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魂鎮めの巫女は祓わない  作者: 初月みちる
第三章 奇奇怪怪
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兄の闖入

「颯太……どうして学校(ここ)に?」


武瑠に負けじと背の高い颯太と目線を合わせるには幽子はそこそこ上を向かなければいけなかった。颯太は眼球のみで幽子を見下ろす。何だか負けた気分である。


「お前を待っていた。話がしたい」


幽子は自分の表情筋が死んでいくのを感じた。


「天野君を待っているの。話すことなんてないわ」


彼女の声は取り付く島もなく冷ややかだった。幽子は実の兄が苦手である。両親の期待を背負って生きており、それに息苦しさを感じていた颯太は幽子をいじめたことがあるからだ。小さい頃の話ではあるが、幽子はあまり当時を思い出したくなかった。


「私にわざわざ嫌味を言いに来たの?相変わらず暇なのね」


「違う……そうじゃない。どうしてお前は家に顔を見せないんだよ……」


どうやら颯太は幽子のことをそれなりに心配していたようだ。実の両親からは何も言われないのに不思議なものである。


「帰ってどうするの? 私にメリットはないわ。もちろんあなたにも」


(本当に何も分かってないくせにずかずかと……!)


まただ。霊力がゆらりと幽子の周りを踊っている。感情を高ぶらせたら最近はすぐこうなるのだ。こんなことは未だかつてなかった。周りにある霊力は幽子の形なき激情である。


「お前……霊力が……」


颯太は瞠目する。かつてこれ程妹から霊力を感じたことがあっただろうか。幽子の霊力は封印のせいで少なく見えていたのは知っていたし、落ちこぼれとも思ってはいない。しかし実際に自分と同等の霊力を纏っている幽子は初めて見た。


「ええ、何故か最近こんな感じなんだけどね。あなたには関係のないことよ」


「お前、天野家で無理しているんじゃないのか? 顔色も悪いし隈もできているし。それに痩せただろ。ちゃんと食事を取っているのか? 武瑠は幽子に厳しく当たって」


「天野家を! 天野君を悪く言わないで!」


周りの木々が風もないのに一斉にざわめいたかと思ったら、次の瞬間落ち葉を吹き上げたつむじ風が颯太目掛けて飛んできた。颯太は避けずにそれを受けた。息が苦しくなり、半袖から覗く腕や顔に赤い線が走った。どう考えてもただの風ではない。幽子自身が起こしたものに相違ない。幽子の墨色の瞳が怒りにきらめいた。


「どうしてなの! 両親は私に関心なんてなかったわ! ずっとあなたのことしか見ていなかった! それなのにあなたは私を愛されていると感じて嫌がらせをしたんじゃないの! またあの空っぽの家に戻れと言うの?! 天野家の方がずっと家族らしい家族だわ! 天野家のご両親だって、陽子さんだって、朋樹さんだって私に良くしてくれるもの! もちろん天野君だって! 何度も私を助けてくれたわ! 最近過保護だけど! それに比べてあなたは何? 私に何を与えたというのよ!」


(何だこの力は……! 幽子だけでなく大国主命も噛んでいるのか?)


おかしい。幽子の霊力から違う霊力も感じる。家にいた時はそんなことなかったのに。


「違う……違うんだ……俺はただお前に謝りたくて」


真正面から幽子の霊力を受ける。息がしづらく声も掠れた。幽子の霊力を跳ね除けられない颯太ではない。だがここで幽子の霊力を拒む理由はなかった。


「聞きたくないわ!」


幽子は耳を塞いで頭を振った。今の兄の言葉はどんな言葉でも鋭い刃となって幽子を苛んでいた。

後ろから幽子、と声をかけられる。でも兄の口は動いていない。一体どうしてなのか。でも振り向きたくない。何も見たくない。聞きたくない。

そんなことを考えていた矢先、目の前が突如真っ暗になった。彼女の意識もその闇に飲み込まれていく。


(もう嫌だ……!)


完全に暗くなる前に、誰かに後ろから抱きしめられた気がした。





(やべ、捕まった)


目当ての物を取りに行ったまでは良かった。だが教室を出ると運悪く担任に捕まったのである。大方進路のことで何か言われるのだろう。この話題を振られるのは今回が初めてではない。


(志望校なら決まってんだよ……)


あれこれ話しているうちに職員室まで連れて行かれてしまった。武瑠を捕まえた担任は彼の想定通り志望校について話し始める。


「天野、お前志望校はここで本当にいいのか? もっと上を目指せるだろう」


(そういえばあいつの志望校聞いてなかったな)


「いや、俺はこの学校が面白いと思ったので」


「そうであってもまだこの時期だ。偏差値が高いところを目指しても損ではないと思うぞ。天野、聞いてるのか」


幽子を校門に残しているので彼女のことが気が気でない。好奇心旺盛をそのまま放っておくとろくなことにならない気がする。実際に何度か言いつけを破っていたし。それでも釘を刺すのはやめられないが。

気が散っているのが担任にバレて説教タイムまで加わる悪循環に陥っていた武瑠は、大人しく話を聞く姿勢にシフトする。それにしても長い。退屈である。あくびを何とか押し止める始末だ。


「……それなら仕方ないが……考えておけよ?」


「はい、分かりました。では用事がありますので失礼致します」


やっと解放される、と思ったのも束の間。校門辺りからとんでもない量の霊力が武瑠のいる場所まで届いた。


(幽子に何かあった!)


脇目も振らずに全速力で廊下を駆ける。すれ違った先生の忠告にも耳を貸さずに、転がるように幽子の元へと向かう。


(くそっ! やっぱり離れるんじゃなかった!)


忘れ物を取りに行ったことを急速に後悔した。幽子が反対しても連れて行くべきだった。武瑠は激しい自責の念に駆られる。やっとのことで校門についたが風が強く吹き付けるせいでなかなか前に進めない。そして幽子が激高している後ろ姿が見えた。あれだけ激情を表している幽子を見るのは初めてだった。


(前にいるのは……颯太さん?!)


何故彼がここに。幽子に何か用事でもあったのだろうか。でもそれにしては幽子の様子がおかしかった。颯太に何か言われたのかもしれない。幽子の家族仲があまり良くないのは武瑠も知っていた。颯太が幽子をいじめているようには見えなかったのだが話は後だ。


「幽子!」


力の限り彼女に呼びかける。一瞬風が弱まったような気がした。その隙に一気に彼女の元へとひた走る。そして幽子の両目を覆い、後ろから抱きすくめた。自分の霊力を放出し、幽子の霊力を相殺する。それでも幽子の霊力は留まるところを知らない。やむを得ないと判断した武瑠は彼女の意識と霊力を斬った。意識を失った幽子はそのまま武瑠にもたれかかる。


「颯太さん、ですよね? 幽子に何かしたんですか?」


状況が状況だったので武瑠は颯太を睨みつける。


「そうだ。久しぶりだな、武瑠」


咳き込んでから颯太は言う。息苦しさから解放されたのは結構なことだが問題が山積していた。武瑠は改めて颯太を観察する。ひどい有様だった。髪はぼさぼさだし、シャツのボタンはいくつか外れているし、半袖から覗く腕は小さな切り傷が多数確認できた。颯太の体中に落ち葉がたくさんくっついていて少々笑いを誘う。


「その傷……幽子が」


切り傷が痛々しい。あの強風のせいだったのか。


「済まない……。俺のせいなんだ……」


颯太が自分の前髪をぐしゃりと掴む。瞳は涙で潤んでいた。


「俺のせいで……幽子はあんなことに……」


「幽子に何をしたんですか、颯太さん」


自然と武瑠の表情が怒りに染まっていく。幽子を抱きしめる腕に力が入った。それを見て颯太はどう伝えようか悩んだ。あの状況では颯太の説明は全て言い訳になってしまうだろうから。しかし嘘をついたらついたで武瑠に視線だけで射殺されそうだ。


「俺は幽子に謝りたかったんだ……幽子を実質見殺しにしたのと変わらないのに……」


颯太は一度顔を上げる。


「でも結局幽子を責めてしまったよ。あいつ顔色もわるかったし、痩せていたし、それで天野家に馴染めてないんじゃないかって思ってな……」


寂しそうに口元を歪める颯太。


「そう言ったらめちゃくちゃ怒られたよ。天野家も武瑠も悪く言うな、と。あいつのあんなに怒った所は初めて見たよ」


ずっと幽子のことをクールで強気な少女だと思っていた。一度その認識を改めた方がいいかもしれない。


「俺には何も出来ないんだな……」


大きく深いため息が颯太の口から落ちてきた。


「……そんなことは」


「いや、武瑠の方が幽子のことを知ってそうだ。あいつ、武瑠のことを過保護とか言ってたが、何度も助けてくれたって、そう言ってたