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魂鎮めの巫女は祓わない  作者: 初月みちる
第一章 怪力乱神
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教室の中で

あくびをしながら教室のドアを開ける。まだ誰も教室にいなかったが鞄がある机が数個見て取れた。時刻は7時50分。そろそろ大半の生徒が教室に入ってくるだろう。騒がしいのが嫌いな幽子は早めに登校する傾向にあった。教室のドアをがらりと開けるとたくさんの視線が一瞬とはいえこちらに向くのはいい気分にならないのだ。

自分の席に着くと昨日夜更かしして読んだ本を取り出し読み始める。あともう少しで読み終わるというのにそのまま寝てしまったのだ。何としても今日のうちに読んで新しい本を借りたいところ。ふと開いた本に影が差した。本を閉じて顔を上げる。


「おはよーゆうちゃん」


「あ、おはよー。ゆかりん」


ゆるくウェーブのかかった髪が印象的な彼女は紫という。本の虫な幽子とは馬が合い、おすすめの本を貸し借りする仲である。


「修学旅行楽しみだね。今年はまさかの島根県!」


修学旅行先は長い間沖縄県だったようだが、今年は何故か行き先が変更になったのだ。先生の気まぐれなのか、何かしらの圧力がかかっているのかは不明だ。


「島根県と言えば出雲大社よね。調べてみたら今と昔って全く違う姿なんだって」


そういえば出雲大社のことはよく知らない。大社って称されるから大物が祀られてることが推察されるくらいか。


「え、そうなの? 今の方が立派なのかな」


「これ見て欲しいんだけど」


紫な修学旅行のパンフレットをパラパラとめくり、白黒印刷された出雲大社の写真を見せる。パンフレットといえども学校が発行しているので藁半紙に白黒印刷だ。

出雲大社は大きな注連縄が特徴の神社だなと写真を見て思う。何メートルの大きさがあるかは知らないがきっと国内最大級と勝手に幽子は判断した。境内全体にも興味はあったが現地でもらうパンフレットで見れば良いだろう。


(あれ?)


写真を見た時、かすかな違和感が頭をかすめる。でもどこがおかしいのかが分からない。例えるなら同じ色の同じメーカーの色鉛筆だけ集めてそこに違うメーカーの同じような色の色鉛筆だけ存在しているような、そんな漠然とした違和感だ。注意深く写真を見ていた訳ではないので気の所為の可能性も大きいが何となく後ろ髪を引かれる心地がして少しだけもやもやとする。


「お馴染みの出雲大社の本殿は高さが24メートルだけど、昔のは全然違うもので」


ゴソゴソと鞄を漁り、プリントを幽子の机に置く。そこには古代出雲大社本殿の復元と書いてあった。その下には急な長い階段を何本もの太い柱が支えており、一番高いところに本殿が鎮座している写真だった。見たところ櫓の様な建物で不思議な形をしている。


「え、これが古代の本殿? なんか見張り櫓みたいで不思議ね……だけど高さはどのぐらいかな」


「うん、48メートルもあったらしいよ。言い伝えによるとね」


48メートルがどれくらいの大きさかは分からないが今のようにショベルカー等の重機がない時代にどうやって建てたのだろうかという疑問が真っ先に浮かぶ。


「そんな大きな建物が古代にあったの?東大寺よりも大きいじゃない。古墳時代に技術者でもいたのかな」


ちなみに東大寺大仏殿の高さは47メートルだ。1メートルしか違わない高さに何か意味がありそうだがそれを裏付けるものは思いつかない。まだまだ勉強不足である。


「何で古墳時代って思ったの?」


「銅剣とか銅矛が扱われるのは古墳時代だから。少なくともその時代から古墳や銅鐸(どうたく)も作られているから技術者はいたと思う」


「飛鳥時代とかかもしれないよ?」


どうして飛鳥時代か一瞬分からなかったがすぐにある理由を思い出した。


「あー、大陸文化を取り入れ始めた時代だから? でも仏教伝来した時期だし神社とか建てづらかったかもしれない。物部氏が負けたから」


「一理あるね……」


紫との議論は弾む。幽子の友達は紫だけだ。人間関係に大して興味を持てず、好奇心のままに本を読んだせいでクラスで浮きに浮きまくっている幽子は当然友達をたくさん作れる性格ではない。考え事をしてボーッとしたり、興味をそそられないことは極端に遠ざけてしまう。だが紫はそんな幽子を理解していた。家庭環境もよく似ている二人は中学に入学した時から意気投合していた。

そして、これは幽子の気のせいかもしれないが紫と目を合わせると何だか落ち着くのだ。きっと紫は凪いだ海のように穏やかな雰囲気を持っているのだろう。

まだまだ話し足りなかったが予鈴が鳴った。紫がちらりと恨めしげに時計を一瞥して再び幽子に向き直る。


「あ、チャイム鳴った。ゆうちゃんまた後でね」


「うん」


辺りを見渡すと他の生徒たちがぞろぞろと自分の席に向かい、椅子を擦る音がしばし教室を支配する。さらに数分たつと担任が入ってきた。幽子は机の上にある物を鞄にしまった。




