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向き合う

今、私はクリスであり、由香里でもある。


船から海に投げ出された時、クリスはその時点でもう瀕死の状態だったのだろう。完璧に意識を失っていた。あのままだと海に引きずり込まれ、そのまま死んでいた可能性が高い。


しかし頭を強打したことにより、奇跡的に前世の記憶が目を覚ました。


クリスにとっては天の助け、だったのかな?

ともかくがむしゃらに板切れにしがみつき、命だけはとりとめた。



ここで忘れたいと思っていることを、どうしても考えてしまう。

クリスが乗っていた船にいた大勢の人たちのことだ。


船はライシャを出港し外洋を何日か航海して、クリスが住んでいた大陸にあるサンダスに向かっていた。

クリスは大陸の玄関口であるサンダスで船を乗り換えて、ポートフォリオに帰る予定だった。


クリスと同じように考えて船に乗っていた人たちは、何人もいる。

とても仲良くなったお年寄りの夫婦。二人は娘に孫が産まれたので、子守りをしにポートフォリオに帰るのだと言っていた。「初孫だから会うのが楽しみなの」と笑ったおばあさんの顔を思い出す。

「ライシャに出稼ぎに来ていたんだが、地元で嫁さんになってくれる人が待っているんだ。やっとこさ結婚式の資金が貯められたよ」と自慢げに言っていた男性もいた。毎日一緒にカードゲームをして遊んだ子どももいたんだよ。


そして船客全員に、いつも穏やかに声をかけてくれていた船長。立ち仕事だから腰が痛いと言っていた給仕のおばさん。いつも忙しそうに走り回っていた水夫さん。


嵐に翻弄され、船がメリメリと裂けていった時、逃げまどっていたあの人たちはみんな、どうしたんだろう。



恐ろしい予想だが、たぶん……ここは、外海にある島だ。

それも航路から外れている。


クリスが往路でこの外海を通った時には、島影は見えなかった。



生きてこの島に流れ着いている人が他にもいるかもしれない。

ただ、全員が助かっているとも思えない。


クリスは海に向かって(ひざまず)き、手を組み(こうべ)を垂れて、クリスたちの会頭であるクリストファー・ネイビスに祈った。


「“思念の海”の浜辺に着きし我同胞たちに、とこしえの安寧を与えたまえ」



由香里はクリスとリンクした後でわかったのだが、クリスマスはキリスト教とは全く関係がなかった。

どうもこの世界には【思念者】という創造神がいて、この思念者が四季を司る神々を取りまとめているらしい。それに地球と比べて、この世界の神々は、私たち下々の者たちに干渉してくることが多いらしい。


特に大量破壊をしたがる者、理不尽に人を虐げる者、下手な宗教を作って民を扇動したがる者等には、必ず神の鉄槌がくだされる。

それもあって、この世界には「国」「宗教」「統治者」などという概念がない。


権力者がいないので、なんと税金もない!!

まあ、自分たちで公共事業をする時にはそれぞれの経済状態に合わせた「自治費」を収めるんだけどね。


どうやって共同体をまとめているかというと、ある一定区画に住む人たちの経済共同会議が民衆のトップに立っている。

つまり政治っぽいものは、お店とかの代表がしてるというわけ。


クリスが拝んでいるのは、クリストファー・ネイビスっていう、いわゆる経団連の会長と自治会長を併せたような「会頭」っていう役職の人。(笑)

会頭を長くやっている徳が高い人は、皆に生誕を祝われる。クリスの地域では、それがクリスマスっていうんだってさ。


ぶっ飛んでますねぇ。


まあ由香里としては、予想より一歳若かった自分の年齢が、気になるだけですが……。

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