ポケットの中には
ポケットの中には必ずビスケットが入ってるはず!
子どもの頃からの思い込みかもしれないが、なんかポケットといったらパブロフの犬のように反応してビスケットって言いたくなるのよねぇ。そして叩いたら中身が増えるかもしれないと期待してしまう。
児童曲による幼少期における刷り込みというものは、大人になった今でもここまで影響を与えてしまうんだな。
そんなパブ犬状態の由香里が、叩こうが懇願しようが、ポケット収納の中からビスケットどころかわずかな食べ物すら出てくることはなかった。
「なんで何にも出てこなくなったのよ。さっき飲んだ頭痛薬は、真昼の幻だったの? このグロポケのとんかちポケットめ!」
空間を力任せにエイエイ叩いている由香里を呆れた顔で見ていたポランは、ため息をついて言った。
「クリスぅ、もうやめなさいよ。それでなくても体力が落ちてるのに、もっと疲れちゃうよ」
「だって何か口に入れないと、ここから動けそうにないんだもん」
「もしかしてそのグロポケを使うのに、何かの制限があるんじゃない? 魔法使いは自分のギフトのことがなんとなく勘でわかるんだって。ちょっと落ち着いて、自分のギフトと向き合ってみたら?」
小さな妖精に冷静に説得されて、さすがの由香里もわが身が恥ずかしくなった。
ちょっと興奮し過ぎてたか。でも、このポケットが使えないと、こんな誰もいない何にもない場所でこれから一人でどうしたらいいの。
……そうか、この焦る気持ちがダメなのね。落ち着け自分、深呼吸するんだ。
息を吸って、吐いて~。もう一度、吸ってー、はい吐いてー。
何度もスウハァしているうちに、やっと少し頭が冷めてきた。頭痛薬も効き始めたのか、ズキズキしていたたんこぶの痛みも遠のいてきたような気がする。
クゥ、キュルルルル。
今度はお腹の音が由香里の集中力を削ごうとする。
でも腸が動き出したってことは、身体が元に戻ろうとしているサインだよね。
さ、とにかくギフトへの問いかけを試してみますか。
ポケットさん、ポケットさん。あなたはどうして動かなくなっちゃったの?
目を閉じて静かに身体の中に語りかけてみる。
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しばらくは何もなかった。
ざわめく風の音や、林の方から聞こえてくる甲高い鳥の鳴き声しか耳に入ってこない。
けれど次第に、どこからか頭の中に「なにかわかるモヤモヤ」が染み出てくるような気がした。
これはどういったらいいのか説明の仕様がない、とらえどころのない謎現象だ。
やっぱりポランの言ったとおり、これは「勘」としか言いようがない。
とにかく由香里の勘はこう言っていた。
ポケットは成長していくスキルだ。成人して使用回数や収納容量が増えていたけど、記憶を失ったことで接続箇所が一部リセットされてしまった。
ガーン、マジですか。
もしかして、初期の一日の使用回数は一回とか言いたいんじゃないよね。
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ゲっ、どうやらそうらしい。
そんなことなら、さっき薬じゃなくて食べ物を出した方がよかったのか?
いやいや、頭が痛いと何も考えられないから、薬を出しといて良かったともいえる。
ふぅ~、今更どうしようもないことをグダグダ考えていても仕方がない。
「こうなったら、自力で食べるものを探すしかないか!」
「わっ、びっくりした。何かわかったんですかぁ?」
由香里が考え込んでいる間、暇だったのか、河原の上をふらふら飛んでいたポランが、元の石の上に戻ってきた。