待望の ーヤマメ?ー
ノビルを採って、焚き木を置いたところに戻ってみると、川の罠の中をゆったりと魚が泳いでいるのを見つけた。
「うわぁ、魚がかかってる! それもさっきのより大きい!!」
その魚は鳥に盗まれたフナよりも体長が長く、より美味しそうなフォルムをしている。体の表面に模様があるので、イワナかヤマメだと思うのだが、釣りをしない由香里には判別がつかなかった。
種類なんかどうでもいい。
諦めていた食料が手に入ったのだ。これは美味しくいただくしかないでしょう。
早速、由香里はまな板と包丁を探して河原をうろついた。
ポケットが使えないので、旧石器時代の人類のようによさげな石を調理器具にするしか、由香里には道がない。
まな板によさそうな平らな石はすぐに見つかったのだが、ナイフにできそうな鋭い刃がなかなか見つからない。
とうとう縞模様がある石を岩にぶつけて割ってみることにした。
何個か試すうちに、やっと尖った石のかけらを作ることができた。刃というよりはちっこい槍先のような感じだけど、内臓を取り出すために使うだけなので、これでよしとしよう。
魚は、料理教室に通っていた成果が出て、なんなく処理することができた。焚火の火を熾すのもソロキャンに行き慣れた由香里にとってはお茶の子さいさいだ。
芸は身を助けるとよく言うが、29歳になるまで独身貴族の趣味三昧を楽しんできたことも、今の由香里の身を助けているような気がする。
なんでも経験しておくことが大事ねぇ。
揺れる焚火の炎を楽しみ、時折パチッと弾ける火の粉の音を聞きながら、次に由香里が作ったのはお箸だ。
焚き木用に拾ってきた枝なので、手になじむ丁度いい長さのものがなかなか見つからない。
「これなんかどうかな、あんまり太い枝だと持ちにくいし」
少々ねじくれた枝だが、真っすぐな枝を同じ長さに二本揃えるのは難しい。こういうものは妥協が必要だ。
お皿は、先ほど魚をさばく時にも使った、まな板用の平らな石だ。串に刺す前の魚と一緒に川できれいに洗っておいた。
由香里の目の前では、串刺しにされたヤマメ(仮)が、ジュージューと油を滴らせながら、焚火の炎に焙られている。少し焦げ目の付いた皮目が破れて、おいしそうな白身が見えている。
「……待ちきれない」
地面に突き刺した串の角度を変えて、満遍なく魚に熱が伝わるようにしながら、由香里はよだれを何度も飲み込んでいた。
もうそろそろいいよね。
石皿に敷いた大きな葉っぱの上に魚を乗せて串を引き抜くと、由香里はおもむろに箸を持ち、ほぐした身を口に運んでいった。
「あぁ、美味しい」
塩がかかっていないので物足りなさは感じるが、代わりに腹に詰めたノビルがいい仕事をしている。身にネギのような香りがつき、川魚特有の臭いもほとんど気にならなかった。
魚を食べ口の中が脂っぽくなると、ノビルの根っこをカリリとかじる。すると舌がピリッとして春の爽やかな風味が口の中を駆け抜ける。
はぁ~、昨日のことを考えたらなんて贅沢な食事なんだろう。
魚の身と皮の間にあるとろっとしたゼラチン質も含めて、骨までしゃぶりつくした由香里は、しまいには焦げた皮までチューインガムのように噛みながら、大満足の食事を終えた。
昼食というには少し遅い時間になってしまったが、春の太陽はまだ高い位置にある。
ただお腹が落ち着くと、今後のことを考える余裕も出てきた。
まずは、生活基盤を整えなきゃね。
【気になっていること】
★ 夜の寒さ対策……これは、鳥の巣よろしく草の中に寝床を作るべきなのかな。葦の群生の真ん中あたりに寝床を作れば、風よけにもなるし寒さにも少しは耐えられそうな気がする。でも毛布が一番欲しい。
★ 食材の確保……魚罠だけに頼るには無理があるので、林の中に何か食べるものがないか探しに行きたい。ただ、魔物の危険もあるので、探検場所は林の浅層に限るべきだろう。
★ 薪の確保……今は枯れ枝を拾うことしかできないが、できるだけ早く鉈、斧、ナイフ等の刃物類をゲットして、倒木から薪を作り、安定供給ができるようにしておきたい。ポケットの中にどんな刃物があったかなぁ? 後から見てみよう。
★ 調味料……塩が欲しい。ミネラルは体のためにも必要だ。ポケット内の調味料を出すべきか、入浜式塩田の縮小版を試すべきか、ハムレットのように悩んでいる。ただ海のそばに拠点を構えると、薪の確保が難しい。海水から塩を作るのには心惹かれるものがあるが現実的ではないのかも。
★ 手の傷……ヨモギを見つけたので、揉んで手のひらや腕の擦り傷に貼り付けてみた。でもこれから焚火料理の機会や生活品を作るクラフト作業が増えるのなら、キャンプ用のぶ厚い手袋が欲しい。さっき箸を作るために枝を手で折っていたら、傷に触れて悶絶した。これも緊急課題。
★ 着替え……女性としては、汚れた下着や服が我慢ならないが、漂流者としては、優先順位が一つ落ちる。むしろ顔や手足を拭くタオルが欲しい。もしかして浮浪者も同じように思っていて、ボロボロの臭い服を着ているのだろうか?
★ 雨対策……嵐の後で雲が吹き飛ばされているので、ここ何日かは晴れの日が続きそうだが、いずれ必ず雨は降ってくる。その時のために屋根のある場所が必要だ。実は、ポケットの中で見つけたテントが気になっている。
さて、どこから手を付けようか……。




