12節 角筈(つのはす)
“第弎号道路”は第弌号道路と同じく善台と雨形を結ぶ道路だ。所有者は善台伯爵。
善台と雨形の間に広がる“善雨大密林”を突き抜ける形の大道路で、自然と触れあう機会がただただ。
車通りはまぁまぁ。だが、最近は激減している。
道路の沿いには、高い壁に囲まれた小さな自動車整備場があった。それは、2階建ての建物で、1階が整備場、2階が住居になっている。屋根には『掛上自動車整備場』と、でかでかと書かれている看板が掲げられている。
その看板したの2階の窓から人影が顔をだしていた。
ひょろ長い体型で小汚いつなぎを着ている青年だった。
今年で丁度、30になる。前おろしの長い髪に切れ長の細目、鼻の高い細面からはどことなく、高貴さが感じ取れる。一見すると、汚いぼろきれを着せられたサラブレッドのようである。しかし、サラブレッドなのは見た目だけなのだが。
彼は掛上 雄作。
爵号(貴族の階級)を持たない、ただの庶民である。一応、この掛上自動車整備場の経営者ではあるが、特別に金持ちということでもない。まぁ、経営者とは名ばかりで、実際には整備場自体が家族経営であった。
「むぅ」
雄作は難しい顔をして弎号道路とそのまわりに広がる森林を見ていた。
心配そうに見張っているようにも見える。
「流石にいねぇよな……」
綺麗な言葉遣いではないのに、纏っている雰囲気のせいで、何故か上品に聞こえてくる。
雄作の心配の種は、“赤目の蛇”と呼ばれている謎の生物だった。
赤目の蛇とは、弎号道路周辺に現れた未確認の大型生物である。話によると、夜に突然現れて、車や建物、そして人を襲っているらしい。
その見た目は山のように大きく、蛇と蜥蜴を混ぜたようで、目が酸漿のように赤く光っているとのこと。
その被害は伊達にならず、ここ最近で30人ぐらいが犠牲になった。それだけではなく、行商の荷物を食い散らかしたり、道路を大規模な工事が必要なぐらい荒らしたりなど、経済的にも大きな損失をもたらしている。
そのおかげで、第弎号道路には全くと言っていい程、人がこなくなってしまった。
「いつまでボケェとしてんねん」
雄作の背中に大きな声が投げられた。
声があたった衝撃で振り向くと、真後ろに人が立っていた。
「のわぁ!」
「なにがのわぁや」
腰を抜かした雄作を笑顔で見下しているのは、雄作の1つ歳うえの妻である、 掛上 灯だ。
ハートの髪飾りをつけているボブカットに、平たい鼻。大きな瞳からは兎を連想させる可愛らしさが伝わってくる。ガタイのいい体型。黒いタンクトップのうえから、雄作とおそろいのつなぎを身に纏っている。
「もうそろそろ時間やで?」
灯は時計をさす。
時間は午後1時。昼休みが終わる時間だった。
「あぁ、わり、わり」
雄作はやる気なさそうに頭をかきながら階段に向かった。そこで灯に呼び止められた。
「おい、雄作。最近、腑抜けとるんちゃうんか?」
「だって、客こねぇだろ」
道路内の故障車の修理がおもな仕事だった掛上整備場。道路の通りが少なくなったことで、その商売はズッタズッタになった。
「なんやねんそれ。くるかもしれへんやんか」
灯は心配ご無用と言いたげだ。
その根拠のない自信が何処からくるのかが知りたい。
「灯は前向きでいいなぁ。そういうところも好きだけど」
「ハズイからやめーや。でも、こういうときにこそ前向きにならなアカンやろ」
灯が慣れたように言うと、雄作は「はいはい。そうだな」と流して階段をおりていった。後ろから「しゃーないなぁ」って聞こえてきた気がしたが、そのまま進んでいく。
灯の言っていることはもっともだったが、先の見えない不安でどうしても前を向きになることができなかった。
父、晋作が残してくれた掛上整備場。このまま完全に人がこなくなったら確実に潰れてしまう。雄作としては父親が残してくれた整備場をどうしても残したかった。そのことで日夜頭がいっぱいだった。
どうにか、ならないのだろうか。
