10節 仇敵(みしゆら)
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「ここは……?」
安世の目の前に広がっているのは、廃墟の外に広がる街並みではなく、巨大な円形のホールだった。真ん中に巨大な穴があり、そこから、流れていく雲が見えた。
「あれ……私は……」
いつの間に体の全権が安世に戻っていた。
さっきまで取り憑いていたレイはどこにもいない。
「ようこそ! 天の底辺、“金輪際”へ!」
御修羅が手を広げて現れた。
腹のふくれた恐ろしい姿ではなく、いつも見る上品な好青年の姿だった。
「金輪際……」
穴から雲が見える限り、ここは本当に天帝国の底辺なのだろう。
「オマエごときが、オレに神通力を使わせやがって」
御修羅はゆっくりと近づいてくる。まるで、命乞いを求めているかのように。
(マズい……、猊下がきてしまう……)
安世は立ちあがって、逃げ場を探すため、目を動かす。
どこにもない。天井まで一面壁だ。
階段はおろか、扉すらない。
完全に詰んだ。
「逃げ場なんてないから、諦めて死ね!」
御修羅からも言われた。
このまま死ぬしかないのか……。
いや、まだ死にたくない。
生きる方法は……。
目の前の男を倒すしかない。
先程の御修羅が吹っ飛ばされたイメージを頭の中で呼び起こす。
(私にもできますでしょうか)
逆にできなきゃ死ぬ。
安世は覚悟を決め、目を閉じた。
「『金剛手』!」
体に稲妻が落ちた感覚がした。
雷電に打たれるってこういうことを言うのかもしれない。
レイに取り憑かれていたときは感覚もレイの方にいっていたので、なんも感じなかった。
けれども、今は電流が体中に広がっていくの確かに感じている。
目を開く。ゆっくりな御修羅が、さらにゆっくりに見える。
「いきますよ!」
床を思いっきり蹴って、走りだす。
両腕にグッと力を込めた。
レイの姿が頭をよぎる。
レイは『あんたが死にたいと思っていても、あたしが絶対に死なせないから!』と言ってくれた。
そこまで言わせておいて、死んでられっか。
だって、死んだら彼岸で、ものすごくしかられそうだもの。
ツンツンした言葉で刺されるのは、もうこりごりだ。
あっという間に御修羅の真ん前までいった。
御修羅は阿呆みたいな面をして安世に驚いている。
さっきまでの余裕の表情はどこへやら。
「吹っ飛べぇ!」
安世は右腕を御修羅に打ち込……もうとしたが。
「へっ……」
右腕の肘から先がなくなっていた。
バランスを崩してその場に倒れる。
眼の先にでた左腕の肘から先もなくなっていた。
視界のスピードが元に戻る。
両腕に急激な痛みが流れてくる。
「あぁぁぁあああぁぁぁ!」
安世は奇天烈な声をあげて転げまわる。
「お返しだよ。莫迦!」
御修羅は安世の頭を右足で踏む。そして、強く躙った。
(いったいなにが……)
安世は混乱していた。
突然、両腕がなくなるのだもの。
誰だって混乱する。
「お客様、お探し物はこれですかぁ?」
御修羅は両手に持っている“もの”を安世に見せつけた。
それは、色の白い腕で大きさからして安世の腕で間違いがなさそうだ。
「なんで……」
腕が何故、御修羅の手に……。
目の前で起こっていることを理解できていない。
「またもやオレに神通力を使わせるなんてなぁ。認めてやるよ」
御修羅は安世の腕を投げ捨てて、頭を強く踏みつける。
(そうでした……、御修羅猊下も神通力を持っていたのでした)
普通に考えたらそうだった。
国を乗っ取る程の神通力を持つ御修羅。
それに敵うはずなんてないってことに。
「はははははっ! 無様だなぁ! オマエ!」
御修羅の口から狂った笑いが漏れた。
「せっかく、神通力を持ったのに、すぐ死ぬなんてなぁ」
うぅ……。
安世の目から涙があふれてきた。
悔しい、とてつもなく悔しい。
腕の痛みや、御修羅に踏み躙られた痛みよりも、これから死ぬのかという絶望の方が心の中を支配していた。
