記憶 ーイタドリ・オランダガラシ・コシアブラー
「あ、シャジッポだー」
河原の石が少なくなり、砂も混じり始めた河岸に、由香里の祖母が好きだったイタドリの深い赤色が見えてきた。
茎をぽくっと折ってかじると、甘酸っぱくてしゃくしゃくしている。
祖母が住んでいた地方の方言なのか、由香里はこの草のことをずっとシャジッポと呼んでいたので、自然科学概論のフィールドワークでイタドリと教わった時に違和感があった。
こういう身近な野の草は、それぞれの土地でいろんな愛称で呼ばれているのだろう。
近くの土の中からはオオイタドリのピンク色をしたまん丸い若芽が顔を出している。
川の中にはオランダガラシ、別名クレソンがわさわさ茂っている。
なんと林側の藪には手が届くところにコシアブラの若木が群生してるではないか。コシアブラの若芽は、独特のコクがあって、天ぷらにしたら美味しいのよね。
「うおー、この辺りは野草の宝庫だ」
いや待てよ。
勇んで摘み取ろうとした自分に、由香里は急ブレーキをかけた。
そういえばたくさん採っても、持って帰るための入れ物がないんだった。
まずは、ツルを採って籠を作らなきゃ。
藤か何かわからないそのへんのツルを短剣で切ってくると、由香里は川を背にして用心しながら腰を下ろし、手芸教室で習った籠を編み始めた。
最初に何本かツルを揃えて並べ、それと十字になるようにまた何本かのツルを並べて交差した部分を組む。
これを基本にして、後は違うツルで周りをグルグルと互い違いに編み込んでいけばいい。
本当はツルを水に浸して柔らかくしておけば編みやすいのだが、今は当座使いのもので十分だ。ちょっと荒い編み方だけど、背負子を作っておけばここにある食材をテントまで持って帰ることができる。
籠の底にあたる部分は細いツルで編んで、底が抜けないようにする。それ以外は少々硬めのツルで大胆に編んでも構わない。穴が開いているところには、大き目の葉っぱを敷いておけば、ここから帰る間ぐらいならもつだろう。
「ま、こんなもんね」
本格的に籠を作るとなったら、由香里の傷だらけの手のひらが悲鳴をあげてしまう。
使ったツルの種類によって、硬い部分と柔らかすぎる部分が混在している背負子になってしまったが、これも味だと思うことにしよう。
どっこいしょと立ち上がろうとした由香里の目に、渡り鳥の姿が映った。
あれは、鴨?
二羽の鴨がゆったりした流れの水辺で羽を休めている。
「ィツっ……」
どうやったら獲れるだろうと考えた途端に、由香里のたん瘤がズキリと痛んだ。
その瞬間、フラッシュバックのように鮮やかな映像が由香里の頭の中を駆け抜けてゆく。
大柄な男性の背中を追うように腰をかがめて進んでいく自分。
その手には使い込んだ子ども用の弓を持っている。買ってもらったばかりの新しい矢を嬉しく思う気持ちや、狩りに挑むワクワクする気持ちが由香里の身体と同調していく。
ハッ。
今の、何?
もしかして、クリスの記憶、なの?
由香里は、いやクリスは、静かにポケットから弓と矢を取り出すと、スッと背筋を伸ばした。そして獲物を眼光鋭く見据えると、ググッと引き絞った弓をヒュンと放った。
バシュッ!
バサッバサッ。ガァガァガァ。
鴨の暴れる音と仲間の鳴き声が谷間に木霊していたが、由香里は目の前の出来事を他人のような心持ちで呆然と眺めていた。




