27節 殺生(せつしやう)
菜花は目を覚ました。
ゴホッ、ゴホッ!
口の中に熱い鉄の味が広がる。
吐きだした血が着ている背広にかかった。
「高かったのに……」とゆっくり立ちあがる。
「体内製鉄じゃないんだから、もう……」
前に目を向ける。
夜空をバックに巨大な人影がのけぞりながら笑っている。
「な、なにあれ……」
瞬きをしながら、ボケェと巨人を見つめる。
そのうち、頭も目を覚ました。今までの記憶が甦る。
そうだ、お兄さ……閣下が。
伯爵が倒れていることを思いだした。
「……閣下! 聖下!」
辺りを見回す。
伯爵はすぐに見つかった。
ねちょねちょとした唾液にまみれて仰向けに倒れていた。
「閣下!」
菜花は伯爵に寄って、唾液を払った。
耳を伯爵の胸につける。
ドクン……ドクン……。
心臓が揺れる音が聞こえる。
「よかったぁ……」
ほっとした息が自然にでてきた。
本当に生きててよかった。
「起きてください、閣下!」
伯爵を目覚めさせるため、頬をはたこうとしたが。
瞼が開いているのに気がつく。
伯爵の眼球が菜花を向いていた。
「なんだ……」
安堵はすぐに怒りに変わった。
心配かけやがって……。
「紛らわしいことしないでください! 起きているなら起きていると……」
そこで、伯爵がいっこうに動こうとしないことに気がつく。
「いつまで、狸寝入りしているつもりなんですか……。まさか……」
菜花は気がついた。伯爵は動かないのではなく、動けないのだと。
「嘘ですよね……」
伯爵の口からなにか風のようなものがでている。それは声だった。
菜花は耳を寄せる。そこに密かな声は流れた。
「聖下……やられ……逃げろ……」
「聖下がやられた⁉」
伯爵の左目が大きくなる。その視線で菜花の後ろを指す。
表情はなかったが、視線だけでその必死さが伝わった。
振り返ると。
「わぁああっ!」
大きな一つ目がすぐそばにあった。
巨人がかがんで菜花を見つめていたのだ。
「あぁぁ……。まだオマエ死んでなかったのかよぉ」
巨人は右手で菜花の左手、左手で右手を持ちあげる。
「オレの頭蹴りやがってよぉ。ムカつくから、苦しめて殺してやるよ」
「ちょ……ちょっと!」
巨人は菜花の腕を左右から引っ張る。
「う……!」
急激な痛みが菜花の体に流れる。
巨人は菜花を痛めつけたいのか、ゆっくりじわじわと、痛みを与えるように腕を引っ張っている。
菜花は歯を噛みしめて痛みに耐えようとするが、できなかった。
「ハハハハハ! 死ねぇ!」
「あぁぁああああぁぁぁ‼」
巨人は手に力を入れる。
メキメキ……ぶっしゃあぁぁああああぁぁ‼
光景を見ていた伯爵の瞳から涙がでてくる。
ぽろっと巨人の手から、菜花が落ちる。
ばさっと砂埃をあげて菜花の体が着陸した。
「な、のか……」
伯爵は声を大きくして響かせた。
今の伯爵がだせる大きさの中で1番大きい声だった。
「いったい、なにが起きたのでしょう……」
影が起きあがる。
何処も千切られておらず五体満足の状態な、菜花は立ちあがって巨人を見上げた。
巨人はフラフラと体を揺らしている。
頭が不在なので、首から大量のゼリー状の液体がでていた。
背から森に倒れる。
燃えている炎は巨体の下敷きになり、全て消し飛ばされた。
菜花は立ち尽くしてその光景を見ていた。
菜花がわかっていることは、やられる寸前、唐突に巨人の頭が溶けたことぐらいだ。
「もしかして……聖下が……‼」
菜花は無意識に巨人の死体に走っていった。