった。


「さっさとあの女を殺せ! 殺せぇ!!!」


 とは言っても、自分が疑われても困る。最大級の屈辱を持って彼女を葬らなければ。


(じゃないとズルいじゃない!)


 レティシアがダメなら侍女を攻めよう。その侍女はレティシアに信用され可愛がられていた。そうして侍女の母親がはめていた指輪をつけた、まだ血の滴るその指を娘に送り付けた。小さな手紙と小瓶と一緒に。


『これをレティシアの部屋に隠せ』


 侍女は震えながら手紙の通りに小瓶を隠した。


 翌日、聖女パミラが毒を盛られたと城中が大騒ぎになった。そうしてその毒の入った小瓶が、レティシアの部屋で見つかったのだ。


「私が聖女を殺すなら、わざわざ証拠をこんなところに残すわけないでしょう」


 レティシアはかなり落ち着いていた。少しの動揺も見せずに取り調べに応じていた。パミラはこうなることを予想していた。だから半分は賭けだった。


「彼女の侍女が犯人よ!!!」


 気の毒な侍女は激しいむち打ちに耐えられず、本当のことを話した。だが、彼女の母親は生きている。指輪も指も、彼女の母親の手についたままだった。そうして侍女は拷問の末、処刑されることが決まった。


「私よ。私がやったわ」


 レティシアはいつも通りの表情だった。それが少しばかり癪ではあった。だがパミラの思う通りになったのだ。喜んでいいだろう。


(勝った!!! ついに勝った!!!)


 もちろん彼女がそう認めるのには条件があった。


「私の家族には手を出さないで」

「わかったわ」


 パミラは笑いが止まらなかった。天にも昇る気持ちで、その日は飲み明かしたのだった。


 レティシアは運命を受け入れた。これ以上あの可哀想な侍女をそのままにしておけなかった。すでに片目と片足を失い、顔に火傷跡が残っていた。


「守ってあげられなくてごめんなさいね」

「ああ……レティシア様そんな……私のせいで私のせいで……」

「いいえ。貴女のせいではないのよ。貴女のせいでは決してないの。自分を責めてはだめよ。今まで(わたくし)に尽くしてくれて感謝するわ」


 レティシアの父親が娘が嵌められたと騒いだが、彼女が罪を認めた以上、今更どうしようもなかった。パミラはレティシアとの約束通り、宰相の地位について言及はしなかった。あくまでレティシア個人の問題として処理した。


「甘すぎる! あの宰相も目障りだ! このまま爵位剥奪まで持っていけばいいじゃないか」


 ライルにとって、レティシアの父親も自分の即位には邪魔だった。


「レティシアにごねられてこの事件が長引く方が厄介だわ」


 パミラにも時間がなかった。もうすぐこの物語が終わりを迎える。すでに病は流行り始めているのだ。それにレティシアが死んでしまえば、その後はどうとでもなる。約束なんてただの時間稼ぎにしかならない。


「殿下。私、レティシアのあの瞳が欲しいです」

「ははっ! 確かにあの瞳だけは惜しいな。首を落とした後抉るとするか」


 レティシアの処刑は、大雨の中執行された。


 見物人はそれぞれだった。聖女を信奉しレティシアを罵る者、レティシアを信じ、処刑をやめるよう声を張り上げる者。大雨の音に負けじとそれは雷の音のように王都中に響き渡った。


「何か言い残すことはあるか」


 王太子ライルは元婚約者を前に口元の緩みを抑えることが出来ない。


「予言するわ。貴方はこれから毎日震えて暮らすようになる」

「ハハハッ! この期に及んで虚勢を張るとは……負け惜しみにしか聞こえないな」

「フフ。ではまたお会いしましょう殿下」


 ライルが一度も見たことがないような穏やかな笑顔だった。


 王太子の号令で、ギロチンの刃がレティシアの頭と体を二つに分ける。


 転がった首は目が開かれたままだった。パミラはその瞳と目が合った。吸い込まれそうになるほど美しい瞳だった。

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