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魂鎮めの巫女は祓わない  作者: 初月みちる
第三章 奇奇怪怪
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銅の疑念

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目が覚めると夜色が幽子を包み込んでいた。左手に武瑠の温もりを感じて少しだけホッとする。


「あれ、ここって……」


幽子が一番最初に来たときの、どこまでも続く夜色が広がっているのみである。しかし幽子はここが幽界だと確信が持てた。上手く説明はできないのだがこの雰囲気は間違いなく幽界のものである。温度が感じられないこの空間は明らかに現世の光景ではなかった。


左手の温もりを辿ると武瑠が目を瞑っていた。幽子は背伸びしてぺちぺちと武瑠の頬を叩く。


(何かこれデジャヴ)


建御名方の神域でも同じことがあったなと懐かしく思う幽子。何度か頬を撫でるとそのうち焦げ茶の睫毛が震えて鳶色の瞳が現れた。


「……成功したのか?」


「うん。ここは幽界よ。真っ暗だけど間違いないわ。それにしてもどうして天野君は幽界に来れたの?」


武瑠は頭をガシガシと空いた手でかくと、少し悩んでから口を開いた。


「道すがら説明でもいいか? 多分だが俺たちが幽界にいられるのは限りがある」


幽界に時間制限があるなんて幽子は知らなかった。せいぜい夢を見られる時間は普通に幽界にいたからである。


「え? そんなのあるの?」


「恐らくはな。今は兄貴の力で俺達は眠っているが長くは持たない筈だ。というわけで大国主様の所まで案内してくれ」


幽子は意識が飛ぶまで朋樹が額に手を翳しているのを見ていたが、あれは眠らせるためだったのかと感心して一人頷いている。


「うん、こっちよ。しばらく行ったら坂道があるから走らない方がいいわ……」


そう言って幽子は武瑠の手を引いてゆっくりと歩みを進める。以前みたいに滑り落ちるなんて失態はしたくなかった。足音が響かないのは相変わらずである。


「こんな暗いのに坂道か……しかもお前、走ったのかよ……」


「ええ。走ったら足元の感触がなくなってそのまま滑り落ちたのよ……」


ため息混じりに話す幽子を、武瑠は何とも言えない顔つきで見つめた。


「お前そそっかしいな」


何とか笑いを引っ込めるのが精一杯だったが、幽子はそれでも睨んできた。武瑠の発言自体が気に食わなかった模様だ。


「どうせそそっかしいですよーだ。もう! そんなことはどうでもいいのよ。で、幽界に来れたのは天野君が何かしら心当たりあるみたいだけど説明してくれる?」


自分がどこをどう歩いているかが分からないのが不思議だったが、武瑠は幽子の問に応える。


「天野家の秘密の一つだ。お前、おかしいと思わなかったか? 俺達兄弟のことを」


「おかしい? どこが? どの辺が?」


別段妙なところはないと思う。時々喧嘩するが概ね仲の良い兄弟だと幽子は思っていた。


「俺達の名前だ。何か共通点を見いだせないか?」


(名前……?)


陽子も朋樹も武瑠もそんなに奇抜な名前ではなさそうだが、恐らく武瑠の意図はそこじゃない。


(漢字にするといいのかな?)


考えられるのは名前に意味を持たせていることだ。頭に三人の名前の漢字を思い浮かべる。


(陽子さんと朋樹さんと……武瑠君と……)


陽子は火、朋樹は水、武瑠は金の気質持ちだ。陽子と朋樹は察しがついたが武瑠は分からない。


「陽子さんと朋樹さんは気質で名付けたの?」


「それだと俺の名前の説明になってないが……少しだけ違う」


ということは気質で名付けたのではないのか。陽子の陽は日を表すから火で、朋樹の朋は月が二つあるから水と思ったのだが。水行は夜に霊力が増すのだ。なので水行は月とも関係がある。


「うーん。三人の共通点か……日と月と……」


考えながら進むとふと足元の感触が消えたので幽子は反射的に武瑠の右腕に縋り付いた。


「さ、坂道!」


滑り落ちるのは何とか免れた。武瑠のお陰である。


「驚かすなよ……」


急にしがみつかれて驚いた武瑠はそれだけしか言えなかった。


「ゆっくり降りればいいだろ。怖いならそのまま捕まってな」


「……ありがと」


幽子は恥ずかしくなったがしがみついた両腕はそのままだ。坂は割と急だったので苦手意識が離れない。武瑠が幽子にしがみつかれて満更でもない様子だったのは幽子には預かり知らぬことだった。


「ちょっと分かんない。ヒントヒント」


幽子がくっつくので歩きにくく感じていた武瑠だったが内心は鼻歌を歌いたいくらいうきうきしていた。


「天野家は長子は必ず女児でその次の子供は必ず男児なんだ。あと三人兄弟になるケースが多い。三人兄弟なら末子は必ず男児と決まっている」


(なんと)


まさかの天野家の特徴に驚きを隠せない幽子。だがこれではあまりヒントになっていない気もするが。


「不思議ね。必ず一姫二太郎なんて……しかも三人兄弟……」


(日と月と、そして武神と相性の良い兄弟。必ず日は女児でその次は男児。さらに三人兄弟となると……)


何だか閃きそうで全く閃かない。喉に小骨が引っ掛かった気分である。または何か言葉を思い出すときに喉まで出かかっているのに全く出てこないのと同じような心地だろうか。


(日は女児で、月は男児、武神も男児。しかも武神は末子)


幽子ははっとした。どうして今までこれが分からなかったのか不思議に思ったくらいには愕然とした。


「ひょっとして、伊邪那岐と伊奘冉の三人兄弟ってこと?」


武瑠がちらりと笑った。


「正解だ。俺達兄弟は天照大神と月夜見尊、そして素戔嗚命(すさのおのみこと)の霊力と相性が良い。よく今の説明で分かったな」


「……別に、なんとなくよ。何でこんな単純なことに気づかなかったのかは分からないけど、古事記を読んだもの。日本神話には疎くないわ」


(日本神話の全容を知らない輩も多いんだぞ)


幽子の知識の多さには脱帽だ。生き字引と呼びたいがそう言うと彼女は怒るだろうか。


(好奇心旺盛ってのは中々侮れないかもしれないな)


「ねえ、天野君。ひょっとして天野の名字も意味ある、よね?」


(何だと!)


