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魂鎮めの巫女は祓わない  作者: 初月みちる
第四章 意路不倒
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絡み合う血

前回間違えて未完成のものを投稿しましたので加筆しました。申し訳ありません。加筆部分の読み返しを強くおすすめします。

「えっと、武瑠君……?」


(今なんかとてつもなくまずい言葉を聞いた気が……)


血を飲むのが願掛けなのだろうか。それは願掛けというよりは儀式に近いのではないだろうか。幽子はさっぱり自分の理解が追いつかず、頭の中が混乱して助けを求めるように武瑠を見る。


「そのままの意味だぞ。何か心配事があるのか?」


一体何が問題があるのかと、武瑠は首を傾げて幽子の答えを待つ。


「ありまくるに決まってるじゃない! どこか怪我をするんでしょう? それに願掛けって、こう、おまじないみたいなものなイメージがあるし、大体血を飲むってどんな意味があるのよ」


「おまじないってのは間違いじゃないぞ。どちらかというと儀式に近いだろうがな」


儀式と呼ぶと仰々しい感じはするが、つまるところ何かしらの繋がりを得ることかと幽子はぼんやりと考えていた。


(何だかマフィアの血の盟約みたいな感じね。日本で言うと契の盃みたいな?)


流石にそこまで強制力は無いだろうと思うが、念の為に武瑠に確認を取った。


「儀式? もしかして血の盟約みたいなやつ?」


意外そうに眉を上げる武瑠。どうして幽子がそんな物騒なものを知っているかは不明だが。


「何だ知ってるのかよ。幽子の考えているような、そんな誓いを破ると厳しい罰があるような物じゃねえぞ。霊力持ちなら意味合いが異なる。単に霊的な繋がりができるだけだ」


「霊的な繋がり? 追跡の術式みたいな?」


「だいぶ違う。俺が施した追跡は一方通行だからな。現に幽子は俺の位置を離れても知覚できないだろ?」


「うん。それちょっとずるいと思うわよ。不公平よ」


珍しく不満を口にする幽子。だがどうしてそんな不平を言ったのかは、当の本人は分かっていなかった。


「不公平って……俺は幽子の護衛だからお前の位置を知るのは問題ないと思うが……」


「そうなんだけど……うーん、私も何でそう思ったか分かんない」


自分の感情を上手く把握できない幽子だったが、武瑠はそんな幽子を見ても苛立つことはない。何となく理由を察した武瑠は、むしろ好ましそうに思っていた。


「そういうことにしといてやる。続けるぞ」


幽子は頷いた。


「霊的な繋がりを得るとお互いの場所だけでなく感情や霊力の状態も共有できる。お互いの体に触れずとも霊力の交換すら可能になるな。幽子が霊力を大幅に削られたら俺も同じような状況に陥るし、逆もまた然りだ。あとは互いの霊力を使えるようにもなる。俺と幽子は相剋だが打ち消すことはなく、俺も雷を扱えるようになるし、幽子は不可視の斬撃を操れる。同じ気質の者同士なら増幅するだけになるらしいがな。ただしこれらは持って1日だけ効果を発揮する。効果を持続させるには再度相手の血を飲む必要があるが多用すると互いに負担がかかるから使い時が限られるな」


想定よりもできることが多いのに幽子は驚く。最早願掛けの範疇を超えているのではないだろうか。


「そんなにできるようになるの? もしかして霊力持ちの血って霊力が豊富に含まれてる?」


我が意を得たりと鳶色に喜色が浮かぶ。


「そのとおりだ。特に木行は生命エネルギーそのものを表すから幽子の血はとりわけ霊力を多量に含むだろうな」


「霊力が多いのか……じゃあ私が血吸で斬られたときに酷く消耗してたのってそういうこと?」


「幽子の読み通りだ。元々血吸は霊力も斬るが、幽子の場合は相剋でさらに打撃を受けたし、霊力の宿る血も通常の刀で斬られた時よりも失ったから非常に危険な状態でもあった……血吸には気をつけろ。恐らく鬼や妖怪退治をしてきたどの刀よりも幽子の脅威となり得る」


血吸の名を聞いた瞬間幽子は青白くなった。あの霊力の禍々しさは幽子の心の底にべったりと貼り付いて、拭っても拭っても瞬時に幽子を恐怖へと落とし込む。諏訪の時よりも今回の方が数段恐ろしかった。それなのにあの時血吸に自ら斬られに行った幽子は、きっと自身の脳がドーパミンで満たされていたに違いない。あの二人組に腹が据えかねていたのも事実だったが、自分でも大胆に行動したかと、今になって思った。


