6節 降魔(こうま)
安世はレイに取り憑かれたまま学校へと足を運んだ。
レイが安世を動かしているので、レイが足を運んだと言ったほうが適切な気もするが。
(本当に私に神通力があるんですか?)
先程、神通力の封印を解いてもらったばかりだが、レイはいっこうに安世の神通力を使う気配がない。
レイ曰く、長年、神通力が使われなかったので、体自体が使い方を忘れてしまっているらしい。なにかの衝撃を受けるか、絶体絶命の状況になれば使えるかもしれないとのこと。
正直、神通力がないから使えないんじゃないかとも疑ってしまう。
(レイさん、いつまで、私に取り憑いているつもりなんですか?)
「うーん、久しぶりの学校生活を満喫してから」
(ふざけないでください!)
安世は、取り憑かれているときの体に主導権がない感覚が、ものすごく気持ちが悪くて仕方なかった。
普段、自分の体は自分の主導権で動かしているので、それがない感覚に慣れなかった。
「ジョークよ。ジョーク」
レイの言葉は安世の口からでているので、傍から見れば、独り言を言っているか、見えないなんかと話しているように見えてしまう。
どちらにしろ、不思議ちゃん扱いまっしぐらだ(既に手遅れ)。
(じゃあ、体を返してください)
「それは、嫌」
(なんでですか)
レイはなにも答えなかった。
しばらくすると、安世の教室が見えてきた。
「ここが中津邦さんの教室よね」
(そうですが……)
レイは安世の答えを聞くか聞かないかのうちに教室に入っていく。
教室の中がいつも通り、静まり返った。
教室中が安世を睨みつける。
いつもの安世なら見ないふりをして、足早に自分の席にいくが、その場にレイは立ち止まった。
(レイさん大丈夫ですか……?)
今まで、迫害にあってきた安世でも耐えられないような視線。
そんなのを受けたら、レイだって気分が悪くなるはず。
今現在、自分があってきた迫害にあっているレイが心配でならない。
そんな心配をよそに、レイは予想を裏切った。
「なに? さっきから見てきて気持ちわるいんだけど⁉」
レイはドスの聞いた声を安世の体からだした。
睨んでいた数柱が肝を抜かれたようにうろたえる。
レイは舌打ちをして、安世の席にむかう。
(レイさん! なにをしてるんですか!)
こんなことして、イジメがさらに酷くなったらどうするんだ。
「攻撃は最大の防御よ」
レイは言う。
「これから、天帝になる神がイジメになんか負けてられないでしょ」
信憑性のないこと言われても、心には響かない。
自分の神通力が、あるかないかすらわからないのに。
レイの頭(安世の頭)に紙のボールが投げつけられた。
「今日は威勢がいいッスね。威嚇している猫みたいッス」
悪意を持った声がレイの頭にあたった。
牙を持つ悪魔。
ミヤコだ。
いつも通り、まわりには取り巻きたちがついていた。
「ごめんッス。安世ちゃんがゴミ箱に見えたので、ゴミを投げちゃったッス」
ミヤコの言葉に、取り巻きたちは大笑いをした。
レイは表情を変えず、ミヤコを見据える。
「ゴミってあんたのこと?」
レイの言葉でミヤコは顔を真っ赤に染める。
「誰に向かって言ってんッスか」
ミヤコはレイの前に立ちはだかる。
その周囲を取り巻きたちが囲んだ。
「あんたに言ったつもりだったんだけど、わからなかった?」
レイはミヤコに動じることなく、平然としていた。
どれだけ、肝が据わっているんだ……。
「自分の言われたこともわからないなんて、神がこれ程までに莫迦だとは思わなかったわ」
ブチッとミヤコの血管が浮く。
ただでさえ地獄にいる悪魔のような顔なのに、さらに悪魔のようになる。
「テメェ、言ったよなぁ? くだらない口をたたくなって!?」
ミヤコは右手を強く握りしめて、レイに殴りかかる。
(あぁ、レイさん!)
レイは突っ立ったまま、その場を動かない。
文字通り、微動だにしない。
普通なら目を閉じて身構えている場面だが、体の主導権を握るのはレイなので、それもできない。
(避けてください、避けて!)
