31節 諱(れいぜん)
掛上自動車整備場。
暗寿はつなぎを着てわっせわっせと道具箱を運んでいた。
あれから1週間がたった。
義手を動かすことにも慣れてきた。
「あんま無理すんなな」
雄作が頑張る暗寿に声をかけた。
「これが終わったら休憩をとります」
暗寿は雄作に箱を渡すと階段をのぼった。
ロウデーヴァタが退治されたことにより、第弎号道路にもまた人がくるようになった。
掛上自動車整備場の仕事も少しづつだが、増えてきている。
伯爵府の専属整備場になる話はなしになった。雄作が断ったのだ。
本当によかったのかって、暗寿が訊いたら、「おいらにも誇りがある」って返された。
二階のリビングには灯がいた。チリ紙でぐしゅぐしゅと鼻をかんでいる。
「大丈夫ですか?」
「だ……大丈夫……グシュン!」
灯は大きなくしゃみをした。
その音で暗寿は驚いた。
「なんやろうなぁ。これが花粉症っちゅうもんかなぁ。それとも、誰かがあたいの噂を……グシュン!」
「お大事にしてください」
暗寿はリビングを後にして、自分の部屋に向かった。
「暗寿さん」
開いた扉の前にレイがいた。
「あ、レイさんどうしたんですか?」
「これから、暗寿さんの様子を見にいこうと思ったんだけど……。きちゃった」
レイの綺麗な白髪が部屋の窓からくる風でなびいていた。
「あ、すいません……」
「謝らない」
レイは暗寿の頬をぐにゃと握った。
「相変わらず、触り心地がいいわね」
「やーめーてーくーだーさーい」
「こんなに強く言わなくてもいいんじゃないかしら」
レイは暗寿から手を離すと、部屋の中に入っていく。それに暗寿も続いた。
しばらく、2柱で壁に寄りかかっていた。
話すこともなく、ただ、ぼぉーっと風にあたっていた。
「暗寿さん。あたし今まで嘘ついていた」
レイが秘密めいた声でささやいた。
「嘘って、なんの嘘ですか?」
その雰囲気で暗寿の心がドキンとする。
「あたしの名前、レイじゃないの」
「ふぇっ……」
唐突な謎のカミングアウトに暗寿は戸惑わざるを得ない。
レイはクスリと笑った。
「“上ノ国 零山”。これがあたしの本当の名前よ」
「上ノ国……零山……」
「そうよ。“レイ”はお友達からつけてもらったあだ名。まぁ、生きていたころだからずっと前になるんだけど。今でも気に入っているの」
そう言うレイの表情には、なんとも言えないような暗さが垣間見えた。
(お友達……)
そう言えば言っていた。
暗寿は2番目の友達だと。
レイというあだ名は1番目の友達がつけたのだろう。
「どうしたのよ、暗い顔して?」
レイが顔を斜めにしていた。いつの間にか、レイから暗さが消えていた。
「あ、いや……その……あの……」
「もう……」
うじうじするレイは痺れを切らしたのか、腕をのばして暗寿の頬をこねはじめた。
「りぇ……りぇさん……」
「ほらほら、笑顔になーれ、笑顔になーれ」
暗寿は思った。
この数日間は自分の神生が一気に変わった期間だった。
母親が死によって一瞬で変わった神生。
まだまだ元の神生は取り戻せていないし、これから先、取り戻すことはできないだろう。
けど、自分にははじめての友達、そして新しい家族ができた。
母親もきっと遠い世界から見守ってくれているはずだ。
「ほーら、ほーら」
「もふふぁふぇちぇひゅだしゃい‼」
暗寿の可愛らしい怒号が掛上自動車整備場に響いたのだった。
これで第2品はおわりです。
第3品は書き溜めため、今週の土曜日から投稿予定です。
お待たせする形になってしまい、すいません。
では土曜日またお会いしましょう。