「でもさ、霊的に繋がったら決闘の時は卑怯じゃないかしら? それにもし私が失敗したら武瑠君も死ぬんじゃないの? 話を聞いている限り霊的な繋がりを得たら一蓮托生な感じがするけど」


「よく分かったな。最悪の場合は一緒に死んでもらうことになる。それだけ霊的に繋がるということはお互いの魂を極限まで近づけることなんだ。だから幽子が死ねば俺も死ぬ」


武瑠は幽子が失敗するとは毛ほども思っていないので、事も無げに幽子に告げたが、当の本人からするとプレッシャーという言葉意外に表現が思いつかない。みるみると幽子の墨色が剣呑な光を帯びる。


「……武瑠君、本当にこれって願掛けなの? 嫌な気休めにしか聞こえないんだけど……」


「待て待て、そのつもりで言ったんじゃねえよ。ある種の保険だ。もし失敗したとしても俺の霊力を使えるようになるから周りの奴らを蹴散らすこともできるしな。ただし決闘では使うなよ? 失格にもなるし俺は手出し無用ってきつく大国主様に言われたしな。まあ幽子のことだからそんな卑怯なことはしないとは思うが。それと、魂鎮めに成功したからと言って奴らが幽子に危害を加えない保証はないんだ。そのために俺の霊力を使えた方がいいと踏んだんだぞ。俺がどこに待機になるかはわからんが幽子とは離れる確率が高い。霊的な繋がりを得ようと思ったのはどちらに転んでも幽子の身を守るためだ……言葉が足りなくてすまない」


射抜くような視線を受けて武瑠は慌ててまくし立てる。言葉が不足しがちなのは武瑠の悪い癖だ。なるべく詳細に述べたが、幽子には伝わっただろうかと不安に駆られた。


「霊的な繋がりは諸刃の剣なのね。でも武瑠君はそれでいいの? もし……もし私が死んだら武瑠君まで」


「別に構わん。そもそも幽子がいないと俺は護衛である必要はないし、俺がいなくても兄貴が後を継ぐだろうし、天野家には損害は何一つないしな。でもそれだけじゃねえ」


幽子が口を開いたが武瑠はそれを視線のみで制した。武瑠は言葉選びを間違えたと心の中で舌打ちをしたが、努めて平静を装う。今の言い方だと幽子はまた謝罪するだろう。卑屈から来る謝罪なんて苛立つ以外の何者でもないし、幽子に卑屈になって欲しくない。


「俺は死なないし幽子も死なん。知ってるか? 霊的な繋がりがあれば片方が死にかけても、もう片方が霊力を流し込めばある程度は回避できるんだ。これは互いの霊力の相性に大きく左右されるが、俺たちの霊力は相剋の筈なのに相性は良い。だから幽子は死なない。いや、俺が死なせない」


幽子の頭の中に様々な思いが飛び交っていたが、武瑠の言葉で沈静化したのを不思議に感じた。


「幽子、自分を信じて決闘に臨め。どうしても無理なら俺を信じろ」


揺るぎないその視線は幽子を真正面から捉えた。抗い難いものを感じた幽子はゆっくりと頷く。


「もう一度言う。俺を信じろ」


「……っ、はい」


彼に気圧された訳でもなく、自分の意志で武瑠に返事をした。武瑠は満足そうに何度か頷くと、ナイフを出現させたかと思えば薬指に切り込んだ。加減を間違えたのか、手のひらを伝っていた赤い鉄錆は束の間手のひらに収まっていたが、彼の指の間から雫となって、光る砂にぽつぽつと花を咲かせている。


「えっ、ちょっとそれはやりすぎじゃ」


「いいから」


良いも何もない。いきなりそんなことをされたら驚くのが普通だろう。幽子はすぐさま絆創膏を頭に浮かべたら、左手にそれが出現して軽く驚く。手に取りたいものを念じると、どうやら武器のみならず絆創膏といった物も出現するらしい。この調子なら食べ物も出せそうであるが、流石にそれは恐ろしいので、慌ててそのイメージを取り払う。不思議だなと思いつつ、それを武瑠の薬指に巻き付けようとしたが彼は制した。幽子は絆創膏を持っている手を下ろす。そして武瑠は血の滴る手を幽子に向かって差し出した。

