クリス
ううっ、寒い。
なんでこんなに寒いの?
あまりの寒さに目を覚ました由香里は、着の身着のままで地面に寝ころんでいたことを知って、自分自身に呆れかえった。
雪が降る街をあてもなく歩くばかりして、私はいったい何をしたいんだ、って思ってたけど、あれ夢だったのか。
しかし危機管理がなってないにもほどがある。
こんなところに無防備に寝っ転がって、熊にでも食べられたらどうすんだ。いや、熊って北海道の熊牧場にしかいないんだったっけ? 最近ニュースを観てないからわかんないけど、本州にまだ熊っていた?
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ハッ。
うわー、寝ぼけたこと言ってる。よく考えたら、ここって異世界だったよ。
ということは熊じゃなくて、ゴブリンとかオークとかがいる可能性もあるのか。
ヒェ~、起きよう、すぐさま起きて木の上に移動しよ…う……アハハ、私、溺れて死にかけてたんだね。どっちにしろこんな身体じゃ、木になんて登れないわ。
でも、何か対策を立てないと怖すぎる。
まさか、すぐそこの茂みから魔物が飛び出してきたりしないよね。
身体を起こして慌てて周りを見渡してみたのだが、闇の中に黒々と茂る草の群れとおびただしい数の夜空の星々の他に、見えるものは何もなかった。
星がいっぱいだ。
空にはこんなにたくさんの星があったんだ。
もちろんかつて地球で見ていた星とは違うのかもしれないけれど、今居るこの星がなじみのある銀河系に属していたら嬉しいな。あっ、夜空に宇宙船が見えた、と思ったら、それは長いこと宇宙を旅してきたボイジャーだったりして……。そういうロマンも残しておきたいと思ってしまう、うん。
ところで寝てるうちに日付って変わったかな?
もうポケットが使える?
「グロポケ!」
魔法の合言葉を叫んだ由香里の前に、昨日見た白く輝くポケットが浮かび上がった。
おー、夜に見ると眩しい。
しかしどういう原理でできてるんだろう。
いやいや、魔法の探求なんて安全が確保できるようになってからだよ。昨日は焦ってたから確かめてなかったけど、この中に何が入っているのかを把握しておくことが大切じゃない?
一日に一度しか使えないのなら、緊急性の高いものを取り出しておかなければならない。
なんせ命がかかっている。リスクを潰していくのは最優先事項だ。
まずは、安全面に特化したものからね。魔物と戦える武器? んー、でも、こんなに寒いんなら服とか毛布とかの防寒対策も必要ね。身体を壊して動けなかったら、襲われたときに逃げたくても逃げられない。
くうぅ~、キュルルルル。
腹へった。
そうか食料問題もあったんだった。かつ丼、食べたい! 大盛りのボロネーゼスパゲティが食べたい! 今だったらさらに照り焼き肉のビッグバーガーが食べられる。でも、調味料も欲しいしなぁ。
それに火を熾せるマッチのようなものがあったらいいんだけど……。
由香里は煩悩の塊になりながら、ポケットの中に手を突っ込んだ。
頭の中に灰色の文字列が雨のように降ってくるのは前と同じだったが、よく似た種類の物がまとめられて入っている枠組みの形がよくわかった。その枠に付けられたインデックスの文字は、昨日より濃い文字になっていてハッキリとわかる。
日用品、家具、旅行用品、服・靴等、寝具、食料品、レジャー用品、本、文具、贈答品、仕事用商品、仕事用書類、手紙、日記・思い出箱、お金、貯金、薬品、お土産、武器、入れ物、ごみ、スクロール、魔道具、飲み物・酒類、洗濯物、化粧品、宝石・装身具、インテリア用品、乗り物、その他
そこには、クリスの人生がぜんぶ詰めこまれていた。
「クリスって、本当にいた人なのね」
おかしな話だが、記憶が抜け落ちている由香里にとって、クリスという人物は妖精と同類の架空の人間のような気がしていた。
もちろん、ポランに言われて自分がクリスだったことはわかっている。
でも、この実在する物の数々を目の当たりにすると、そこに一人の女性の姿が浮かび上がってくる。そして今まで歩んできた、彼女の人生が見えてくる。
「日記・思い出箱」という言葉に一番心惹かれるが、今はそんなものを確かめている場合ではないこともよくわかっている。
ふぅ~、まずは、まずは何だったかしら……。
ええっと、寒さ対策、武器、食べ物と調理方法、このあたりが優先順位が高いのよね。
由香里は気になるインデックスを選り分け、枠組みの中身を次々と調べていった。
そこからピックアップしてみたのは、次の四品目だ。
⒈ 炎のスクロール……火の魔法! 気になってたまらない。
⒉ 着火の魔道具……寒いので、今一番欲しい。
⒊ 片刃にのこぎり刃が付いている短剣……サバイバルナイフのようなものかも。
⒋ ランチ……サンドイッチっぽいものが入っている。腹減った。
もうこれ全部を取り出したいんだけど、クリスの勘は「まだ、使用回数は一日一回だよ」と言っている。
……………………究極の選択だ。
この中から由香里が選んだものは……。