塩
減塩? 何それ、美味しいの? ですよ。
食べるものにはしっかり味がついてなきゃダメ!
ランチバッグを出して、久しぶりにまともな食事をしたのが悪かった。
いや、悪くはない。悪くはないんだが、パンドラの箱を開けてしまったと言った方がいいだろうか。
野草をそのまま食べるもの悲しさ。< 魚に火を通して食べることができた喜び。< 味がついた食べものを食べられた歓喜。
気持ち的には、こーんな感じです。
そんな理由で、とうとうポケットから塩が入った容器を出してしまいました。
由香里の手のひらの傷に人格があったのなら、総スカンのブーイングをくらっていたことでしょう。
だって、味のあるものが食べたかったのよーーー!
「作業用手袋」は、明日必ず出すから~。
↑ 誰に言い訳をしてるんだろ。
急に増えた物を前に、由香里はデザートのオレンジを食べながら考え事をしていた。
この世界は中世ヨーロッパ風の世界だと思い込んでいたけど、どうやら違うらしい。
⒈ 頭痛薬……この薬を飲んだ時には切羽詰まっていたので、今まで気にしていなかったけれど、あれは錠剤だった。昔の言葉でいうと丸薬って言ったらいいのかな? ファンタジーものの話によく出てくる瓶詰のポーションではなかった。つまり地球によく似た薬剤製造の技術があるということになる。
⒉ 着火の魔道具……完璧なファンタジー道具。けれど火打石のようなものではなく、使用時の形状が現代風のデザインだった。地球でチャ〇カマンが売り出されたのって、いつ頃だろう?
⒊ 毛布……想像していた毛布より厚手で、肌触りがいい。かなり高度な技術で作られた工業製品のような気がする。
⒋ 短剣……これは<武器>に分類されている。ポケットの中にはまだ詳しく調べていない武器がいくつかある。若い女性が常時、武器を携帯している社会って、どんな社会だ?
⒌ テント……物理的な法則を完全に度外視したシロモノ。いくら魔法がある世界だといっても、このテントはお高いのではないだろうか? ここの中に入っていると、強く吹き付けていた風の力も感じない。もしかしたら、結界機能も付いているのかもしれない。
⒍ 塩……この塩の色を見て、最初の疑問を抱いた。茶色ではなく漂白したみたいに真っ白なのだ。それに塩が入っていた容器に、スクリューキャップがついている。つまりネジを作れる技術を持っているということだ。
昔、鉄砲伝来を扱ったテレビ番組で観たことがあるのだが、国産化を試みた時に火打ち銃に使われているネジを再現するのが一番難しかったそうだ。
塩の瓶はガラスで、蓋になっているのは金属だ。こんな二つの異なる素材の径を合わせることからして、より高度な技術が必要だろう。
そして夢中で食べてしまったサンドイッチ。異世界だとサンドイッチ伯爵がいないと思われるので、たぶん別の名前なのだろうが、形状も中身も由香里が食べていたサンドイッチそのものだ。
卵サンドにはなんとマヨネーズが入っていた。ハムサンドのレタスがしおれてなくてシャキシャキだったので、クリスのポケットは時間停止機能も付いているのだろう。
そしてランチバッグもおかしい。
素材が厚手の紙なのよ。紙をこんな風に使えるようになったのって、江戸時代末期か近代になってからじゃないかしら。
その上、今食べているオレンジ。
美味しい。甘くて果汁たっぷりでみずみずしい。
これって、改良品種なんじゃないの? まぁ異世界だから、妖精に手伝ってもらって美味しくしたとか、女神さまに豊穣を願ったら、美味しくなったとかあるのかもしれないけど。
こんな感じに、この異世界に対する疑問・質問がわやわや湧いてきたわけですよ。
誰かに聞きたいけど、唯一、答えてくれそうなポランはいないっていう、ね。
でも妖精だと、人間界の営みには詳しくないのかしら。
まぁ、なんにせよ、まだ食料問題は完璧に解決したわけではない。
日用品もすべてが不足しているわけだし、自分でやれることはやっていかなきゃね。