安世は心の中で涙目になっていた。
「おめでとう、中津邦さん」
レイは微笑を浮かべると。
「『金剛手』」
呪文のような言葉を放った。
その瞬間、安世の体の中で電流が発生する。
電流は瞬く間に体の全てに流れていった。
視界がぐらっと揺れる。
視界にうつるミヤコの動きがどんどん遅くなる。
ミヤコだけではない、ミヤコの取り巻き、クラスのみんな、時計の針、ありとあらゆる動体の動きがものすごく遅くなっていた。
まるで、スローモーションの映像を見ているようだ。
(な、なにが……いったい……)
安世は心の中で目をぱちくりさせる。
「おめでとう。中津邦さんが欲しかったものよ」
レイはミヤコの拳を避けた。
それも、通常の安世のスピードより、数10倍速く。
視界がスローモーションから通常の早さに戻る。
「テメェ……! なんだその速さ!」
ミヤコはありえないものを見るような仕草をとる。
もしかして……。
(これが私の神通力?)
「殴られるときの防衛反応で体が思いだしたんでしょうね」
「なに、ブツブツ言ってんじゃごらぁ!」
ミヤコはまたもや、拳をレイに入れようとする。
「『金剛手』」
再度、視界がスローモーションになり、容易にミヤコの攻撃を避けることができた。
「身体能力強化……。便利な神通力じゃない」
取り巻き、クラスのみんなは口をOの字にしてその光景を見ている。
「ちっくしょう! おまえら取りおさえろッス!」
ミヤコは取り巻きに命令する。
取り巻きたちはレイを取りおさえようと飛びかかったり、腕を掴もうとしたりするのだが。
「失礼」
誰1柱、『金剛手』を使用しているレイを捕まえられない。
その間、安世は今まで感じたことなかった、神通力の感覚に入り浸っていた。
(これが私の神通力……)
まさか、本当の本当にあるとは。
強い感動が心を支配する。
体の主導権を握っていたら、本当に泣いて崩れていただろう。
「うぅぅ、もういい!」
じれったくなった、ミヤコが叫びをあげる。
「ここまで、私をコケにしたんッスから、ただで済むとは思わないことッス!」
ミヤコはおもちゃの刀を引き抜き、頭上に掲げる。
「『妖刀』ォォオオ!」
刃を紫色の炎が包む。
この場にいたレイ以外の神々が教室の隅に逃げる。
安世が正気に戻る。
(あぁ、レイさん! マズいですよ、アレ……逃げましょう……)
危険を察した安世は心の中から、逃走を促した。
しかし、その言葉とは逆に、レイはミヤコをむかっていく。
「……そろそろ、反撃しましょう」
(は、反撃ぃ……)
レイは『金剛手』を唱えた。
安世の体の中で電流が発生する。
電流は全体ではなく、右腕にだけ流れた。その量は想像を絶するぐらいの量だった。
安世の右腕が金色に変色していく。そこから、象形文字や甲冑を着た武神のレリーフが浮かびある。
「『金剛殺死掩蓋』!」
レイは、ミヤコの顔面を思いっきり殴りつけた。
右腕は目に見えない程の速さでミヤコの鼻の頂上に衝突する。
「ぐぅにゃぁらっぴ!」
ミヤコは阿呆みたいな叫び声をあげた。
鼻にどんどん拳が食い込んでいく。
ミヤコはそのまま、後方に吹っ飛んで、背中にあった窓を粉砕した。
体は窓外に投げだされ、落ちていった。
ドサッ! 落下音が響く。
教室中に沈黙が流れる。
安世の右腕が元に戻っていく。
この教室は校舎の2階にあり、落ちたミヤコが無事である確率はかなり低い。
(レイさん、ミヤコさんが……)
やっとのことで、沈黙を破った安世。
教室中から叫び声や、廊下にかけだす音が聞こえてくる。
そんな中、レイはただただ、割れた窓をまじまじと見つめていた。
「これが……神々の神……!」
恍惚そうに瞳を輝かせながら。
・神通力紹介
『金剛手』
体の中で電気を発生させ、電流として肉体に流す能力。
原理は不明だが、数秒間だけ、身体能力を増強させることができる。
世界のスピードが遅くなったように見えたのは、安世自身の視覚情報が速くなったため。
『金剛殺死掩蓋』
数秒間だけ、体の1部の力を増強させる神通力。
『金剛手』で発生させた電流を体の1部に流すことで生みだされた。