「いいね、この泣きべそ! なぶりがいがあるわぁ、ほんまに!」
御修羅の煽り文句も今は安世の耳に入らない。
ああそうだと、御修羅が笑顔になる。
「オマエのママァは本当に阿呆だった」
「お母さん……」
「オマエのママァは『繋縛』以外にも沢山、強い神通力を持っていたんだ。オレが襲撃にきたとき、妊娠してなかったら、オレはやられていたかもしれない」
妊娠や出産は女性の体に多大なる負荷がかかる。
その状態で神通力を使うのは命にかかわる。
「まぁ、神通力を使わねぇで、あの場から逃げて、オレから隠れてオマエを育てていたんだから、すごいよなぁ」
御修羅から、蹴っ飛ばされた。
安世の体が横に転がる。
「けど、オレを舐め過ぎたんだろうなぁ」
御修羅の表情がもっと笑顔になる。笑顔になり過ぎて顔が横一文字にグニャアと歪んだ。
「命狙われているのにガキの誕生日ケーキ買いにいく莫迦はいないよなぁぁぁ!」
御修羅はかがんで、安世の顔をのぞく。
「オマエらぁ、救世っていうのは本当に莫迦ばっかりだな! 国語できねぇ、理科もできねぇ、約束も守れねぇ。自分がおかれている状況もわからねぇ! この莫迦! 莫迦、莫迦、莫迦莫迦莫迦莫迦莫迦ぁ!」
言い終わると御修羅は、はぁ……はぁ……と息継ぎをした。
「莫迦にしないでください……」
久しぶりにカチンときた。
「私のお母さんを莫迦にしないでください!」
安世は背筋を震わしながら御修羅を睨んだ。
自分の大好きな母親を莫迦にされたことがどうしても許せなかった。
「私のお母さんは大切なお母さんだったんです! この世界で1柱だけの大切な家族だったんです! それを奪っといて莫迦だなんて! 猊下、あなたのほうが莫迦ですよ! この莫迦!」
安世は現在進行形で大逆罪を犯しているが今はそんなことはどうでもよかった。
「なんだ、このマザコン」
若干、引いている御修羅をよそに『金剛手』を唱えた。
電流が体の中で発生する。
直感で電流を頭だけに流した。
みるみる頭に力が溜まっていくのを感じる。
「私の大切な、大切なお母さんを奪った仇ぃ!」
安世は思いっきり御修羅の顔に頭突きをした。
安世の髪の毛と肌が黄金に染まっていく。
頭から数本の卒塔婆や武神像がにょきにょきと生えて、肌に象形文字が浮かんでくる。
メキメキと音をたてて安世の頭が御修羅の顔面に食い込んでいく。
「『金剛殺死掩蓋』!!」
強い衝撃波が起こる。
御修羅は背から倒れた。
鼻血をだして、白目を剝いていた。
(や、やりましたか……)
安世は御修羅の様子を伺う。
動く気配がしない。本当にやっつけたのかもしれない。
安世が安心して息を吐いた――その束の間だった。
突然、倒れている御修羅の腕が天井に掲げられた。
「えっ……」
どうやら、御修羅はまだやられていなかったらしい。
「オマエ……! ふざけんじゃねえ……ぞ!」
御修羅の手に黒い棒状の物体が現れる。
手に収まるサイズの棒で、先端には赤いスイッチがついていた。
「下界に抱かれて死んでろよ! このクズ!」
御修羅がスイッチをおした瞬間、床が震えだした。
おいおい、もしかして……。
安世はこれから起こることが微妙に予測ができた。
ドォォゴオオォォォンンン‼
轟音。
それと共に床が崩壊した。
「ああぁぁぁぁあああぁぁ!」
安世は床の瓦礫共々、空中に放りだされてしまった。
体に重力がかかり、頭から真っ逆さまに落っこちていくのを感じる。
「じゃあな」
足先から御修羅の声。うえを向くことができないからわからないが、空中浮遊でもして生きているのだろう。
安世は雲の中に吸い込まれるように入っていった。
(あぁ、私、死ぬのですかね……)
もうすぐ死ぬというのに、何故か冷静だった。
さっきまであんなに生きたかったのに、諦めがつくのが早すぎる気がする。
緑に覆われた地面が見えてきた。
写真でしか見たことがない光景だ。それが目の前にあるのが、不思議でたまらなかった。