彼女の思わぬ言葉に目を見開いて墨色の瞳を見る。


「そこまで気づくか! いい機会だ。お前の考えを聞かせてくれ」


察しの良い相手と話をするのはいつだって楽しい。朋樹が幽子に飽きずにあれこれ教えている理由も納得がいく。


「神様ってさ、アマノ何とかとか、アメノ何とかって頭につく場合があるじゃない? 天野ってそこから来てると思うのだけど」


武瑠は頭を反らせて笑った。直感かもしれないがここまで的確に当ててくるとはついぞ思っていなかったからである。


「流石だな! 正確に当てたのはお前が初めてだと思うぞ。うちの両親に聞かせたら涙を流して喜ぶだろうな」


武瑠はまだ笑っている。そんなに武瑠の琴線にふれたのだろうか。面白いことを言った覚えはないのだが。


(天野君が楽しそうだからいいけど……)


幽子は、肝心なことを武瑠から教えてもらっていないことを、急に思い出した。


「天野君が素戔嗚命だとしても……それが幽界とどう関係があるの?」


「素戔嗚命は八岐大蛇(ヤマタノオロチ)退治をしたあとに根の国……幽界の支配者、つまり王となっていた経緯がある。素戔嗚命の霊力と相性のいい俺は幽界とも縁がある。しかも素戔嗚命は後に大国主様に試練を与えて自分の娘を彼の妻として生弓矢(いくゆみや)生太刀(いくたち)(あま)沼琴(ぬごと)を授け、葦原中国(日の本の国)の統治者になるよう命じた……その後に姉である天照大神に統治した国をよこせと言われるのは妙なもんだが」


(え? ということは素戔嗚命は大国主様よりも格上だったってことなの?)


朋樹が耳打ちしていたのはこれだったのか。なるほど武瑠が幽界に入れたのは自明の理だった訳だ。


(そういえば素戔嗚命は母の伊奘冉が亡くなってから結局根の国の伊奘冉を慕って泣いていて職務放棄したって聞いたことがあるわ)


「そうか、天野君が建御名方と相性が良いのって素戔嗚命の霊力を持っていたからなのね。確か大国主様って素戔嗚命の娘を妻としてるけど、彼自身も素戔嗚命の6代目の子孫だったわ……どうして忘れていたのかしら」


分からないなりに古事記を頑張って読んだつもりだったが内容はあまり幽子に定着していないようだ。


「恐らくは。俺達兄弟は既に相性の良い神様の神社……伊勢神宮とかその別宮の月読宮、そして八坂神社へと赴いて神霊と縁を結ぶ。神霊の加護を得るようなものか。建御名方様が俺と縁を結んだのはお前があの時諏訪にいたからイレギュラーだが。でも伊勢神宮に行って妙なことが発覚した」


(妙なこと?)


幽子は墨色の睫毛を瞬かせた。武瑠がしていたように目線だけで続きを促す。


「伊勢神宮の主神は天照大神だろ? それなのに姉貴には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだと」


「何ですって!」


幽子が堪らず叫ぶと突然坂道が終わってがくりと前のめりになったが、武瑠が引っ張ってくれたので事なきを得た。


「姉貴の霊力は弱くねえ。なのに姉貴は天照大神とは会えなかったそうだ……姉貴はあの後落ち込んでたよ」


(そんな……)


陽子は幽子にとっては太陽のような存在である。そんな人が落ち込むなんて余程のことだろう。想像はつかなかったがぎゅっと胸が締め付けられる。思わず空いている手で胸元を強く掴んだ。


「陽子さんが弱い筈はないわ……」


陽子が不適合だったとは考えにくい。毎日陽子の霊力に触れている幽子は確信があった。相剋ではあるが強い霊力持ちの武瑠を震え上がらせることができるのだから。


(じゃあ、ひょっとして……)


幽子は立ち止まった。何か、何かとてつもないことが頭の中で弾ける感覚に背筋がぞわりとした幽子は武瑠にしがみつく力をさらに加える。


「おい、どうした?」


彼女が立ち止まったので怪訝に思って振り返ると幽子の表情という表情が抜け落ちていた。目は大きく見開かれているのに何も写っていないその瞳に武瑠は強い焦燥を覚える。


「何かあったか? それとも何か思いついたのか?」


幽子は無言で頷く。何を言おうか逡巡しているようにも見えた。


「ねえ、天野君……あのね、その……驚かないで聞いてくれる?」


嫌な予感がした。前置きが既に不穏である。


「言わないと俺は分からん。もう今更何があっても驚かんよ……」


知るのが怖い。でも幽子の意見だ、自分達と違う角度で物事を見る彼女の意見は貴重なのだ。


「あの、素直に考えたらさ、()()()()()()()()()()()()()んじゃないの?」


武瑠の表情が固まった。




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