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魂鎮めの巫女は祓わない  作者: 初月みちる
第一章 怪力乱神
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神社の中で

少し長めです。

「すっかり曇ったね。出雲の地だから雲が出てきたのかな?」


「なんかそれ冗談に聞こえないよゆうちゃん。でもそれなら出雲はずっと曇りじゃないとおかしいよー」


「それもそうか。んー、それじゃあ天叢雲剣が一時的にこちらに来てるとか」


「確かに出雲って素戔嗚尊(すさのおのみこと)八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した土地だけど、それなら雨が降ると思うよ」


「それもそうかー」


軽口に聞こえない軽口を叩きながら幽子と紫はパンフレットを開く。そこには正門からの正式な参拝方法が記載されていた。


「どこからでも本殿には向かうことができるみたいだけど、せっかくだから正式な参拝方法いってみよー」


「さんせーい」


二人が立ち止まっている間にも我先にと大股で歩くクラスメイトが大勢いた。特に女子はそのほとんどを占めていた。


「縁結びの神様だもんねー。そりゃ早くお参りしたいよねー。ほほえましいのう」


「ゆかりん完全に発言が中学生じゃないよ」


若人を見守る年上の人みたいになった紫を揶揄いながらもゆっくりと大きな鳥居に向かって歩く。左には出雲大社と書かれた大きな石碑があり、こちらも鳥居に負けじと聳え立っていた。


勢溜(せいだまり)の大鳥居だって。さっきも大きな鳥居くぐったよね?」


「うん。さっきのは神門通りにある宇迦橋(うがばし)の大鳥居だって。あと奥に二基本殿までに鳥居があるってさ。高さ8.8メートル、横幅12メートルだって!」


幽子は順路(と正式な参拝方法を名付けた)を示す係、紫は解説役である。


「あれ、参道なのに下り坂だ。初めて見たかも」


「全国でも珍しいらしいよ。下り坂の参道。右側に心身を清める四柱の神様がいらっしゃるんだって。祓社(はらえのやしろ)と呼ばれているそうな」


「清めるといってもなあ。その祠みたいなところで手を合わせようか」


灯籠が左右に並んだ奥に小さな祠がある。ここにさっきの神様がいらっしゃるとか。二人は手を合わせてしばしその場に佇んだ。


さらに祓橋と呼ばれる橋を渡り、三つ目の鳥居を潜ると見事な松並木が目の前に広がる。


「え、すごい!松並木があって参道が三つもある!」


「この松の参道は日本の名松100選に選ばれてるんだって!中央は通ったらダメみたい。神様の通り道で神職と皇族の方々以外は通行できないとか」


「まあ参道はどこでも真ん中は神様の道だもんね。端っこ歩けば解決ですな」


歩いてる時に松の根っこがやたらと主張しているのが気になった。ひょっとしたら砂が飛ばされて剥き出しになっているのかもしれない。二人は根っこを踏まないように注意して歩いた。


「あ、ゆかりん見て!神様の銅像が境内の入り口手前にあるよ!」


「右が主神の大国主大神のムスビの御神像、左が御慈愛の御神像ですって」


「へー。御慈愛って、あ、因幡の白兎のシーンか!」


うさぎが主神を見上げて、主神は慈しむようにうさぎを見下ろしている像だ。何となく微笑ましくなり、ついクスッとわらってしまった。

そして右に目を向ける。古代装束を着た男性が両手を広げて向かいの波の像に向かって祈りを捧げているのだろうか。波の像には玉が乗っていた。


(えっ、嘘!まさか)


もっと見たくて近寄り、主神を見た瞬間凍りついた。あの精悍な顔つき、美豆良(みずら)に纏めた髪。間違いない。


(夢に出てきたあの方……神様だったの?!)


ということは悪夢ではなかったのか。少しホッとしたが、わざわざ大国主命が夢に現れた理由がさっぱり分からない。幽子は大国主命を見たことがなかったのだから。しかも夢で聞いたあの声は間違いなく苦しそうな声だった。


(縁結びの神様じゃないの………?)


どういうことなのだろう。縁起の良い神様ではないのか。縁結びがあの世の領分と言われればそれまでだが、夢で見た姿とはかけ離れているご利益だ。一時荒御魂になって鎮められた可能性も否定できないが。


「おーい、ゆうちゃん考え事?」


ぺしぺしと肩を叩かれて幽子は我に帰る。考え事に没頭してると周囲からはぼーっとしてるように見えるらしい。


「って幽子顔真っ青だよ?!」


「えっ」


目を見張る幽子を気遣わし気に紫が見ていた。


「うん、大丈夫だよ。頭痛とかもないし」


「昨日の今日だから心配だよ。具合が悪くなるとすぐに言うのよ!」


「ありがとう。ゆかりん」


夢に出てきた人物が大国主命本人だとはどうしても言えなかった。



「それじゃあ荒垣内に行く前に手水舎で清めようか」


幽子と紫は一度パンフレットを仕舞ってハンカチを顎に挟む。


「作法いつもあやふやなんだよね。ゆうちゃんは?」


紫は困惑して尋ねてきた。


「神社は昔から月一度は絶対に行ってたから何とか知ってるよ」


「え?!そんな頻度で行ってるの?もしかしておついたち?」


「せいかーい。氏神様にお参りしてたんよ」


幽子は慣れた手つきで柄杓(ひしゃく)を右手で持って水を汲み、左手に掛けてから左手に持ち替えて右手に掛けた。再び右に間違えて左手で水を受けて口を濯いだ後、さらに左手に水を掛けてから柄杓を立てて残りの水で柄を洗った。