あれにあたって砕け散るんだな。そう思うと変に滑稽にも思えた。
(彼岸でお母さんと会えるでしょうか……)
あ、でも先に会うのはレイのほうかな。
安世は思った。
怒るだろうな……。ツンツンした言葉も沢山浴びせられそうだし。
安世はゆっくり目を閉じる。
神生に悔いは……あり過ぎるが、死ぬとなった今、その全てがどうでもよく思える。
ふと、体が誰かに受けとめられた感覚がした。
目を開くと、白髪の少女の顔があった。
つり目と白すぎる肌が特徴的だ。
「レイさん……」
レイの顔を見ていると、なんか、生きたくなってきた。
なんでだろう。
ただ、怒られるのが嫌なだけかもしれないが。
(神さま。願わくは、もっとレイさんと生きられますように……)
神なのに神頼みをして、安世の意識は静かに消えた。
* * *
空中で安世を受けとめたレイは、急いで安世を地上におろした。
止血のために自分のポケットからハンカチをだすと、安世の腕の傷口を覆った。
ブレザーのネクタイをはずし、ハンカチのうえからグルグル巻きにする。
左腕も同様に、予備のハンカチとネクタイを使って同じことをした。
「万が一に備えておいてよかったわ」
レイは地面に腰をおろす。
安世の胸に頭をあててみると、心臓の音はしっかりと聞こえた。
はぁ……。思わず安堵の息をもらした。
「ごめんなさいね。中津邦さん。あたしのせいで……」
レイは安世の頭をなでる。
「随分と酷いことされちゃって……」
安世の切断された腕を悲しそうに見つめる。
廃墟をでようとしたとき、突然に安世がいなくなった。
レイはすぐに、御修羅の神通力だと気がついた。
恐ろしくなった。御修羅が神を殺した絵面は何回も見たことがある。
今度は安世がそれになってしまうんではないかと。
色々探してみて、やっとのことで、レイは天帝国から落ちていく安世を見つけたのだった。
レイは、今では手が届かないぐらい高いところを浮いている天帝国を睨みつける。
「覚悟しなさい、御修羅。あなたのことは必ず殺すから。あたしと中津邦さんが!」
レイの声は虚空に消えていく。
御修羅まで届いたかはわからない。
いや、届いているはずだ。聞こえてはいないだろうけど。
と、レイは1柱で、納得した。
こうして。
“神々の神”と“彼岸の亡霊”の帝座奪回の神話は幕を開けたのだった。
・登場人物紹介
中津邦 安世
年齢 13才(中学生2年生)
誕生日12月13日(いて座)
種族 神
身長140cm
体重45kg
好きなもの ネコ、美味しい食べ物、食べること
苦手なもの コミュニケーション、暴力
・中津邦は母の旧姓。
・優しい性格だが、会話が苦手で友人をつくれない。
・なにかがあるたび、眉間にしわが寄るのが悩み。
・エセ敬語を話しているのは、それ以外の話し方を忘れてしまったため。
・この作品の主人公。みんな可愛がってあげてね。
レイ
性別 女
年齢 12~13才ぐらいの見た目
誕生日12月12日(へびつかい座)
種族 神
身長143cm
体重48kg
好きなもの 猫、麺類、ふわふわなもの
苦手なもの 早寝早起き、ビデオゲーム
・天性のツンツン少女。デレとのギャップがあまり感じられない。
・実は人見知り。無表情だったのは安世の読み通り、緊張していたからだ。
・ブレザーの制服は生前の中学校の制服で、気にいっている。
・幽霊だからいい香りがするのか、レイだからいい香りがするのかは不明。
救世 御修羅
性別 男
年齢 28~30才ぐらいの見た目
誕生日4月3日(おひつじ座)
種族 神
身長165cm
体重55kg
好きなもの 甘い物、動物
苦手なもの 面倒臭いもの、自分の思い通りにいかないこと
・現天帝。上品で爽やかな雰囲気が人気。ファンクラブがある。
・誰であっても神対応(表面上は)。
・実は100年以上生きている。
・童貞を維持していることを誇りに思っている