6時間目の終わりを告げるチャイムが校舎にこだました。各々部活や帰宅のために教室を出て行くが一部の者は談笑していたり宿題を片付けるべく机に向かったままの生徒もちらほらと見て取れる。


「ゆかりん、放課後時間ある?図書室に行かない?」


「いいよ。私も何か借りに行こうかな。ゆうちゃんは出雲大社のこと知りたいの?」


「うん、そういえば大きな神社なのに全然知らないなって」


幽子は神社に関しては興味がない訳ではないが調べるきっかけも無く今まで特に追求したことはなかった。


「手っ取り早く古事記とか読んだら主神のこと分かるかな」


何かとんでもない発言が紫から聞こえた気がする。


「それ手っ取り早く読めるやつじゃないよね?! 現代語訳版を読みなよ……」


中学生には古典文学は少々難しい。本格的な古典は高校で学ぶと颯太が言ってた。そして理解するためには古典単語や当時の風習についても知らなくてはいけないらしい。思い切って与謝野晶子の源氏物語が図書室にあって読んでみたが何が何やらさっぱりだった。

颯太は手軽に読むようなもんじゃないぞと呆れていたが。


「そういえば大国主命(おおくにぬしのみこと)のことは因幡の白兎しか知らないかも。何故か大黒様とごっちゃにされてるけど」


日本では大国主命と大黒様は同一視されているが元々は別々の神様である。幽子はそれが神仏習合と酷似しているものだと認識していた。


「大黒様って元々破壊神だもんね。何だっけ、伊舎那天(いしゃなてん)? シヴァ神? ゆうちゃん知ってる?」


伊舎那天はヒンドゥー教でシヴァ神と呼ばれている神様が仏法に帰依してからの呼び名である。


「どっちも正解。シヴァ神って中々仏法に帰依しなかったらしいけど。破壊神だから仕方ないのかな」


破壊神であるシヴァ神のことを知ってからというものの、大黒様の穏やかそうなイメージと結びつかないのでとてもではないが同一視されているとは思えなかった。


「あ、大黒様ってシヴァ神が青黒い肌をしているから名前に黒が入ってるのかな?」


ふと思いついたことを口にしたが紫まで頷いて幽子は少し面食らう。


「そうかもしれないね。大黒様って七福神の一人だっけ?」


「うん。ちなみに日本産の神様は恵比寿様だけで残りは皆外来の神様よ。毘沙門天はヒンドゥー教のクベーラ神、弁財天も同じくヒンドゥー教のサラスヴァティー神、布袋は仏教の実在の禅僧、寿老人と福禄寿は道教の南極老人……だったかな」


これらを噛まずにすらすら言える幽子に紫は驚嘆しかできない。興味ある分野に関してはとことん極める幽子は流石としか言いようがない。


「ゆうちゃんよく知ってるね……そういうの好きでよく図書室とか神様のことを書いてる本も取り寄せてたし……」


そう言った紫に幽子はちょっと困ったように微笑んだが褒められていると分かると悪い気はしなかった。


「日本人って、何て言うのかな。外国文化の融合? がうまいよね。雑種になってしまうというか」


雑種と言うと語弊かもしれないが、日本が取り入れた文化や宗教、料理はほぼ必ずと言っていいほど作り変えられてしまう。クリスマスやカレーライスが代表的なものだろうか。これらは明らかにオリジナルとはかけ離れているものである。ほぼ日本の文化と言っても差し支えがない程には変容しているのだ。


「本当だね。他国では見られないから不思議」


ガラガラと図書室の扉を開ける。一度自習用の机に鞄を置いて、本棚を物色する。出雲大社か大国主命関連の本を見つけようとするとしらみ潰しに探す羽目になった。何せタイトルが分からないからである。古事記の現代語訳は見つけたのでそれは借りて家で読もうと思う。


「出雲大社関連はないね」


図書室なのでヒソヒソと話す。大きな声を出してつまみ出される生徒を何人も見かけているのでここの司書は恐ろしいのだ。


「そうだね。古事記しかなかったから取り敢えず妥協するよ」


1時間ほど図書室にいたらしい。司書とちらりと目が合ったので時計を見ると下校時刻間近だったので後ろ髪を引かれるが帰宅することにした。





晩御飯を食べ終わると、部屋に直行した。宿題するのは嫌だけど、古事記を読みながら何とか問題集と向き合う。費やした時間を考えると宿題の方がおまけになってしまったが、読書好きな幽子はそれほど気にすることではない。ふと視線を上げると時計の短針は10時を差していた。


(そろそろ寝ようかな)


睡魔が容赦なく襲ってきたので、瞼が下がる前に何とかベッドに沈んだ。


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