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まずは飯  ー菜の花ー

人間が生きていくために必要なもの「衣食住」のうち、最優先するものは「食」でしょう。


食べないと動けない。

動けないと衣服や住処のことを考えてもどうにもならない。


できたらどこか人が住んでいる場所を探しに行きたいが、身体が動かなければたちどころに詰む。

急がば回れともいうし、まずは傷を癒して、普通に歩けるようになるまで、この川のそばを拠点にした方が正解のような気がする。この川からすぐに離れるのは怖すぎる。水の確保は最優先事項だもんね。


じゃあそろそろ、重い腰を上げることにしましょうか。


由香里は立ち上がり、ぐるりと周囲を見回してみた。


ポランと話をしていた間に、びしょ濡れだった服は少し乾きかけていた。嵐の残り香のような風は由香里の後ろの方から吹きつけてくる。ということは、風がやってくる向こうの方から天気が変わっていくということだ。

ふむふむ、空の様子はあっちの方向をチェックと。

由香里は自分が倒れていた砂浜とそばにあった大岩を目印として覚え込んだ。


食料か…………火を(おこ)せないから生で食べられるものを確保したい。

海の魚は?……道具もないし、これから捕まえるには時間がかかるかな。それに包丁もナイフもないから刺身にしにくい。そして冷凍せずに生魚を食べると、寄生虫に当たることもあるよね。海藻は?……日本人しか消化できないとか聞いたことがある。クリスの身体で食べるにはリスクが高すぎるかもしれない。貝……これも火を通したい。それに砂抜きの必要もある。


海周辺がダメなら、川で考えてみよう。

川魚、ザリガニ、タニシ、藻……なんか海と条件が変わらない。


由香里は遠くに見える林を睨みつけた。

あそこって遠いよねぇ。このヘロヘロの足が動くかなぁ。


でも魚を捕まえるための道具の素材も、火種が確保できた時の燃料になる木も、ぜぇんぶあそこにあるんだよねぇ。つまり結局、林に行かないと何もできないし始まらない。

まずは行けるところまで行ってみよう。時間はたっぷりとあるんだから、急ぐことはない。ただ()える前に辿り着けることを祈るしかないが。



そろそろと歩き始めた由香里は、河原に落ちていた丁度良い長さの流木を二本拾って、杖にすることにした。流木は長い間、風雨にさらされてきているので、木の表面がつるりとしていて滑らかだ。

これだと擦り傷がある由香里の手のひらでも、痛みをこらえてなんとか持つことができる。


杖を使うとやっぱり歩きやすいな。


由香里は何か食べ物が落ちていないかキョロキョロしながら、川沿いに自然にできた土手を歩いて行った。

ポランも由香里の後を飛んでついてきてはいるようだが、そこは気まぐれな妖精だ、花が目に付けばあっちへふらふらこっちへふらふらと、好きなように寄り道している。


あー、待てよ。そういえば花も食べられるよね!


由香里は遥か昔の大学時代に、友達に誘われて参加した自然科学概論のセミナーを思い出した。あの時、佐藤教授は言っていた。

「皆さん、道草料理って知ってますか? その辺の道端に咲いている花や草って、意外に食べられるものが多いんですよ。もちろん、毒があるものもたくさんあるので、見分けることが必要ですが……。このセミナーでは、実際に目で見て、手で触って、皆で食べられる草を探してみましょう!」


由香里たちにしてみたら、オシャレな大学生活に憧れて都会に出てきたのに、なんでわざわざ食べられる草を探して田舎の道を歩かなきゃならないのぉ、と脱力した覚えがある。


過去の自分、反省しろ! 今から考えれば、なんて役に立つ講義だったんだ。

佐藤教授、ごめんなさい。ぶつくさ文句を言って、すみませんでした。


しかし、フィールドワークが大好きで、学生を山に川にと連れまわしてくれた変わり者の佐藤教授に感謝する日がこようとは……人生って、不思議なもんですね。



最初に目についたのは黄色い菜の花の群生だ。

ということは、今の季節は春?


由香里は花の蜜をなめていたポランに季節を確認してみた。

ポランは何を当たり前のことをといった顔をして「そうですね。春の女神さまが季節の宮殿にいらっしゃいました」と教えてくれた。


もう、知ってるなら早く教えてよ。

こちとら右も左もわからない記憶喪失漂流者なんだからさぁ。

しかし春の女神様か、こういう単語を日常会話の中で聞くことになるとは思わなかったよ。


さて、最初の食糧を採りに行きますか。


佐藤教授によると、芥子菜(カラシナ)の葉っぱは自らの尖がった性格を表していて、油菜(アブラナ)の葉っぱよりギザギザしてるんだったよね。そしてこれらは二種類とも食用可能だ。

目の前の草むらをじっくりと観察すると、もう花が咲いているのがアブラナで、まだ蕾状態のものがカラシナだと思われた。


レッツ試食ターイム!


まずは黄色いアブラナの花を摘み取って口に入れてみる。


「うーーーん、花を食べてる感じ?」


そのまんまじゃん。感想を言うほどの味でもなかったな。

子どもの頃、道端の草花を面白がって口に入れた時のことを思い出した。

モグモグ、ゴックン。これは可もなく不可もなしって感じか。


この後、柔らかそうなアブラナの葉っぱをむしって食べてみたが、まんま草を食べている感じだった。

ただ、カラシナの方はピリッと痺れるような後味がして、おひたしにしてかつお節と醤油をかけて食べたい味だと思った。


しかし草を食べていたら口の中が青臭くなる。緑色をしたものだから、ホウレンソウにあるのと同じエグミ成分でも入ってるのかな? あの成分は水溶性だっけ? だったら水に浸しておけば、少しは青臭さがマシになるのかな。

友達のダンナが腎臓が弱くて、ホウレンソウを食べられないって聞いたことがある。ということは、菜の花を茹でずにそのまま食べ続けるというのは、内臓に負荷がかかっちゃうの?


食べ物が無くて死にかけているというのに、ついついそんな健康ウンチクが頭に浮かぶのは、由香里か日本人だということだろう。

身体は西洋人、しかし中身は29歳の日本人。そして魔法もちょびっと使えたりもする。

我ながら、なんてヘンテコな身の上になったんだ。



この後、由香里は川の中にサラダを発見する。

み~つけたっ! これは食べとかなきゃねー。

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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりのファンタジーの連載ありがとうございます! 楽しみに拝見いたします(*^-^*)
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