表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魂鎮めの巫女は祓わない  作者: 初月みちる
第一章 怪力乱神
9/150

疑惑の中で

本日二回目の投稿です

思ってもないことを言われ、幽子は間抜けな声しか出なかった。一拍にしては間を置きすぎたが幽子は叫んだ。


「そんな!一体どういうこと?!」


紫は幽子の肩に手を置いて、まるで言い聞かせるようにゆっくりとその言葉を唇に乗せる。


「そのままの意味よ。千家さんは元を辿れば皇族の親戚ってことになる。天皇家は天照大神の孫の瓊瓊杵命(ににぎのみこと)の子孫。出雲国造は天照大神の息子の天穂日命(あめのほひのみこと)の子孫だから。これは出雲国造も認めている」


「でもどうして?どうして支配した側が負けた神様をその子孫に祀らせてるの?不自然よ。負けた場合って大体その存在を抹消されるのが定石なのに」


紫は目を見張った。


「ゆうちゃんも変って思った?実は私も分かんない。あと、負けた大国主命が昔は一番高い所に祀られていたのも不思議だと思うの。どこの国に王の住む宮より高い建物があるのよ」


様々な考えが幽子の頭を駆け抜ける。しかしこのままあれこれ議論しても良いのだろうか。何かとんでもない結論を出してしまいそうで怖い。


「ゆかりん鋭いね。私は大仏殿が御所より高いのも気にかかるけど………言われるまでおかしいって思わなかった」


「王は一番高い建物に住むのが常識だもんね。昔は特にそうだったと思う。負けた側は略奪と破壊の限りを尽くされ、勝者の文化に塗り替えられる。古代の文字や遺跡が少ないのはこれのせいね」


「ここは日の本の国だから他所の国とは違うんだろうけど………日本の常識は世界の非常識って言うし、そこが日本が独自の文化を持っていることの証左なんだわ」


それでも議論は終わらない。知的好奇心には抗えないのだ。なんとなく周りの人に聞かれたくなくて頭を付き合わせてヒソヒソ話していた。


「外来の文化を取り入れても、そのまま使わずに日本流に作り替えてしまうからね。それが例え食事でも宗教でも」


「そうだね。日本のクリスマスは何故か家族と過ごす日じゃないし。クリスチャンでなくとも教会で結婚式したりするし。何か不思議ね」


「うん。産まれたら神社で宮参り。亡くなると仏式の葬式だし。そういえば仏教は私たちの生活に浸透してるけど、よく考えたら神道派の物部氏が飛鳥時代に負けたのに神社とか神道そのものが消えずに現在まで続いてるって妙な感じ。宗教と宗教のぶつかり合いって、ちゃんと教典とかがある宗教が勝つもんね」


「そうそう。多神教と一神教だと一神教に軍配が上がる。多神教って自然崇拝の結果だったりするからしっかり文献も残らない場合が多いし、第一救済の教義がない。例え神像とか作ったとしても一神教の信者が悪魔とみなして破壊したりするし」


周りの人がこちらをチラチラ見ている気がする。拝殿の近くに突っ立ってボソボソと話している二人組は明らかに浮いているのだろう。二人共参拝が目的なのをすっかり忘れて話し込んでいた。


「日本って面白い国よね。ひょっとしたら神道そのものが日本人の考え方のルーツなのかな?だから外来文化そのままだと日本には合わずにアレンジされてしまう」


幽子と紫は空を仰いだ。雲が重なってどんよりと重い天候だ。自然と二人の顔も曇ってくる。不可解なことが多すぎるからだ。自分達がおかしいのだろうか。こんなことは教科書には書いていない。二人が本や世界史の知識を活用して勝手に議論しているだけである。


「さ、拝殿でお参りしよう。縁結びだからやっぱり良縁祈願かな。ゆうちゃんは?」


「良縁ねえ………考えたこともなかったよ。好きな人いないし」


紫は吹き出して口元を押さえたがやがて頭を反らせて笑う。


「なんで笑うのー」


幽子がぶすくれて紫を肘でつついた。紫はお腹を抱えて笑っている。


「いや、別に好きな人関連じゃなくてもいいのよ。良縁だから。男女関係なく自分達に良い出会いがありますようにってこと。ゆうちゃん迷わずに好きな人って言っててちょっと可愛いなって」


