火
選んだのはぁ…………「着火の魔道具」でしたー! パフパフドンドン。
え、地味だって?
まあ「炎のスクロール」と比べたら地味ですわ。
でも自分が私と同じ状況にあると考えてみてくださいな。
魔道具は、なんとなく電化製品に近いものを感じるじゃないですか。でもスクロールとなると、それを使ったら半永久的に使える獲得魔法になるのか、使用回数に制限がある回数券方式なのか、はたまた、自分が持っている魔力で使いこなせるシロモノなのか、まったくもって未知数でしょ?
こんな危機的状況で、博打は打てませんぜダンナ。
悩みに悩んだ末に、安全策を取ったのでした。
由香里がそんなことをしているうちに、頭の上の星が一つ二つと消えていき、海に向かって、左の方角の地平線が茜色に染まり始めた。
日の出だ。
ということは、ここが地球と同じ方向に自転している星なら、あっちが東で、昨日、風が吹いてきた方が西ということになるのかな?
あまり考えたくないことだけど、ここの土地は、南に向かって開けているようだ……。
こんな南向きの日当たりのいい砂浜や草原が開拓されていないってどういうことだろう。すぐ側には川もあるので、いくら田舎でも小さな村の一つや二つあってもおかしくない。
ここがたまたま人間の住んでいる場所から遠く離れているのか。それともこの世界の発展が思っていたよりも遅れていてまだ人口が少なく、僻地が開発されていないのか。他にも、この土地に害獣がいたり、災害が起きやすいなどの何か人が住みにくい条件でもあるのか……そんな嫌な推測ができてしまう。
……ヤバいな。
ちょっと背筋が寒くなるような気がするけど、あまり気にしたら負けだぞ由香里。
マイナス方向には思考を進めない方が得策だ。それでなくても問題が山積みなのに、これ以上悩みを増やしてどうする。
と、とにかく今日を生き延びることを考えよう。
まずは……あれ? ポランがいない。
日が昇ってしまうと林の方から一斉に鳥の鳴き声が聞こえてきた。虫も活動を始めたらしく、先ほど薄水色の小さな蝶が一匹、菜の花に向かって飛んでいくのが見えた。
けれどポランの鮮やかな青色の羽はどこにも見あたらない。
私が寝てしまったから、妖精の住んでいる所に帰ったのかしら?
こんなことならもっと話をしておくんだった。昨日は由香里も自分のことでいっぱいいっぱいだったので、ポランが楽しめる話ができたとは言い難い。
この地に一人ぼっちになったかと思うと、急に心細さが増してきた。
こういう時は歌よ!
由香里は沈む気持ちを引き立てるように、次から次へと朝の歌を歌っていった。
歌い終わると体操だ。動けるだけ手足を動かし、硬くなっている筋肉をほぐしていく。こうして体と心を温めると、深呼吸をしながら徐々に呼吸を整えていった。
朝のすがすがしい空気が胸いっぱいに満ち溢れていく。
よし、私は元気。
川で顔を洗ってこよう。今日は林まで頑張って歩くぞー!
身支度を終えてセリの朝ご飯を食べた由香里は、出発の前に火の魔道具を確認しておくことにした。
「ここのボタンを押して、安全弁を解除っと。なるほど、こういう仕組みになっているのね」
あちこち触って着火の魔道具の使い方を試してみた。単純な造りだが使いやすそうだ。
形状は地球で使っていたものに似ている。細長い火口の部分がこっちの方が長く、デザインがちょっと無骨な感じ。持ち手のところには皮が巻いてあって、何も考えずに持っていると気力を吸い取られるような気がする。たぶん着火するのも炎の量を調整するのも自分の魔力でするのだろう、スイッチレバーは付いていない。
由香里が意識して魔力を通すと、棒の先からガスライターをつけた時のようなロウソク状の火がボッと出てきた。力を込めると、今度は花火のような細長くて青白い炎がシューっと音を立てて飛び出してくる。
これなら武器としても使えるかもしれない。
よしよし、なかなかいい選択をしたぞ、自分。
由香里は枯草をちぎって丸めて河原の石の上まで運んでいき、魔道具で火をつけてみた。
枯草の塊はすぐに燃え上がり、かすかなあたたかさを由香里に与えて、あっという間に白い燃えカスになっていった。
なんか火を見るとホッとするなぁ。
初めて火を手に入れた原始人の興奮がよく分かる。
火は味方だ。
これから前を向いて歩いていくために、力強い仲間を手に入れたような気がした。