森の恵み ー木苺・ウルイー
どっちにしろ、まずは林に行こう。
焚き木を集めながら食べ物を探す。そして集めた枝は、葦がかたまって生えている土手側の河原に運んでおこう。
葦の寝床に入る前に、焚火をして身体を温めておいたらよく眠れるかもしれない。
こういうことを計画していると、秘密基地を作っていた頃のワクワクした気持ちを思い出す。
こんな限界の生活の中にも楽しみってあるものだな。
由香里は着火の魔道具をしっかりと握りしめながら、再び林の中に入っていった。
落ちている枝を拾いながら、気になっていることを頭の中でグルグルと考えていく。ポケットの中に収納されている物は、一日を生き延びるための命綱のようなものなので、どれを取り出すか決めるのに毎回、頭を悩ませる。
焼き魚を食べるためには「塩」が必須でしょう! でも「皮手袋」も心底欲しい。ほら、また小さな枝が手のひらをこすった。治りかけてた傷が開いてヒリヒリする。
手袋? でも明け方は寒かったよ~。風邪を引くのはヤバいから、「毛布」一択なんじゃないの?
何をおっしゃるウサギさん、武器にも薪用の鉈にも料理をするときの包丁にもなる、あのサバイバルナイフっぽい「短剣」が一番役に立つよ。
でも「テント」も捨てがたい。もし雨が降った時のことを考えてみ。この川の近くには山や崖がないから、横穴式住居になる洞窟がある可能性は極めて低い。もし雨が一日中降り続いたりザンザン降りになったら、ずぶ濡れだよ~。無料ゲーでしょ。
ベストに載せた枯れ枝を一ベスト分運んできた由香里は、また林に向かいながら、今度はもう少し西側の林に入ってみることにしようと思い、さっきよりも西寄りに歩を進めた。
そこには丸い野ばらのような茂みがいくつかあって、ミツバチがブンブンいいながら群がっている。
最初は野ばらでも咲いているのかな?と気にもしていなかったが、近づくと粒々の赤い宝石のような野イチゴがたくさん実っているのが見えた。
「苺じゃん!! デザートまで用意されているなんて、ここは天国ですか?」
由香里は野イチゴをぷつっと摘んでは口に入れ、もう一つ摘まんでは口に入れ、お腹が満足するまで、甘酸っぱい春の恵みを思う存分享受した。
やっぱり疲れている時には甘いものよねぇ。
お腹も心も満たされた由香里は、当初の目的を思い出して三度、林に入っていった。
こちらの林は少し空気が湿っぽい。西北に向かって土地が低くなっているようで、段々と周りが湿地帯の様相をみせてきた。
「あ、ギボウシがある! これって、芽が出始めの頃は食べられたよね」
いや待て待て、新芽の頃のオオバギボウシ(ウルイ)には、見た目がよく似たワルイ仲間がいて、注意が必要なんじゃなかった? ウルイとワルイとで連想ゲームのようにコンビにして名前を覚えた記憶がある。
ただワルイ奴らの名前は、すっかり忘れてしまった。
でもくるんと丸まったこのウルイの見た目はハッキリ覚えているから、食べられるでしょ。
湿地帯の中に足を踏み入れると皮靴が泥だらけになりそうだったので、そばにあった大きめの石を放り込んで足台にすることにした。
採集用のナイフがないので、手でちぎり取るとウルイのぬめっとした透明の粘液で、手がべたべたになる。
しかしそんなことに構っているほどの余裕は由香里にはまだない。
由香里はこの粘液はオクラに似ていて身体によさそうだなと思いながら、垂れ落ちる粘液ごとギボウシの若芽を口に入れた。
モギュモギュ
この触感は、いつ食べても独特のものがあるな。
ギボウシは沢の水をたっぷり含んだ新鮮な野草の味がした。
そういえばオオバギボウシって、沢に面した崖や泥壁に自生することが多かったんじゃない?
清水がしたたり落ちてきたり、滝の水しぶきがかかってくるような場所が好きだったハズだ。
チョロチョロと流れてくる水のやって来た道筋を辿ってみると、湿地帯の最奥に小さめの段差がある滝が何段にも連なって、森の奥の方へと続いていた。
どうやら沢を流れる水が少なすぎて、海まで到達することができず、ここの窪地に流れ込んで湿地帯を形成しているようだ。
この沢を登って行ったら、山があるのかしら?
どこかに洞窟があるかもしれないとは思ったが、海から林の北側を見た時には高い山も見えなかった。あるとしても何日も林の中を奥へ奥へと歩いていかないと高い場所には行きつけないだろう。
今はまだ、由香里の力では魔物や野生の動物に勝てない。
でも強い力を手に入れたら、きっといつか沢を登って、人がいる場所を探しに行く。
由香里は近い将来には必ず叶えたい、大きな目標をここで手に入れたのだった。




