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魂鎮めの巫女は祓わない  作者: 初月みちる
第一章 怪力乱神
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城の中で

バスに揺られること4時間。途中サービスエリアで昼食を取ったりしながら昼過ぎくらいに松江城に到着した。早速もらったパンフレットを見ると松江城は国宝と書いてあって目を見張った。幽子は天守閣といえば白い壁の城を想像していたが松江城は壁が黒い部分が多い。黒が七、白が三の割合だろうか。コントラストがとてもかっこいいと幽子は思う。春になると桜が大変綺麗に咲くそうだ。梅雨明け時期なのが残念だが春は春でごった返すと思うのでお城を見るだけならこの時期でも良い気がした。


松江城は何と十二ある天守閣の中で広さが二位、高さ三位である。確かに最上階まで登ると良い景色が見られた。宍道湖(しんじこ)中海(なかうみ)、さらに奥の日本海まで見渡せる。緑もこれからさらに青青しくなってゆくのだろう。最上階まで登るのがかなり大変だったが。何せ階段が人が二人並ぶとぎゅうぎゅうなくらい狭く、さらにとても急なのだ。階段の真ん中と端に手すりがあるとはいえ降りる時が怖い。


広さが二位だけあってあまり圧迫感がない。最上階の5階に行くまでに、鼓のような形をした大きな太鼓や城主が残したと思われる手紙や、なんと井戸まで天守の中に展示されてあり、終始わくわくした。なお、天守に井戸が現存しているのはここ松江城だけである。


最上階でパンフレットを見ていたが紫が遅れて来たので一度鞄にしまう。


「ゆかりん、宍道湖と中海が見える!」


最上階は360°見渡せるように作られている。


「え?どこどこ?今日はよく晴れてて雨上がった後から遠くまで見えるね」


「うん。境港も見えるかな?」


「ちょっと無理かもよ。中海の方角だろうけど」


「出雲大社探してみるー。どこかなー」


幽子は出雲大社の位置を知らなかったので、キョロキョロと辺りを見渡す。


「宍道湖よりももっと山口県寄りだから見えないと思うよ。第一古代みたいに48メートルもないんだし」


それを聞いて肩を落とした幽子だったが、別の疑問が湧いてきたので、墨色を紫に向けた。


「48メートルってどのくらいかな。ビル12階くらい?」


首をひねる彼女らだが、紫は自信がないがと前置きした上で、自身の考えを述べた。


「うーん、奈良の大仏様が16メートルで、ビル5階分だから古代だとビル15階立てかな」


「え、かなり大きいね! 大仏様16メートルもあるの知らなかったよ。古代ならばっちりここから見えたかもしれないね」


幽子は首をすくめる。腕時計を見ると集合時間まであと10分だ。そろそろ降りた方がいいかもしれない。


「お城の階段って急だね。敵に備えてるらしいけど現代では困るねえ」


「バリアフリーを逆しまに行ってるよね。平気寿命も短いから考える必要なかったのかも」


「まあ天守閣って普段住むところじゃないもんね。居住性なくて当たり前か」


降りきって外に出ると日差しが眩しい。目を細めながらバスに乗り込み発車を待った。




旅館にて、幽子はお土産売り場を物色していた。サービスエリアは帰りの時でも寄るからなるべく島根だけで買えるお土産が欲しいところ。源氏巻なんて美味しそうだ。幽子はあんこに目がない。家族もそうなので買えばきっと喜んでくれるだろう。色々なメーカーきら出ているので試食しながら好みの食感と味に近いものにしよう。どじょうすくい饅頭なんてものもある。ひょっとこのお面を可愛く再現した饅頭のようで、白餡の他に抹茶餡や変わり種として20世紀梨餡もあり驚いた。


紫はキーホルダーを物色している。ご当地キャラが好きらしく、お土産で絶対に外せないと息巻いていた。おみくじのキーホルダーとかも見せてもらった記憶がある。あとはふわふわしたオコジョが水晶玉のようなものを持っているキーホルダーとか。

そんな紫を見つめていたらばっちり目が合った。紫は笑顔でこちらに親指を立ててみせた。どうやらお目当ての物は見つかったようだ。



お風呂に入って夕食を食べて部屋に戻る。部屋は5人部屋でまだ残りの3人は帰っていないらしい。紫も昨日夜更かししていたらしく、二人の少女は枕投げやトランプといった修学旅行らしいことを一つもしないで眠りについた。