「ゆうちゃん早いよー」


「あ、ごめん。ゆっくりでいいよ。私は慣れてるだけだから」


柄杓を元に戻しながら幽子は唇を曲げて微笑んだ。ハンカチで手を拭いて紫を見守る。


「多少違っても神様はきっと怒らないよ」


「そうかな。確かに日本の神様って怖い感じそんなにしないよね」


紫がハンカチを手にした。いよいよ拝殿でお参りだ。


「ゆかりん!青銅の鳥居がある!」


「最後の鳥居の銅鳥居だよ。これは後世からできた鳥居で毛利元就の6代下の方が寄進したんだって。一礼しようか」


なるべく真ん中に立たないように端に寄ってから一礼して入った。鳥居を潜るとどくんと心臓が跳ねた気がして思わず胸を押さえる。

何だろう。さっきから動悸がする。幽子の家系は心臓に欠陥がないがこのまま放っておいて大丈夫だろうか。


「あ、これが有名な大きな注連縄か。これ人力で縄をなってるって聞いたことあるよ。すごいよね!」


「重さもすごそう!この大注連縄は長さ13メートル、重さは何と5.2トン!とんでもないな!」


「これが人力で持ち上がるってすごいね!ってあれ、大注連縄は神楽殿にあるんだ。ここじゃなかった」


「ほんとだ。でも拝殿の注連縄も立派だね!」


パンフレットを見て二人ははしゃいだ。神楽殿の大注連縄も近くで見たら圧巻だろう。


「あれ、やっぱり何か…」


「ゆうちゃんどうしたの?」


「ねえ、何か変じゃない?」


「拝殿のこと?」


「拝殿、というか注連縄かな」


「そう?何か変かな………あ!ゆうちゃんこれ見て!」


紫がパンフレットの一部を指差す。大注連縄について書かれた箇所だ。


「ここの大注連縄、左右逆なんだ」


紫が呟く。


「ゆうちゃんよく気づいたね。書いてないと分からなかったよ」


「気づいたというか、違和感だけどね。まさか左右逆とは思わなかったよ。逆の理由は書いてないみたいだね」


「ほんとだ。あ、それと拝殿にお参りする時はニ礼四拍手一礼なんだって」


「え、四拍手なの?そんな神社聞いたことないよ」


「でもここ出雲大社の作法はそうなんだって。何か意味があるのかもしれない」


「縁起悪くない?四って死を連想するから未だに避ける人いるよね?昔の人ならなおさらそう思うはず。どういうことなの?」


パンフレットを隅々まで見ても答えはなかった。


「ん?なにこれ」


「ゆうちゃんまた気になるところある?」


「ちょっとこれ見て」


幽子は御本殿の平面図を指す。御本殿には神像が祀られている。ただ、他とは明らかに違う点があった。


「えっ、神様が六柱もいらっしゃる?ってええっ!」


紫が驚いたのは、主神である大国主大神は何と参拝者にそっぽを向いて鎮座していることと、きちんと参拝者に向かい合っているのは五柱の神様であることだ。これでは誰が主神か分かったものじゃない。


「配置おかしくない?これじゃあまるで私達は主神以外の神様を拝んでるってことじゃない!」


「しかも主神は西向き。参拝者と向かい合ってない。西には何かある?」


「日本海よ。国譲りの稲佐の浜もある」


二人は顔を見合わせる。嫌な予感がした。


『大国主大神は稲佐の浜を見ている』


二人の声がぴったり合った。考えていたことは同じだったらしい。


「ゆかりん、ひょっとしたら違うかも知れないけど」


「どうしたの?」


「あのさ、事代主(ことしろぬし)って逆さまに柏手を打って自害したよね?」


「ん?ああ、そうだよ。確か呪いの動作だって。通常の柏手は邪気を祓うからその逆」


「うん。それでさ、ちょっと思ったの。注連縄が左右逆ってもしかして本来の注連縄とは違う意味を持つんじゃないかって」


「間違えて逆にした訳ではなさそうだもんね。ということはちゃんと意味があるってこと。………まさかここに閉じ込めてる?」


紫の顔がさっと青くなった。幽子は頷く。


「うん。注連縄って結界みたいなもんだから、ここから悪いものは立ち入り禁止って意味を持つよね。正月に締め飾りをするのもやはり邪気あるものを通さないためって」


推測の域を出ないが、それを否定する根拠もない。二人は段々この神社が怖くなってきた。


「公式に認められてるか分かんないよね。注連縄が逆なのは出雲大社の神主、もとい出雲国造が認めてるらしいけど」


出雲国造(いずもこくそう)?ああ、千家さんだっけ。世襲で出雲大社の神主だったか宮司を務めていらっしゃる」


「そうそう。皇族と同じくらい有名よね。………あれ?確か出雲国造って………」


紫は難しい顔で何かを思い出そうとしている。幽子はもどかしかったが、紫がこの顔をしている時は邪魔しない方が良いことは分かっていた。幽子も何かおかしい点がないか拝殿やらパンフレットやらを見ながら探す。


「思い出した。出雲国造と皇族って元々は天照大神の子孫なんだった」


「………え?」




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