私って、誰?
やっぱりこいつは妖精だった。名前はポランというらしい。
「クリスさんはポランちゃんと呼んでいた」そうだが、13歳(小学校は卒業してる歳だよね)になって新しくできた友達を「ちゃん」呼びするのもなんなので、呼び捨てでポランと呼ばせてもらうことになった。そしてこちらも、クリスと呼び捨てにしてもらう。なんか「さん」呼びって、距離を感じるし。
はい、もう開き直りましたよ。
私の名前は「クリス」ということにしておこう。そいでもってポランによると、13歳らしいんだよねぇ。
ま、29歳だったことを思えば、16歳は若返れたことになるのか?
こういう時はポジティブシンキングが大事。うん。
しかしポジティブはいいのだが、今の自分の状況を考えるとポジティブのポの字も見つからない。
「これからどうしたらいいんだろう。ポランはここがどこなのかわからないのよね?」
「そうなんですよぉ。私たち妖精は人間が見えない道を通って友達を訪ねて来てるから、こっちの場所なんて全然知らなくってぇ」
「じゃ、ポランがクリスに会った時のことを、もう少し詳しく教えてれくれる?」
クリスである記憶が頭の中からすっかり抜け落ちているので、事情を知っていそうなポランに聞いてみるしかないと思った由香里は、クリスの家族のことや学校のこと等を聞いてみた。
そこからクリスが住んでいた場所やこの土地のことが少しでも推測できたらと思ったのだ。
ポランの説明によると「クリスさ……クリスに会ったのはちょっと前」で、その時クリスは畑の草むしりをしていたらしい。そこで話した内容の中に船に乗るとかいう話はなかったそうだ。
「でも前に会った時には、クリスは学校になんて行ってなかったですよ」
「えーー! ということは、私って不登校だったの? ああそうか。それで家の手伝いをするために畑の草むしりをしてたのかもね。ポランは私の、クリスの家族のことはなんか知ってる?」
「ん? 草むしりをしてた時ですか。クリスは幼年学校の友達のことを話してくれました。家族のことは何も言ってなかったなぁ。それから前にクリスにあった時は、ポケットを使って運送の仕事をしてるって言ってました」
「???…………幼年学校?運送の仕事?…………なんか、ポランの言ってることがよくわからないんだけど」
何だか話が嚙み合わない。
しきりに首をひねっている由香里の様子を見て、ポランは心配そうに言った。
「やっぱり頭を打ってたんですね。自分のことなのに何も覚えてないなんて。それになんだか理解力も……」
「し、失礼なっ。そりゃあ覚えてないのは事実だけど、ポランの話し方もなんか変なのよ。もしかして、『ちょっと前の草むしりをしてた時』と『前に会った時』って、違う時のことなの?」
「当り前じゃないですか」
そう平気な顔で言うポランの様子から判明したのだが、妖精の時間間隔や人間社会の把握について大きな問題があることが分かった。
由香里はポランの話を整理して、時系列に並べてもらうことにした。
「だからぁ、ちょっと前に会った時にはクリスは草むしりをしてて、幼年学校の友達と一緒に遊んだことを話してくれました。次にクリスに会った時は、13歳になったから少し離れた町に買い物に行けるって話してました。その次に会ったのが前回です。ギフトのポケットスキルを使って、運送の仕事をするのが楽しいって言ってました。ほら、なんにもおかしくはないじゃないですかぁ」
…………ここにきてまさか、13年間生きてきたって事実にもクエスチョンマークが付くことになるとは。
「ポラン、小さい頃のことは『ちょっと前』とは言わないのよ。ずいぶん前に会った時のことだと言ってくれたら私も勘違いしなかったんだけど……。それに13歳の出来事が、前回会った時より昔のことなら、この前会った仕事をしていたクリスは、13歳よりは年齢が上よね。13歳の時より大人びてなかった? その時と今とじゃ、私の見た目って変わってる?」
「年齢が上?? 年齢って変わるんですか?」
あーーー、そうか。
妖精の感覚の中に歳を取るっていう現象がそもそもないのか。
それにクリスと話をしたことを詳しく教えてくれと言われて、すぐに幼いころに話したことが思い浮かんだのも無理はないのかもしれない。やっぱり妖精と長い時間話すことなんて、子供時代の特権だよね。
妖精のポランにとって、その頃のクリスとの思い出が一番輝いていたのだろう。
妖精の特性を理解した由香里は、ポランに理解できるように、細かく例をあげて説明することにした。
そこから判明した事実は…………
★ 年齢―推定21歳(希望的推測も含む)
「今は酷く疲れてるからクリスの分類でいうおばさんに見えますけど、
前回からそんなに間を開けずに訪ねてきたから、言うほど『歳が上』に
なってないんじゃないかな?」byポラン
* 不安。16歳も若返れたと勘違いしていた私の喜びを返せ。
★ 名前のクリスークリスマスの頃に産まれたのでつけられた名前らしい。
ここから推測されるこの世界の真実……
⒈ キリスト教があるかもしれない?