整備場からでて、囲いの門へ足を進める。門は車が二台通れる程の大きさだった。シャッター式で開けるのは案外大変ではない。
雄作は門を開けて外を見る。
いつものように森林の木々と弎号道路が目の前にあった。
木々からは動物たちのにぎやかな鳴き声や足音が聞こえるのに、道路からはなにも聞こえない。道路と森林を隔てるものはなにもない。けれども、お互いが別世界のように感じられた。
「やっぱいねぇなぁ」
つい嘆息をしてしまう。
こんな状況でどう前向きになればいいのだか。
(灯は本当スゲーよ)
雄作が整備場に戻ろうとしたとき。
ふと、異変を感じた。
門の脇にある2体の石像。
右が翼を生やした少女の像で、その小さな口は可愛く開いている。左は翼を生やした熊の像で、その大きなガッチリ口は閉じられていた。
その2体の像は、下界では一般的な魔除けの像だった。
少女像の(雄作から見て)裏側に人影が見えた。
「誰だ!」
雄作の声に返答はなかった。人影もいっこうに動く気配はない。
意を決して、雄作は人影に忍び寄る。
近づく度に人影の全貌が見えてきた。
「うっ……」
意図せず、雄作は口をおさえる。
血まみれの子どもが仰向けに倒れていた。
どこかの生徒なのか、うえにセーラーを着て、したにチェック柄のズボンをはいている。
長い髪が華奢な体にかかっていた。
腕の方に視線を動かして後悔した。
両腕の肘から先がなかった。
刃物で斬られたようで、綺麗に切断されている。
1度見てしまうともう駄目だった。
目を背けようにも生々しい切断面が嫌でも目に入ってしまう。
「おい、おい……大丈夫か!」
雄作は子どもに呼びかけたが反応がない。
意識がないのかもしれない。
恐る恐る雄作は子どもの呼吸を確認する。
「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」
息はしている。まだ生きているようだ。
「よかった……」
そこに灯が「なにやってんねん」と言いながらやってきた。
「おい、灯……この子!」
灯は倒れている子どもを視界に入れると、顔を一気に青ざめさせた。
目もいつもより大きくなっている。
「嘘やろ……」
今まで見たこともないくらいの表情で体を震わせていた。
(灯……)
雄作は頭を振って灯を見据える。
「この子、まだ生きているぞ! すまないが、一緒に運ぶの手伝ってくれないか!」
その言葉で我に返ったらしく、灯の顔は正気に戻った。
子どもの前でかがむとその体をお姫さま抱っこして持ちあげた。
「おう! いくで雄作! 人命は数秒でも命取りや!」
「お、おう……」灯はこれでもかっていうスピードで、整備場に走っていく。
(灯のあんな表情、はじめてみたわ)
雄作は頭を斜めに傾ける。
今まで一緒にいて、灯の驚愕と恐怖に満ちたあの表情を見たことがなかった。そんな経験をしたことないからかもしれないが。
「雄作も早くこいや!」
突如、灯の声が雄作の耳に飛び込む。
「はいはい」
雄作は整備場に歩きだした。
耳の中に入った灯の声はなかなか取れなかった。
掛上 雄作
性別 男
年齢 29才
誕生日9月25日(天秤座)
種族 人
身長175cm
体重57kg
好きなもの 自動車、機械、コーヒー、妻
苦手なもの 甘い物、役人(貴族)、虫(特に蜂)
・容姿端麗な男。常に上品な雰囲気をかもしだしている。
・根は普通の男。自分が美しいとか品がいいだなんて思ったことはない。
・自動車整備の腕前は超がつく程、一流らしい。
・毎日一緒にお風呂に入るぐらい妻が好き。
掛上 灯
性別 女
年齢 31才
誕生日4月8日(おひつじ座)
種族 人
身長160cm
体重60kg
好きなもの 料理、お世話、漫画、夫
苦手なもの 体重計、暗いこと、小難しいこと
・気の強そうなガッチリとした体格の女性。肥満というわけではない。
・夫からもらったハート型のヘアピンを常に頭につけている。
・旧姓は岩屋。雄作と出会った頃は不健康に細かったらしい。
・えせ関西弁は漫画で覚えたのだと。