11節 貴人(きじん)
下界の極東に位置する“東方葦原王国”。
国土は多くの島々で構成されている。その中で王が支配しているのは、王都“央阪”とその周辺の“冠西”と呼ばれている地域のみだった。他の地域は名目上、王の配下である貴族たちに治められていた。
貴族たちの領土は独立した国のようで、それぞれに軍隊や別な法律を持っている。唯一、変わらないことと言えば、貴族が専制君主として、強い権力を持っているぐらいだろう。
そんな専制君主の1人、北東の地“善台”を支配する善台伯爵、鞴 桜花は哀愁に満ちた面持ちで飾り窓の外を見ていた。視線の先には瓦礫に下敷きなった愛車があった。
年代物のレトロな電気自動車だ。
なんでも、伯爵領中に空から瓦礫が降り注いだらしい。車以外にも広い庭の花壇だったり、離れにある小屋だったりが瓦礫の下敷きになっている。
そんなことよりも、伯爵にとって愛車がぺしゃんこになったことが1番のショックだった。今年で36になる伯爵だが、長年連れ添った愛車がスクラップになるのは、いくら歳をとっても耐えられなかった。思わず背広のまま、書斎のソファに寝転がり涙を流す。眼帯をつけた右目からは涙が流れなかったが。
コン、コン。
書斎の扉が音をたてる。
伯爵はハッとした。
急いで乱れた背広をなおし、「どうぞ」と呼びかけた。
「兄さま……。いえ、閣下」
誰かが入ってきた。
伯爵が扉に目を向けると、そこには背広を着た太い眉の女性が立っていた。右目には伯爵と同じく眼帯をつけている。
彼女は鞴 菜花。善台伯爵の腹違いの妹。仕事は伯爵の秘書をしている。
その腕には紙の束が抱えられていた。
「菜花か。それは?」
菜花は、紙の束を伯爵に渡した。
「例の資料でございます。今、お届きになったようで」
「ほぉ。やっとか」
伯爵は資料に目を通す。印刷された活字や、白黒の写真やらが一面に詰め込まれていた。1番うえの表題には『鉄の神計画』と書かれていた。
「もう1つ。雨形公爵閣下から手紙が届いております」
「親父殿……いや、公爵閣下が……?」
雨形公爵は善台の西隣、雨形を支配している貴族だ。
伯爵や菜花の実父にあたる。
菜花から封筒が渡された。封筒の表面にはなにも書かれていなかった。
中身をだしてみると、数枚の紙がでてきた。
活字が書き連なっていることから、なにかの資料なのがわかった。
1番うえの紙を手に取って読んでみる。
菜花も横からのぞいていた。
読み終わると菜花から、声があがった。
「ふぅん。“第弌号道路”までだしてくるとは」
第弌号道路とは雨形と善台を結ぶ道路の1つ。最短距離であるため、他の道路よりも車通りが多く、その関税で得られる収入も大きい。
雨形公爵の所有物であり、公爵領の主要な財源の1つになっている。が、手紙にはそれと、善台伯爵が所有する“あるもの”を交換して欲しいと書いてあった。
「感心はしますが、公爵閣下の考えの浅はかさが目に見えるようです。これはわたくしめが雑紙置き場においてきます」
「いや、待て」
資料をまとめようとする菜花を伯爵は制止した。
「何故です? もしかして、道路が欲しくなったのですか?」
「違う、違う」
伯爵は首を振りながら口角をあげた。
「せっかくの機会だ。からかってやろう。閣下の阿呆面を拝めるかもしれんぞ」
「なにを企んでいらっしゃるのやら」
菜花は呆れた視線を伯爵にむける。