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魂鎮めの巫女は祓わない  作者: 初月みちる
第三章 奇奇怪怪
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死の象徴

幽子はさっきの発言をしたことを強く後悔した。武瑠が全く動かないのである。幽子自身も本気でそう思っていないのだが陽子を信じるとこんな結論しか出てこないのだ。


「えっと、私も何言ってるか分かってないんだけど……他に思いつかないのよ……」


瞬きもせずこちらを仏頂面で見られて幽子はたじたじとなる。背伸びして額をぺちぺちしても頬を引っ張っても全く反応しない武瑠が段々と心配になってきた。


「言い方が悪かったのかな……正確にはいないんじゃなくて、ほら、伊勢神宮は分祠みたいな感じかなって思ったの。分祠したところには神霊はいない、つまりお墓じゃなくて位牌なのね」


やっと瞬きをしてくれたので幽子はホッと息をつく。人はあまりにも自分の理解の外のことを聞くと表情が抜け落ちてしまうという話は本当のようだ。


「何が言いたいかというと……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なって」


(これも視点の違う意見……なのか?)


「……流石に突飛過ぎる。兄貴にそれを言ってみてくれ。俺は力不足だな……」


武瑠の頭はパンク寸前だ。まだ陽子の霊力が弱いと言われる方が納得いく理由になるほど荒唐無稽で本当に絶句してしまっている。


「……うん。ただの思いつきだから……私だってこんなこと言いたくなかったよ」


武瑠の腕を引っ張って例の白い灯りが灯っている方角へと誘導する。


「朋樹さんに言ったら何て言うかな……」


「案外理解してくれそうだぞ。あいつ歴史系統得意だし」


「そうなのね……天野君、さっきの発言は忘れて?」


この時代に不敬罪なんてあれば幽子は一瞬で牢屋の中だ。幽子の発言は下手をすると帝への侮辱となってしまう。彼女が発言したのはあくまでも武瑠に隠し事をしたくなかった故だ。


「いや、役に立つかもしれん。でも外でこんなこと言うなよ?」


「うん。ありがとう」


白い灯りが大きくなってきたと思ったら例の先が見えない大きな白い階段へとたどり着く。案の定武瑠は狼狽えた。


「なあ、これ登ってて落ちたりとかしないよな?」


「大丈夫よ。私も最初は怖かったけど歩いたらちゃんと階段の両側に灯りがつく仕組みだから」


武瑠の気持はよく分かる。幽子も最初はこの階段に恐怖を覚えたものだ。


(まじかよ。本当に落ちないな)


灯りの灯っている範囲外に足を出すと瞬時に階段の両側に灯りがともって数メートル先を照らした。便利なのか不便なのか分かったものではない。幽界も節電の風潮があるのだろうかと訳のわからない考えを武瑠は引っ込めた。


「しかしさっきの坂は……本当にここは幽界なんだな」


武瑠を先導していた幽子は振り返って首を傾げる。


「坂道? 何か気になることでも?」


「幽界には黄泉比良坂(よもつひらさか)ってのがあって、それが幽界と現世を繋いでる。ちなみに黄泉比良坂は出雲にあるって何かの文献に書いてあるし、実際に島根県には黄泉比良坂が存在する」


「え、黄泉比良坂って実際にあるの? しかもあの坂道ってちゃんと名前ついてたんだ」


武瑠は首を縦にふる。


「幽界にあるものが出雲にもあるの? 何か変じゃない?」


それではまるで出雲という土地そのものが幽界のようなものではないか。


「そうでもないぞ。出雲って特殊な土地なんだ。大国主様が祀られていたり、素戔嗚命が八岐大蛇退治をした場所でもある……出雲は死を意味してるんだ」


「出雲が……死を? 雲が出たら死ぬの?」


武瑠の瞳が面白そうな色をして揺れる。


「惜しい。雲そのものが死の象徴なんだ」


(雲が死を表す? そんなことが……)


今まで聞いたことのない話がポンポンと武瑠の口から飛び出ていて幽子はしばし混乱する。雲が死の象徴だなんて考えたこともなかった。雲よりも嵐の方がしっくり来そうなものなのに。