これが武瑠の考えている願掛けなのだろうか。そうだとすると幽子を激励する度に彼が怪我をしてしまうことになる。そんなことよりも傷の手当をしたい幽子である。


「……分かったわ。でも後で手当をさせて」


武瑠の目が早く飲めと訴えている。幽子は手のひらに口を近づけてそれを啜り、薬指の傷口に舌を這わせた。鉄錆の味が口腔に広がったが、武瑠の指示通りその血を舐めとり飲み込む。喉越しが悪く、喉にどろりと絡みついたそれを、何とか唾液で希釈すると彼女の喉が小さく動く。


(何かいけないことをしている気分だ)


正確には他にも血を飲ませる方法もあるのだが、それをしたら確実に幽子に嫌われそうなのでどうしてもできない。そもそも同意が得られるか怪しいものだ。

武瑠は幽子の喉が動くのを確認して手を引き抜く。幽子は唇に血がついてしまったようで唇を舐めている。その赤い舌を見て、武瑠はぞくりとした。


(いかんいかん)


変な想像をしてしまう所だったので、慌ててそれを振り払う。そんな武瑠を不思議そうに見た幽子は、絆創膏を手早く武瑠の薬指に巻いた。


「念じたらそういうのも出てくるのか」


「そうみたい。日用品とかも出てくるかもよ……傷はもう大丈夫かな?」


止血を念じながら武瑠の指を舐め取ったので、絆創膏に血が染みることはない。それでも不安になるのは、幽子が現世の常識を引きずっているからだろう。


「治癒は使わないよ。ごめんね、だいぶ体は軽いんだけど……うっ」


突然胸が熱くなるのを感じて幽子は小さく呻いた。ちらりと武瑠を見やると、彼もやはり同じ状態のようだ。その熱は心臓の鼓動と同じリズムで、幽子達に霊的な繋がりが出来たことを伝えていた。


「成功だな」


武瑠が幽子の眉間に人差し指と中指をくっつけた状態の手を向ける。いきなりどうしたのかと首を傾げたが、その手が徐々に下に降りるので、それにつられて幽子の視線もそれを追いかけた。


「なに、これ」


薄く細い糸のようなものが幽子と武瑠の体を繋いでいた。よく目を凝らさないと分からないが、ごくごく細い線である。それに触れようと手を動かしても、全く糸が引っかからないのが奇妙だ。しかも時折点滅してるようにちらちらと、見えたり見えなかったりを繰り返している。その動きは心臓の脈打つ様子に似ているような気がした。


「霊的な繋がりが出来ると見える。現世なら血を飲んでしばらくしたら消えるが幽界ならこうなるのか」


「これ切れたりしないよね? 細すぎない?」


武瑠はふっと笑った。


「お前は妙なことを心配するんだな。簡易的な縁のようなものだから文字通り切っても切れないぞ」


幽子が疑う眼差しをしているので、武瑠は試しにその糸に不可視の斬撃を繰り出す。それは糸を貫通したが全く切れているように見えなかった。


「ほんとだ。武瑠君の断ち切る概念すら通さないのね」


不可視の斬撃が斬ったのは二人の間の光る砂だけである。


(このまま繋がっていたらいいのに)


武瑠のそんな想いは口の中で消えた。二人はしばらくの間見つめ合っていたが、幽子は気まずく思ったのか素早く立ち上がろうとした。


「うあっ……」


幽子は立とうとして目眩に襲われて武瑠に支えられる。どうやらまだ本調子ではないらしい。


「幽子、ちゃんと休め」


「……うん。でも幽界で寝るなんて変じゃない?」


「問題ないだろ。下が砂利では寝にくいか?」


そう言って武瑠が思い浮かべたのはゴザと布団である。視線を横にやるとそれらは既に出現して武瑠のみならず幽子まで驚いた。


(何でもありかしら)


「これで文句ないだろ」


「武瑠君はどうすんの」


どう見てもその布団は一人用である。もう一つ欲しいと思った瞬間、隣に複写したようにそれらが出現して再び幽子は驚いた。


「も、もう一つって思っただけなのに」


「あれは幽子がやったのか。ありがたい」


そう言って幽子を担いだ武瑠は、幽子を布団に下ろして掛け布団をかける。


「寝られないなら俺が意識を斬ってやろうか?」


幽子はかぶりを振った。既に瞼が半分ほど降りていたからである。


「お休み、幽子」


その声を聞くか聞かないかのうちに彼女の瞼は完全に閉じられた。




ストックが無くなりましたので明日から2日に一回投稿になります。最後までお付き合い下さると嬉しいです。

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