林のそばには -ノビル・魚ー
やっと林に着いた。
ここまで長かったー。
太陽はもう中天近くまで昇りきっている。明け方の寒さが噓のような春の陽気にさらされ、由香里の額には汗の粒が浮かんでいる。
魔物を警戒してしっかりと手に握っていた火の魔道具は、持ち手の皮のところが由香里の汗で黒く色を変え、しっとりと湿っていた。
クゥ~、キュルルルル。
腹減った。
お腹がからっぽで、背中とお腹の皮がくっつきそう~。
まったなしの空腹感につれられて、由香里はふらふらと川辺まで歩いて行った。
手で川の水をすくって、ゴクゴクとお腹いっぱいになるまで飲んでみる。喉の渇きは落ち着いたが、いっこうに満腹感は得られない。
顎から水を滴らせて顔を上げると、キラリと光る銀色の魚影が目に入った。
魚がいる!
おいしそう~。
あれがフナなのか鯉なのか、それともイワナなのかヤマメなのか、そんなこたぁどーでもいい。神様、我にたんぱく質を与えたまえー!
火の魔道具をズボンのベルトに引っ掛けると、由香里は大きめの石を持ち上げて川の中に運び始めた。
石を並べて堰を作り、その堰の端から上流の方へ向かって長細いプール状の生け簀を作ってやったら、簡易の罠ができるんじゃね?
川遊びは学校で禁じられていたので、魚獲りなどやったことはないが、流れてくる川を堰き止めることで、魚を一網打尽にできるのではないか?と考えたのだ。
この由香里の思い付きは、功を奏した。
体力がなくて魚が反転できる大きな生け簀が作れなかったのもよかったのだろう。生け簀ができてしばらくすると、小魚が細長い道を泳いできて、堰に阻まれて困っている様子が見てとれた。
やったー!
そぉっとそぉっと、逃がさないように気を付けて。
魚を手で掬い取って河原に勢いよく放り投げる由香里の姿は、子熊の魚獲りの様子を彷彿とさせるものがあった。
獲ったどぉーーー!!
石の上でピチピチ跳ねている魚は、なんとなくフナっぽい感じがした。
ふふふ、これからが火の魔道具の本領発揮ね。
早速、林から枯れ枝を拾ってきて焚火を熾すとしましょうか。
急いで林の中に入ると、湿った森の匂いがした。
針葉樹のツンとくる爽やかな香りもするので、ここには焚き付けに便利な落ち葉もありそうだ。
火持ちのする広葉樹の堅い枝と火がつきやすい針葉樹の枝の両方を満遍なく拾っていく。そして最後に焚き付け用の落ち葉も忘れずに集めた。
由香里は上に着ていた長めのベストを脱いで、集めた焚き木をその上に乗せ、河原に運んでいくことにした。
服が汚れるけど仕方がない。
できたらツルで籠を編みたいなぁ。入れ物がないと不便すぎる。
食後の予定も考えながら林を抜けた時、視界が広くなった由香里の目に、空から滑空してくる大きな鳥の姿が飛び込んできた。地面すれすれでバサバサッと羽を広げたその鳥は、由香里が河原に置いておいたあの魚を足でつかむと、再び空に舞い上がった。
あーーーーーーーっ!!!
泥棒ッ!!
もつれる足を動かして河原に向かおうとはしてみたが、今の由香里の体力では空を飛ぶ鳥に追いつけるはずもない。
クッソー、あの鳥、今度会ったらぶっ殺してやるぅ。
やっとまともな食べ物が手に入ったというのに、なんということだろう。
ハァ~…………マジかよ。
たそがれている。
肩を落として河原に座り込んだ由香里は、さっきまで魚が跳ねていた濡れた小石を恨めしく見つめた。
クゥ、キュルルルル。
こうしていても腹はすく。過ぎたことを悔やんでもお腹は膨れない。
仕方がない、またセリでも食べるか。
でも今度は焚き木と火がある。せめて触感を変えてセリの炙りにでもしてみる?
「どっこいしょ」
やっと立ち上がった由香里は、セリを探して川べりを歩いてみることにした。
すると川土手にノビルが生えているのを見つけた。
「あーー、これ美味しかったやつだ!」
例のフィールドワークで、このノビルを根っこごと掘って持ち帰ったことがある。
ノビルの根元はラッキョウのような形をしていて、生で齧っても美味しいし、もろみや味噌にちょいと付けると酒の肴になる。
佐藤教授は、パスタやベーコンと一緒に炒めて食べると、独特なコリコリ触感が癖になると言っていた。
葉の方はまんま細めのネギに似ていて、ネギと同じ用途で使える優れものだ。
ゴクッ、これは根元まで掘り出さないとね。
由香里は河原の石を使って、ノビルを一束掘り出した。
「はい、掘りたて新鮮な無料食材でございまーす。こちらの食材もあちらの食材も、すべてタダ! なんて家計に優しいんでしょう」
あの頃、ふざけて言っていた友達のセリフを思い出す。あの子は卒業してすぐに結婚して、家計を助けるためにパートでスーパーマーケットに働きに行っていると聞いた。同じようなセリフを言いながら今でも仕事に励んでいるのかしら。