「あ、天叢雲剣があるから雲が出るのか……じゃあ剣は本当に出雲にある?」


人の悪そうな笑みを浮かべた武瑠は首を振る。


「いや、本体は名古屋市の熱田神宮にあるな」


当たってると思いきや肩透かしを食らった。幽子は不満気なのかへの字口になっている。


「雲が死の象徴ね……あ、雲隠れって言葉あるし?」


「そうだ……何が納得いかない?」


予測が当たったというのにへの字口は続く。


「他に例示できなくて……雲が死ってなんか、こう……突飛な感じがするの」


「お前が突飛なんて言うとはな……そんなに難しいことじゃないぞ? 何せ、()()()()()()()()って相場が決まってるだろ?」


「……!」


雲は最高神たる太陽を遮る邪魔者ということなのだと幽子は得心がいった。大国主命は天照大神に抵抗していたからきっとその意味もあるに違いない。雲は大国主命そのものなのだ。八岐大蛇がいた所も常に雲気(くも)があると日本書紀に書いてある。(やみ)の下には邪な物がいるのだ。


「天野君は物知りね……言われるまで気づかなかったわ」


ふっと笑う武瑠は幽子の手を握る力を強める。


「兄貴の受け売りだ。お前もこういった話は好きだろ? 光は世を照らし秩序をもたらすが、闇は様々な物を覆い隠して侵食する……旧約聖書では(天使)(悪魔)を倒すんだ。日本には天使も悪魔もいないが、光に相当するのが天照大神で闇に相当するのが大国主命(敵対する者)だな。()はまさに(秩序)を邪魔して覆い隠してくる」


(闇を光でもって一掃するなんて……そんなことできるのかしら)


階段はまだまだ続く。振り返ると一番下にある灯りがだいぶ小さくなっている。あと灯りがつくのは6回程か。


「光で闇は払えるのかしら。光は隅々まで世を照らすことができるものなの……?」


ぽつりと呟くその言葉に武瑠はぎょっとした。


「何の話をしている」


「旧約聖書の創世記を思い出したのよ。天野君が旧約聖書の話してたからつい、ね」


眉根を寄せ、眉間に皺を刻む幽子。


(また何か思いついたのか)


好奇心の為せる技なのだろうか。幽子の頭の回転は留まることを知らないようで短時間で様々な情報や知識が脳内で飛び交い、結論を与える。本人の意思に関係なく。


「俺は光は闇に勝てないと思うぞ」


ばっと勢いよく幽子が振り向いた。


「……ええ。私もそう思ったわ。だって……」


二人同時に口が開かれる。


『混沌と闇の中で神は光あれ、と言ったから』


言い終わるタイミングまでピッタリで慌てて二人は口を押えた。


「考えることは同じか……俺はお前の言ってた金行は木行を抑えられないっていう発言で思いついたんだが」


前方にぼんやりと扉が見えてきた。


「私もよ。金行()は秩序をもたらすけれど、その秩序って木行()あってのことよね。でないと旧約聖書の神は光あれなんて言わないもの」


(秩序)が先にあったなら神は(混沌)あれって言う筈だもんな」


顔を合わせて二人は微笑む。こんな会話ができるのは紫と朋樹と陽子と武瑠だけだ。皆が皆違う視点を持っているので幽子自身も意見を聞いたり疑問をぶつけるのが楽しくて仕方ない。武瑠も武瑠で鋭い所も多く、幽子は驚くばかりである。


「灯りが一、ニ、三……ここ(頂上)を含めて十五か」


目の前の扉はピタリと隙間なく閉じられていた。そんなことよりも登ってきた高さの方が武瑠は気になったらしく、指差して数えながらブツブツ言っている。


「本当に出雲大社なんだな、ここは」


「どういうこと?」


「古代の出雲大社は御所(皇居)よりも東大寺の大仏殿よりも大きかったのは知ってるな?」


幽子は首を縦に振る。


「うん。確か古代の出雲大社は高さ48メートルだったってゆかりんが言ってた」


武瑠は一瞬だけ不思議そうに幽子を見た。


「48メートルはビル十五階建ての高さに相当するぞ」


彼女の睫毛が瞬いてすぐにその目が開かれる。そして紫も同じようなことを言ってたなと、今になって思い出した。


「……あ、この灯りはもしや一階分照らしてた?」


武瑠の視点も中々興味深いと幽子は思う。幽界まで一緒に来れるとは考慮もしていなかったので本当に嬉しい。


「そうなるな。俺はお前がそこに気付かなかったのが不思議なんだが」


(さっきから不思議そうに見てたのはそんな理由だったのね)


