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金剛天帝 Vajra Deva Indra  作者: クロイオウエンカ
第1天子知道真相品(てんしちどうしんそうほん)
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2節 悪魔(あくま)

 13才の安世は中学2年生になっていた。

 つやのある黒髪が制服と色の白い肌にかかっている。

 肩から学生用の鞄をさげていた。

 朝の登校の途中、安世は横断歩道の前で立ちどまった。

 理由は単に信号が赤だったからだ。

 他にも背広を着たサラリーマンや携帯で遊ぶ女子高生などの多くの神々が、信号が青く点灯するのを待ちわびている。

 安世はその中でも群を抜いて、浮かない顔をしていた。

 まるで、「この世のすべての苦しみを、ついさっき体験してきました」と言いたげな顔だった。

 信号が青になって神々が動きだす。

 安世はトボトボ歩きなので、どんどん他の神から抜かされていき、最終的には最後尾(さいこうび)で横断歩道を渡りきった。


 しばらく歩いたら、中学校が見えてきた。

 古臭い黒ずんだコンクリートの校舎が2棟、横に並んでいて、校門には『中央区第33番 中等教育学校』と書かれている。

 生徒たちは男も女も、うえがセーラーで、したがチェック柄のズボンの制服を着用している。

 みな、安世の横を通り抜けていく。

 安世はため息をもらして、校門をくぐった。

 昇降口で下駄箱から自分の内ズックを取ろうとする。

(冷たいです……)

 内ズックはびしょびしょに()れていた。

 うつむいて、内ズックを床におくと、ゆっくりと足を入れた。

(う……)

 濡れた内ズックは気持ちが悪かった。

『校内では内ズックの着用が必須(ひっす)』という校則がなかったら、はかなかっただろう。

 安世は不快感を我慢して、そのまま教室まで歩いていった。

 教室では男女()わずグループで集まって楽しそうに話していたが、安世が教室に入った瞬間、それは途切れた。

 さっきまで楽しく話していた者たちはみんな、不愉快なものを見る目で安世を見つめた。中には「気持ち悪い」とか、「あいつ、なんで退学になんないの」とか、言っている連中までいる。

 悔しい思いで、ぐっと拳を握って、自分の机までいく。

 その間、足をかけられなかったことが、せめてもの救いだ。

 何回、転ばされて床に鼻を打ったことか。

 机には『野生動物侵入禁止』、『学校が穢れるので、人は下界(げかい)(地上のこと)にお帰りください』などの様々な罵詈雑言(ばりぞうごん)が書かれていた。

 なるべく見ないようにして椅子を引く。

 いちいち見ていたら精神が持たない。

 席につこうとしたときだった。

「安世ちゃん、おはよ」

 背中から悪意のこもった声が、安世にあたった。

 恐る恐る振りむくと、女の子が立っていた。

 茶色に染めたパーマのかかった髪。獣の(きば)のような八重歯(やえば)

 腰にはおもちゃの日本刀(かたな)()している。

 女の子には失礼な言葉だが、凶暴(きょうぼう)野武士(のぶし)のようだった。

 まわりには、その女の子の取り巻きの生徒が数人立っている。

 不思議なことに、取り巻きの全員の性格が悪そうだ。

 (るい)が友を呼んだのかもしれない。

 女の子は福間(ふくま) ミヤコ。安世と同じクラスの中学2年生だ。

 しかし、ただの中学2年生ではない。

 剣道の天帝国大会に3年連続で出場し、その全てで優勝を飾った。いわば天才剣道少女だ。

 それだけなら本当によかったのだが、彼女には裏の顔があった。

 一言で言って悪魔だった。

 安世は1年生のときから、クラスのみんなからイジメられていた。

 ミヤコはそのリーダー格で、誰よりも率先(そっせん)して安世をイジメてきた神だった。

 暴力の権現(ごんげん)と言ってもいいぐらい残虐な性格。

 体育でのボールの(まと)、掃除のときの雑巾(ぞうきん)扱いはもちろんのこと、リンチなんて日常茶飯事だ。

 安世の背中や腹などの、服に隠れて見えない部分に痛々しい傷があるのはこのため。

 そのことから、ミヤコは(ひそ)かに『動く等活地獄(チャルティナラカ)』と呼ばれている。

「お……はようございます……」

 安世の眉間にしわがよった。

 眉間にしわがよった理由は、ミヤコが嫌なだけではない。

 安世はコミュニケーションが苦手だった。誰かと話すときは緊張して、意図せず眉間にしわをつくってしまう。

 それが原因で、今のように睨んでいると思われたこともしばしば。

「うわ、ガンつけられたんッスけど」

 ミヤコは安世を睨みつけた。

「そんなつもりは……」

 安世がボソッというと、ミヤコの顔に影がさした。

「全然、聞こえないんッスけど、なんていったんッスか?」

「そんなつもりはありません……と言いました」

「言いましたぁ?」

 ミヤコは急に顔を真っ赤にして、安世の胸ぐらをつかんで、勢いよく壁にぶつける。

「生意気言いやがって、オマエ、なにさまのつもりなんだよ! 図に乗ってんじゃねぇッス、クズ!」

 安世は「ごめんなさい」と小声で謝った。

「あぁん? もう1回言ってみろッス!」

「ごめんなさい」

 ミヤコは突き放すように、手を離す。

 安世は床に崩れ、はぁ……はぁ……と(あえ)いだ。

「人間がこれ程までに莫迦ばかだとは思わなかったッスよ。」ミヤコはあきれた口調で言って、安世から鞄を奪い取った。

「やめて……」

 ミヤコは鞄を安世の机において、腰に差したおもちゃの日本刀を抜いた。

 そのまま頭上に高く掲げる。

「ははっ、見てろッス。『妖刀(ジャドー・ブレード)』!」

 そのかけ声と共に刀が光を放つ。

 光は紫色の炎に変わり、刀を包んでいく。

 完全に炎が刀を包んだころ、ミヤコは振り落とす。

 スパッと歯切れのいい音をたて、安世の鞄と机が真っ二つに斬れた。

「あぁ……あ……」

 安世は左右に倒れた机と床に散らばった鞄の中身を見つめる。

 取り巻きから笑い声があがった。

「これに懲りたら、次からくだらない口をたたくなッス!」

 ミヤコは鞄の破片を蹴っ飛ばして、自分の席に戻っていった。

 取り巻きもそれに続く。

 天帝国の神々は“神通力(マーヤー)”という超人的(ちょうじんてき)な力を持っている。

 瞬間移動や念話(ねんわ)、ありとあらゆる物質を切断できる『妖刀(ジャドー・ブレード)』など様々なものがある。

 天帝国では神通力をもっていることが絶対的な普遍であり、天帝国の人間が神と呼ばれている理由の1つである。

 しかし、安世にはそれがなかった。

 本来、神は生まれながらにして全員、神通力を持っている。

 安世は天帝国生まれの純粋な神のはずだったが、何故か神通力を持たなかった。

 それで、安世は神ではなく“人”として扱われるようになった。

 人は神のより下級の存在とされていて、野蛮で暴力的で(きたな)らしいというイメージがはびこっている。それがミヤコやクラスのみんなからイジメられる直接的な原因となったのだった。


・神通力紹介

妖刀(ジャドー・ブレード)

 手に持った刃物でどんなものでも切断できるようにする神通力。

 おもちゃの刃物でも模倣刀でも可能。


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