16節 晩餐(ばんさん)
天帝国、如究竟殿。
天帝や救世家の食事スペースである甘露間では、御修羅と桐壷が大きなテーブルを挟んで向かいあっていた。
御修羅は頬杖をついて、桐壷の後ろに視線を向けていた。
桐壷の背中側の壁には大きく壁画描かれていた。
巨大な緑色の球体をバックに女神が天に国を創りあげている場面だ。
なんでも1代目天帝が天帝国をつくったときの情景らしい。
しかし、御修羅が見ているのは壁画ではなく、脇の付柱についてある時計だった。
晩餐の時間から既に30分が経過しているのに、いっこうに料理が運ばれてくる気配がない。
それもそのはず。
桐壷のわがままのせいで頼むことになった出前が渋滞で遅れているからだ。
御修羅の足が自然に揺れる。
いわゆる貧乏ゆすりと言う動作をはじめた。
「ねぇねぇ、御修羅! 御修羅ってばぁ」
騒がしい声で我に返る。
桐壷がニコニコ顔を御修羅に向けている。
「なんだよ。うるせぇなぁ」
御修羅のぼやきに、桐壷が頬をぷくっとふくらませた。
「おいどんがせっかく心配してあげているのにー! なんだ、その態度はー!」
「言っとくけどよ。オレの方が位うえだからな」
御修羅の気持ちがわからないのか、桐壷がべらべらと元気に喋りはじめた。
「金輪際が爆発したときはビックリしたよ。御修羅も死んじゃったんじゃないかと思ったくらい。本当、御修羅が生きててよかった」
ふん。御修羅は苛立たしげに桐壷を無視した。
今の御修羅にとって桐壷はブンブン五月蠅い虫と同じだ。
「で、結局、ガチで“あの子”殺したんだ」
桐壷が言っている“あの子”が誰のことだかわかっていた。
前天帝のたった一柱の子ども、中津邦 安世のことだ。
「あたりまえだ。あいつ生かしてても得ねぇだろ」
ぶっきらぼうに答える。
「確かにねー。けど、気になることが1つあるんだけどな……」
「なんだよ?」
「なんで、あの子の封印が解かれたんだろうなぁ」
「んなもん、時間がたって解けたんだろ」
適当に応える御修羅に、本当にそうかなと、桐壷はにやにやする。
「話によると、自分が前天帝の子であることも知っていたみたいじゃない。誰かが封印を解いて教えたんじゃない?」
確かに。
あの生活の中で中津邦安世が何故、自分が前天帝の子どもであることを知ったのかが不明だった。
母親が死ぬ前に教えたのかもしれないし、神通力の封印が解けたときに、なんらかの力で、その情報が頭の中に入ったのかもしれないと片付けてしまっていたが、今考えると、その線もあるかもしれない。
「んなもん誰が教えるんだよ?」
「そうだねぇ。下界に逃亡中の前首席国会議長の“朱朱火 シャルル”とか、蒸発した前天帝“救世 照瑠天”とか」
桐壷の意見に御修羅はフッと笑いをもらした。
前言撤回。やはりありえない。
「どっちも無理だと思うぜ。朱朱火の場合、まず天帝国にくる手段がない。もしこれたとしても、すぐ見つかって死刑だ。前天帝の場合はそもそも、救う気はないだろ。確か天帝の仕事が嫌になって夜逃げしたんだってな。そんな野郎が捨てた国と家族をわざわざ助けにいくか?」
「あのさ思いついたんだけど……」
桐壷は御修羅の話に割り込んだ。
「“上ノ国”さんとか?」
御修羅の表情が曇りだす。
晴れ渡った顔をしている桐壷はさらに御修羅に追い打ちをかける。
「上ノ国さんって確か封印を解く神通力を持っていたんでしょ。もしかしたら、上ノ国さんが幽霊になって中津邦……」「アァァアアアァァ‼」
突然、御修羅が血相を変えて、桐壷に向かって飛びだした。
唖然としている桐壷の首を握ってドンッと壁におしつける。
桐壷があたった部分から壁画にピキピキっとひびが入っていく。
「莫迦にしてんのかぁ⁉ オマエェ!!」
叫ぶ御修羅の目から涙が流れでていた。
“上ノ国”という名は御修羅にとっての忌詞だったのかもしれない。
「んもぅ。ごめんって。冗談だよ。冗談」
桐壷は不気味な笑顔を浮かべると、首から御修羅の手を剥がす。
「上ノ国さん関係になったら沸点低くなるのはやめてよ。おいどんだって痛いんだから」
「……」
御修羅は周囲に殺気をにじませている。
深く深く空気にしみ込んだため、洗濯機ではなかなか落ちそうにない。
そのとき、甘露間の扉が開かれる。
背広姿の男が入ってきた。
その男は天帝および救世家の使用人だった。
片手に袋を持っている。
「大変長らくお待たせいたしました。出前がたった今、ご到着いたしましたので持ってまいりました」
「おぉ~! 本当~!」
桐壷は黄色い声をあげて椅子に座った。
御修羅は舌打ちをして桐壷の向かいの椅子に座る。
「早く、早くぅぅ」
御修羅なんかもう眼中にないようで、桐壷は待ちきれないと言いたげに腕を振った。
「では、まずは猊下から」
使用人は御修羅の前に使い捨ての容器に入った弁当をおいた。
中身はどこにでもありそうな海苔弁当だった。
「御修羅、また海苔弁? やっぱり庶民~」
「死んでろクーズ!」
「御修羅が死ね!」
桐壷の前にも弁当がおかれる。
可愛らしいお子様セットだ。
ご飯がドーム状になっていて、熊の耳や顔がついている。
桐壷はそれを見てかたまった。
「ちょ……ちょっと、なんでご飯が熊さんになっているの……」
桐壷の体がわなわなと震えだす。
「で、殿下(天帝の親族への敬称)……。申し訳ございません。注文に誤りがあったようです」
使用人が顔を青くして頭をさげた。
「おいどん、熊さん嫌いって言ったよね」
桐壷の顔は憤怒に満ちた阿素羅のような面になっていた。
拳をギュッと握りしめ、物凄い眼力でねめつける。
その構図は蛙が蛇に睨まれているみたいだった。
使用人は恐怖に満ちあふれた表情を浮かべ、バタッと倒れた。
口から泡が吹きだす。
どうやら失神したみたいだ。
桐壷は使用人を見下してため息をつくと、一変して笑顔になった。
「というわけで、御修羅。ご飯だけ食べてくれない?」
両手をあわせて、キラキラとした視線を御修羅に向けたのだった。