「く………し………い」


どこからか苦悶しているような声がする。幽子はあの砂が敷き詰められた庭に立って寝殿に相当する大きな建物を眺めていた。あの声の主はきっと昨日にこの建物にいた男性だろう。幽子が庭に突っ立ってるのは不法侵入になって声の主から怒られるのが嫌なだけだ。

しかし、聞くとこちらが胸を締め付けられるほどの苦しみに満ちた声である。どこか具合が悪いかもしれない。


「……し………い」


進むかどうか一瞬迷ったが二回目を聞いて恐る恐る建物に入ることにした。倒れていたとしたら大変である。


「くち…し……」


何だろう。苦悶も入っているけど怨みでも込めているような声だ。そこまでこの御仁を悩ませているものは一体何だろうか。

靴を脱いで階段を登った。燭台には既に灯りがあったので躊躇なく真っ直ぐに進むとすぐに声の主は見つかった。昨日と同じく幽子に背を向けたままで。幽子は彼に声を掛けようとしたが、何故か声が出ない。陸に揚がった魚よろしく口をぱくぱくとしていると、彼はゆっくりとこちらを振り返る。


精悍(せいかん)な顔つきをした男性だった。眉が太く、猛禽類を思わせる鋭い眼光を放っていたが目つき自体はきつくない。引き結ばれた唇は薄いが、ひょっとしたら唇を噛んでいるからそう見えるだけかもしれない。身長はそれほど高くはないが、威厳たっぷりに幽子を見下ろしている。


(一体誰なんだろう。ただの人には見えない)


幽子は声の主はこの人ではないのかと一瞬思った。前にいるこの御仁は確かに厳しい表情をしているが苦しそうには見えないのだ。しかし他に人もいない。どういうことだろう。

口を開いてもやはり声が出ない。これでは伝えることもできないではないか。もし困っているなら幽子ができる範囲で何とかしたい。少しでも役に立ちたいと思っているのにこれでは何もできないではないか。


(何かあるなら言って欲しい)


そう思っているのに届かない。なんだか悲しくなって目を閉じた。





幽子は目を開けた。真っ赤な日差しが障子の隙間から漏れている。今日は雨が降るのかもしれない。天気予報は晴れと言っていたけど。


(今何時かな)


腕時計は6時半を示していた。起床時間よりも1時間早い。


(最近ずっと早く起きてるな………ああ眠たい)


ここのところ寝不足だったし、あと1時間なら寝ても大丈夫だろう。もう一眠りしようか。




「ゆうちゃんまた眠れなかったの?」


あの後全く寝られなかった。結局布団の中で起床時間まで過ごす羽目になるとは思いもしなかった。


「う、うん。ちょっと早くに起きちゃって」


「今度は不法侵入で怒られたの?」


「ううん、何も言われなかったよ。だから余計に怖いのかも」


「あー、確かに何も言われないと本当に怖いよね…。でもそれなら不法侵入じゃなかったのかもよ?昔の家みたいに」


「そうであることを願うよ」


幽子はげんなりして答えた。本当にこのまま何もなければ良いが。




「あっつーい。日焼けしそうだね」


「もうすぐ7月だもんね。もうすぐ夏が来るよー。やだよー」


恨めしげに空を眺めて毒づくクラスメイトをよそに、太陽はジリジリと容赦なく彼ら彼女らに熱を浴びせる。雲一つもない青空なので空気はカラッとしているものの、その分肌に直接突き刺さるイメージだ。せめて一番暑い時間には曇ってて欲しいものである。


バスに乗り出雲大社へと向かう道中。あれだけ地面を照らしていた太陽が雲で隠れていた。いつの間にか雲が増えていたらしい。暑くならないことに喜んだが、天気予報は当てにならない時期なんだなとため息をついた面々もいた。


「なんか曇ってきたね。雨降ったら嫌だなあ」


「ゆかりん、今日は多分降らないよ。風そんなに強くないから」


「そう?いきなり気圧の谷とかできたりしない?雨の中神社はなんか嫌なんだよね」


「大丈夫だよ。曇るだけだって」


幽子が断言したことに紫は訝しんだ。30分後に目的地に着きバスから降りたが、その頃は既に雲が幾重にも重なっていた。


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