ジンくん
クリスはウパちゃんに頼んで、妖精の粉をかけてもらった。
するとようやくジンくんと話ができるようになった。
「ほう、あなたも妖精の友達なんですな」
杖にすがって立ち上がったジンくんが、クリスの方へゆっくりと歩いてきた。
なんとジンくんは、おじいさんだった。名前を聞いた時にはてっきり小さな男の子だと思っていた。
あまりにびっくりして口が利けなくなっているクリスの顔を見て、おじいさんはいたずらが成功したかのように楽しんで笑っている。どうも妖精のウパちゃんと似たような性格のようだ。
「どうぞおはいんなさい。珍しいお客人がこられたんだ。ゆっくりお話しましょう」
おじいさんに勧められるがまま、クリスは庭の掃き出し窓から家の中に入れてもらい、暖炉の火の近くの窓際の席に案内された。
「まだ外は寒い。温かいお茶を用意させましょう」
おじいさんがそう言って部屋を出て行こうとしたので、由香里は慌てた。
クリス、早く。挨拶だよっ。
ああっ、そ、そうね。
クリスは自己紹介をしながら、ポケットから菓子折りを取り出すと、おじいさんに差し出した。
「あ、あの、突然お邪魔して申し訳ありません。私はルクサール地方に住むクリス・バーナムと申します。魔道具店を営んでいたんですが、実は旅に出ていた時に船が沈没してしまいまして……」
「ほ? 沈没ですと? これは大層な訳ありのようじゃ。ささ、そんなに気を遣わんでもええ。大変な旅をされてきたようじゃ、さぞお疲れでしょう。ゆっくりとくつろいでくだされ」
「ありがとうございます。こちらにたどり着くことができたのは妖精たちのおかげだと思っています。ジンさんがここに住んでいてくださったことは、私にとって本当に幸運でした」
ウパちゃんに会えなければ、この地方の言葉を理解することもできなかっただろう。そしてなにより、もう見ることが叶わないかもしれないと思っていた、自分以外の「人」とも出会えなかった。
ポラン、ウパちゃん、ありがとうね。クリスは心の底から、妖精たちに感謝したのだった。
美味しいお茶を飲みながら、クリスとジンくんは長年の友人のように談笑していた。
今日、初めて会ったというのに不思議なことだ。二人とも妖精の友達であるということが、心の垣根を取り払っているのだろう。なんでも話せるし、どの話を聞いても共感して頷けたりする。
クリスは自分が遭難した時のことを話した後、ここがオーリア大陸なのか、それとも島なのかと、おじいさんに矢継ぎ早に質問していった。
おじいさんはクリスの勢いに押されて目を白黒させていたが、ウパちゃんにも同じことを質問して、「知らない」とケロリと言われたと告げると、おじいさんは頭を振りながらクスクス笑いをした。
「ハハ、ここが何地方か知らんとな。ウパちゃんらしいのう」
「そうなんですよ。私もポランに同じように言われた時に驚きました。場所とか年齢とか、妖精は気にしないみたいですねぇ」
今も二人の妖精は話に加わることもなく、クリスが出したライシャの生菓子を夢中で食べている。口にも手にも粉砂糖が付いているので、時折、クリスが拭いてやっていた。
ちなみに、ここはオーリア大陸の北部にある半島だったよーーーー!!!
イエ――イ!!!
おじいさんに地名を教えてもらった時に、クリスが飛び上がって手を突き上げたので、ちょっとびっくりさせちゃったけど。これは仕方がない。
今、オーリア大陸にいるのなら、故郷のポートフォリオがあるルクサール地方にすぐにでも帰れそうだ。
まあ、すぐに、というのは無理があるか。同じ大陸でも北部と南部ではあまり付き合いも深くないし、距離的にもアラスカからフロリダに行くくらい離れている。
これからどうすればいいかということに話が移った時、「できるだけ陸路を使って帰りたい」というクリスの言葉に、おじいさんはすぐに心情を察してくれたようだ。書斎から大陸の地図を探して持ってくると、安全な通り道を地図を見ながら色々とアドバイスしてくれた。
「アズカンバの辺りは高地でな、まだ雪解けで道がぬかるんでおるやもしれん。少し回り道になるがケーラーの方を通ってはどうじゃ?」
「そうなんですか。ルクサール地方への最短距離を自転車で真っすぐ走っていこうと思ってたんですが……」
「自転車か。あの新しい乗り物ならなおのことじゃ。雪解け水のこともじゃが、土地の高低差も少ない方がよろしかろう」
「あ、そうか」
うわぁ、距離がだんだん伸びていく。
「さてクリスさん、さっき故郷へまずは手紙を送りたいと言うとったが、ここからは送れんのじゃ。この辺りは岩礁が多くてな、郵便船を係留できるような港が造れんのです。陸路を走って来る郵便馬車に頼むくらいなら、自分で持って行った方が早いな」
「そうだったんですね。わかりました、それなら自分で持っていきます。すみませんが、一番近い港の場所を教えていただけますか? そこを次の目的地にします」
「もちろん。じゃが、たいした力になれんで申し訳ないな。今日は酷い霧じゃ。せめて夜はうちに泊まっていってくだされ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
妖精たちが繋いでくれた縁で、知り合ったジンくん。
その穏やかで優しい人柄に包まれ、クリスはこれまでにない安心感にひたっていた。
クリスの漂流者としての記録は、ここで終わることになる。
これからの故郷への旅路は、まだまだ長い道のりになるだろうが、クリスと由香里のことだ、明るく楽しく乗り越えていってくれるのではないだろうか。
翌朝、半島の田舎道を自転車で走っていたクリスは、海が見える眺望台で休憩することにした。
すっきりと晴れ渡った空に、カモメが一羽、舞っている。
やっと、ここまで来た。
そしてまた、ここから始まる。
クリスは持っていた水を飲み干すと、海に背を向け、自転車に向かって歩いて行った。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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