「可愛いって言うなし。ちょっと勘違いしただけじゃないのさ」


ぺしぺしと紫の背中を叩く。幽子は自身の顔が真っ赤になっているのに気づかない。


「ゆうちゃん可愛い。何か安心したよ。年頃の女の子みたい」


「ゆかりんは私のお姉ちゃん?というかそんなに私中学生らしくないように見える?」


「色々達観してるように見えるかな。浮いた話も聞かないし、恋愛とか興味ないのかと思ってたの」


紫は幽子の頭を撫でる。黒髪がサラサラとして気持ち良い。ボブじゃなくて伸ばせばいいのに、と考えているのは内緒である。


「恋愛小説くらいは読むよ。でも好きって思う人はまだいないの。ゆかりんはいるの?」


「うーん、幼馴染はいるけどよく喧嘩するし最近疎遠ね。確かに昔は一緒に遊んでたけど、好きかどうかと聞かれたら微妙ね」


紫の浮ついた話はついぞ聞いたことがなく、幽子は思わず身を乗り出していた。


「え、ゆかりん水臭い。そんなこと初めて聞いた!ねえ、どんな人か教えて?」


「今初めて言ったもの。どんな人かって聞かれるとデリカシーのない朴念仁かな」


手厳しいことを言う紫に幽子は悪戯っぽく微笑んだ。


「じゃあさ、お互いに好きな人に会えますようにってお願いしよう!」


「えっ、私はまだ決めてないったら」


幽子は紫の手を握って拝殿へと歩く。紫はぶつぶつ言いながらも大人しく幽子に手を引かれていた。


出雲大社の作法に則り、ニ回礼をし、四回拍手し、一礼する。


(四拍手って何か嫌な感じ。死んでる人に向かってする動作みたい)


お参りが終わったので再びパンフレットを開く。次はいよいよ御本殿だ。


「あれ、御本殿には行けないみたいよ。手前の八足門からお参りするんだって」


「え、御本殿見られないの?残念………」


「正月五カ日なら門が開放されてかなり近づけるんだって。私も残念だよー。仕方ないけどさ」


しゅんとしてパンフレットを閉じた。再び歩き出したが幽子の動悸は全く治らなかった。




「ううー。せっかく来たのにー」


「まあまあ。境内のうさぎさん達を愛でようよ。可愛いよ」


紫は御本殿を遠くからしか見られないのを根に持ってるらしい。


「うさぎさーん。私の願いを叶えておくれー」


近くのうさぎの像を紫は撫でている。境内には至る所にうさぎの像があって人々の目を楽しませていた。大国主命と八上姫(やかみひめ)の縁結びに深く関係するうさぎは、飛んだり跳ねたりするので縁起物だそうな。


「ちょいちょい着物着たお姉さん達を見かけるね」


「ほんとだ。着物のレンタルとかあるのかもね」


「京都みたい。でもラフな格好よりずっと素敵。ゆうちゃん着物着れる?」


着物は憧れだ。所作も必要なことは分かってはいるが。洋服を着ている時と同じように動くと悲惨なことになる。はだけやすく、目も当てられないと紫の母はそう言っていた。


「普段着ならね。着付けってポイントを押さえたら案外難しくないよ」


「いいなー。着物は好きだけど、着たら自分では見えないし動きにくいから着る機会ないよー」


「確かに普段着にするにはハードルあるよね。着付けるだけなら30分くらいかかるし」


話しているうちに八足門の近くまで来た。袴を履いた神職の方もいる。


(うん?)


鋭い視線を神職の方から感じる。単に目つきが悪いだけかもしれないが。幽子を見ているとも限らないし。


(そんな訳ないか。自意識過剰になっちゃだめよ)


「じゃあ八足門から楼門を拝見しますか」


「門越しだから本殿見えないよねー。ううーー」


「そんなに悔しいの?」


二人で八足門を拝見する。本当に楼門しか見えなかった。現時点ではここが最も御本殿に近い。


「見えないものは仕方ない。お守り売ってるところ見つけたから行ってくるね。ゆうちゃんは?」


「うーん、私はちょっとここにいるよ。何か引っかかるんだよね」


さっきからどくどくと心臓がうるさかったがらここに来てさらに早鐘を打っている。さすがに幽子も怪しく思っていた。夢のことが引っかかるというのも理由だが。


(10月は日本中の神様が出雲へお集まりになる。出雲だけは神在月と呼んでいて、天照大神と建御名方だけはこの地に来ない。建御名方は諏訪から動けないから仕方ないとして、天照大神が気になる。天照大神は日本神話では最高神。本来神様が集まる所は最高神のおわす伊勢神宮のはず。なのに大国主命の元に集まる理由は?これじゃあまるで大国主命が最高神の扱いを受けてるということになる。そして実質最高神扱いされている大国主命の元へ天照大神が行けないなはどうして?……素直に考えると天照大神が大国主命に後ろめたいことをしたから?)


考えに夢中になっている幽子は紫が離れたことも、自分に向かって足音が大きくなっていることに気づかなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