31節 後日 其弐(ごじつ そのに)
善台伯爵領の中心都市、善台市。
多くのレンガ造りのビルが並んでいた。
雨形市のビルとは違い、1棟、1棟のビルがカラフルだった。
適当に様々な色のペンキをぶっかけられたみたいなデザインのビルもあるし、斑馬のように白い下地に何本もの黒い横線が描かれたビルもあった。
善台伯爵は重工業の他に、芸術を奨励している。
それが原因か、善台市には芸術家肌の独特のセンスを持った人間が多い。なので、建築家も塗装屋も自分のセンスに従って自由な“建物”を日々、生みだしていた。そのおかげで、市全体が前衛的になったのだが。
それらの作品の1つ。他より若干、背の低いビルに菜花が入っていった。
入口以外、窓がないつくりの白いビルで、表面に大きく『一萬』と書いてあった。まるで麻雀の牌である、『一萬』をそのまま大きくしたようだ。
ビルの看板には『雀荘 香香背男』と書かれている。
菜花の趣味は麻雀だった。
中学校に進学してからはじめたので、かれこれ12年間やっていることになる。
伯爵の秘書になった後も暇をもらったら、積極的に雀荘に足を運んでいる。
入口の扉を開いたら、鐘の音が鳴った。
「いらっさいませ。鞴さまですね。鈴木さまがお待ちです」
菜花は店員に案内され、1階層うえのVIPルームに案内された。
VIPルームは壁一面が金ぴかで趣味が悪かった。
部屋の中で1つしかない雀卓には先客がいた。
「やぁ。待っていたよ」
菜花に手を振る男。
店員は頭をさげ、部屋からでた。
「お久しぶりです。先日のロウデーヴァタの資料および、雨形の紙の件はありがとうございました」
菜花は男の正面に座りながらお礼を言った。
「ははっ。いいさ。キミと僕の仲だろう?」
男は自信満々に言った。その顔は菜花ではなく金ぴかな壁に向いていた。
壁に映る自分に見惚れているのは一瞬でわかった。
「本当に自分が好きですね」
あたりまえだろう? 男は菜花の言葉を大いに肯定した。
「僕は美しいからね。この部屋の安っぽい金メッキよりも輝いているよ」
「確かに」
(油で輝いていますね)
菜花の目の前の男はぽっちゃりとした体形のおっさんだった。
顔は油でてかっている。頭はおでこの幅が広いバーコードヘアーだった。
彼の名前は朱朱火 シャルル。天帝国の元、首席国会議長だ。
鈴木は偽名。
御修羅の襲撃の際、たまたま下界に出張にいっていて無事で済んだ。
今では御修羅を倒すため、下界で様々な思案を巡らせている。
菜花はこの雀荘で朱朱火と出会った。
それから、ある事件があって、お互いに協力関係を築いたのだが、これはまた別の話。
「で、ロウデーヴァタはどうなったんだい?」
「はい。突如として現れた神によって倒されました」
「神?」
朱朱火が首を傾げる。
「確か、底國暗寿という名の神で……。自動車工に育てられているようです」
「下民に育てられている神ねぇ……」
朱朱火の顔が暗くなった。その顔の脂肪には、ぱんぱんに軽蔑が詰め込まれているようだった。
ときおり、朱朱火は菜花を含めた下界の人間(祇も含む)や、位の低い神に対して差別的な意思をあらわすことがある。彼自身、今まで差別をして生きてきたからかもしれない。
「まぁ、とても強い神でした。歳はまだ10代半ばのようでしたが、ロウデーヴァの頭を1発で吹っ飛ばすぐらいです」
「あぁ、そう」朱朱火は興味なさげだった。
「お仲間にはしないのですか?」
朱朱火は前から御修羅と戦うための戦力を欲しがっていた。
なので、この話を聞けば食いついてくるかと思ったが。
「うーん。もしかしたら、天のスパイかもしれないだろう。あっ、そうか……」
「どうしたんですか?」
「キミ、その子の監視頼めるかい? キミが監視してくれればスパイかそうでないかがすぐにわかる。時間の短縮になるよ」
「はぁ……」
菜花はうなずいた。
「わかりました。朱朱火聖下には色々とお世話になりました。こちらの都合がいいときに、やっておきます」
「感謝するよ!」
朱朱火は立ちあがった。
「どうしたので?」
「ごめんね。これから、仕事があるんだった」
「は?」
朱朱火は菜花に背を向け歩きだした。
「じゃあね、キミもお疲れ様」
「ちょ……ちょっと」
菜花が呼び止めたときには、朱朱火の姿はなくなっていた。
はぁ……。菜花は脱力して椅子の背もたれに寄りかかる。
「さて、どうしたものか」
菜花の左目には誰もいない雀卓が寂し気に映っていた。