⒉ 地球外異世界だと思ってたけど、地球とよく似た並行世界である
可能性もある。
⒊ もしかしてカレンダーの中に12月があったり、季節とかもあるのかも。
★ 国の名前ーわからない。もちろんこの世界の星の名前もわからない。
★ クリスが住んでいた場所の名前ーわからない。けれど、クリスが13歳の時に
買い物に行く予定だった町の名前は、ポートフォリオというらしい。
ポートと付いているので、港町か?
* 自分や町の名前から推測して、西洋風の世界っぽい。
★ 漂着したこの場所ーさっぱり全然わからない。ただ、唯一地名が判明している
港町ポートフォリオから、船に乗って出港した可能性はある。
* 運送の仕事をしてたのかなぁ?
おっと、運送の仕事で思い出した。
「ねぇ、さっき言ってたポケットスキルって、何?」
「んーとね、クリスはたくさん荷物をしまえるポケットを持ってるって言ってましたよ」
おおーっ! それって……
「空間収納?!」
「ううん。なんとかストレージって言ってたな。なんだったっけ?」
「いや、いいいい。ストレージってだけでわかるから!」
こちとら伊達にオタク文化の中で29年間生きてきたわけではない。
なんと、異世界転生チート、きたこれ!
もしかして、ポケットの中には薬やら食べ物が収納されてたりして……。
ああ、生きていける希望が見えてきた。
突然「ステイタスオープン!」と大声で叫んだ由香里は、ゲホゲホと咳き込んで、自分が死にかけていたことを思い出した。
「ゲホッ……失礼。あんまり嬉しくてつい興奮しちゃったわ。…………でも目の前に半透明のウィンドウが出ないわね。スキルをどうやって使ったらいいのかしら?ポケット・オープン!…………これでもないか。ポケットお!!………… んーむ、力を込めてもダメなのか。じゃ、ポケポケッ!…………んもう、何がキーワードになってるのよぉ」
「クリス、さっきから何やってるの?」
一人でジタバタしている由香里をぼけっと眺めていたポランが、少し引き気味の顔をしておずおずと尋ねてきた。
「ポケットスキルを発動したいのっ」
「ああ、スキルを使いたいんですね。それなら『グロポケ』って言えば収納が開くんじゃないかな」
「はぁ~? グ、グロ・ポケぇ?」
「違いますよ、ググロじゃなくて、グロポケですぅ」
なんじゃ、その黒そうな命名は。自分のネーミングセンスを疑っちゃうよ。
ま、とにかく妖精の言うようにやってみよう。
「……グロポケ」
由香里が普通に喋った言葉に反応して、空間がユラユラと揺らめくと、両手を広げたぐらいの大きさの白いポケットが突然目の前に現れた。
うわっ、本当に出てきた。
なんかホントに、ここって異世界なのねぇ。
いや、しみじみしてる場合じゃないわ。
収納に薬が入ってたら、一刻も早くそれを飲んでこの頭痛を治さなきゃ。それから何か食べて元気をつけて、この死にかけの身体をなんとか生きていける状態にもっていかなきゃね。
少しビビりながらポケットの中に手を突っ込んだ由香里は、流れるように頭の中に入ってくる灰色をした大量の文字列に顔をしかめた。でもここで根性を出さないと詰んでいる。マトリックスじみた大量の文字情報の中から、なんとか薬という文字が書いてあるインデックスを見つけると、やっとのことでいくつもの薬の中に埋もれていた頭痛薬を取り出すことに成功した。
「ふぅ~、できた。後はこれを飲むだけね」
頭痛薬を川の水で流し込んだ由香里は、やっと一息ついたのだが。
由香里の災難はまだまだ終わっていなかったのである。