1 甦った悪女
「うわぁぁぁぁぁ!」
「ウワァァァァ!!?」
「キャーーーー!!!」
(なに!? なにごと!?)
ミケーラが目覚めると、なにやら周りが大騒ぎしているのがわかった。だが彼女はなかなか目のピントが合わず、ここがどこかもよく思い出せない。
(変な夢みてたな……悪女レティシアになれって迫られる夢)
「レティシア!!!」
まだ夢の中にいるのだろうかと思ったが、ミケーラはその名を呼ぶ男性が誰だかわかった。レティシアの父親だ。彼はこの国の宰相で、公爵家の当主だった。
「うそっ!? 首が繋がって……!?」
「き、奇跡だ!!!」
そうしてゆっくりとレティシアの記憶が流れ込んできた。
(あ……私、レティシアになっちゃったんだ)
自分が起き上がったのはベッドの上ではなく、棺の上だと言うことにも気がついた。
レティシアは昨日処刑されたのだ。ギロチンで首を切り落とされた。一瞬で、頭と体が二つに分かれた。
その記憶がミケーラの中に入ってきた時、流石にゾッと身震いした。
レティシアはその身分の高さ故に遺体が辱めにあうことはなく、家族による葬儀も許されたのだ。
彼女の両親や使用人達が驚きと喜びで泣いているのが見える。どうやら巷で噂の悪女は家族からとても愛されているようだった。
ミケーラがどうしていいかわからず、ただ棺の上に座っていると、空から一羽の美しい白い鳥が舞い降りてきた。瞳と嘴と長い尾が金色に輝いてとても神々しい姿をしている。
「アルテニア様の使い鳥だ!」
アルテニアとはこの国の国教の神である。聖典でこの使い鳥はアルテニアの声を届ける役目として活躍していた。
(聖典なんて読んだことなかったけど、レティシアの記憶は便利ね)
ミケーラは目覚めてまだ一言も発していなかった。状況が飲み込めてくると、最早なんと言ったらいいかわからなかったのだ。
(どうも~! みんな元気だった? は、違うよね……)
ただミケーラ――レティシアを眺めながら人々はどんどん興奮して話を進めていった。
「やはり冤罪だったのだ! だからアルテニア様がレティシアを返してくださったに違いない!」
「レティシア様は嵌められたのだ!」
「神官様もご覧になりましたよね!?」
人々は衝撃と歓喜に打ち震えながら口々に叫んでいる。
この場で唯一レティシアの復活を喜んでいないのはこの司祭だというのがミケーラにはわかっていた。レティシアの記憶の中で、聖女と一部の教会の神官達が手を組んでレティシアを陥れてたことを知っていたし、何より今青い顔をしてブルブルと小刻みに震えている。
その時、ミケーラの頭の中に声が響いた。
「メドルバ様とパミラ様によろしくお伝えください」
その声の通りに神官に声をかけると、
「ヒィィィ!」
彼はついに恐怖から大きな悲鳴を上げ、よろけながらも一目散に逃げていった。
ミケーラは棺から出され、風呂に入れられ、綺麗な服を着せられ、美味しい食事を堪能した。皆ミケーラにとても優しく親切だった。
ミケーラがレティシアになる前、彼女は王都で娼婦をしていた。人気はあったのだが、その娼館の主人が最低最悪な人間で、彼女への見返りはほとんどと言っていいほどなかった。だが逃げようとすればいつも痛い目に合わされていたので、ただただ、娼婦として生きていくことを受け入れていた。それ以外に生きていく術を持たなかったからだ。
彼女がその娼館から出ることができたのは、流行病に罹ったからだった。他の娼婦にうつされたらたまらないと、ゴミのように放り出された。そうして恋焦がれた自由を堪能することもなく、彼女は路上で一人亡くなった。雨に濡れた石畳は冷たく、硬い地面に横たわった体からゆっくりと体温を吸いだした。
ちょうど時刻を同じくして、レティシアの首も落ちた。
直後、彼女達は生と死の狭間の世界に呼び出されたのだった。