「……そう、かな? そりゃ私だって気づかないことくらいあるわよ。天野君が気づいたからいいじゃないの」


ぷいと顔を背けた幽子。


「拗ねんなよ。で、この扉は普通に開くのか?」


武瑠は扉を押したい気持は山々だったのだが下手に何かして開かなくなるのを考慮して扉に手を当てるだけに留まる。


「ええ、以前は頑張って全身で押して隙間から入ったのよ」


そう言いながらぐいぐいと体を扉に押し付ける幽子を、武瑠は片手で扉を押してサポートする。彼女の言うとおりゆっくりではあるが扉が人ひとり入れる隙間が空いた。幽子はその隙間にするりと体を押し込む。武瑠はその隙間だけだと体格のせいで入らないので、さらに手に力を入れてようやく中に入れるようになった。隙間に体を捩じ込むと、その扉はまるでバネ仕掛けのようにバタンと閉まり、その後はいくら叩いても押しても扉はびくともしない。


「入ったら出られないのかよ」


忌々しげに扉を睨んでから改めて正面に向きあう。前方を除く四方は建物に囲まれており、正面は何やら砂自体が淡く光る砂の敷かれた庭が見えた。


「もしかしてこの先に大国主様がいるのか?」


「うん。でもどうしてかしら。私が幽界に行く時はあの庭から大国主様と話をしていたのよ。ここまでたどり着いてからの話だけどね。それなのに天野君と幽界に来たらまた最初からだった」


大国主命の気まぐれかもしれないという思いは続く武瑠の言葉で霧散した。


「俺と一緒だったからだろうな。幽界の構造を知らん人間は1からたどり着く必要があるんだろ」


(知ってたから庭にたどり着いたあとはそこからスタートできたのね)


武瑠がいると本当に心強い。一人だと心細さが先立つのもあるが、周りを見ている余裕があまりないのだ。


「可能性はあるわね……天野君、準備はいい? ここを潜ればいらっしゃるわ」


武瑠は力強く頷いた。


「とっくにできてる。むしろ殴り込みに行きたい所だった」


(何で殴り込みに?)


冗談だろうと聞き流そうとしたが武瑠の瞳が本気だったのを見て慌てて武瑠の腕に縋り付いた。


「だ、駄目だって! 本当に荒御魂になっちゃうよ!」


「冗談だ。ほら、行くぞ」


(冗談に見えなかったから忠告したんだけど!)


武瑠は物怖じせずに幽子の手を引いて庭に立つ。人影は見当たらなかった。


(となると建物の中か)


辺りを見渡した武瑠は庭の美しさに息を飲んだ。池の周りの灯籠や松の木もさることながら、淡く光る砂がぼんやりとそれらを照らしている様子はまさに現世の光景ではあり得なかった。


「控えめに言って幻想的だな。これが幽玄の美なのかもしれん」


「……初見の私と同じこと言ってる」


武瑠の感想に半ば被せるようにボソボソと呟いていた幽子ははっとして繋いだ手を振った。


「あ、天野君。一応幽界に行けたことを証明できたわけだし、一度戻らない?」


武瑠はしまったといった様子で振り返った。その様子だと大国主命と何か揉めるつもりだったのか。


「……そろそろ、か。お前の言うとおりならまたこの庭に来れそうだから問題はなさそうだな」


(あれ、でも戻り方ってどうするんだろう)


問いかけるようにして武瑠を見上げるといきなり視界がふんわりとした温かい闇に覆われる。


「えっ、何で」


「目を瞑れ。瞑ったらそのままでいろ」


自分の目元に武瑠の大きな手が添えられていたのだと幽子は気づく。指示通りに目を瞑ると今度は全身がごつごつとして温かい物に包まれる。様子を確認したいが目を開けたら怒られそうなので我慢した。


「ゆっくり息を吸って、吸った時間より長く息を吐け……そうだ。もう一回……」


武瑠の指示のもと深呼吸をすると段々と心が凪いだ海のように穏やかになっていくのを感じる。何度繰り返したか数えるのも億劫になった頃には全ての感覚が遠ざかった。



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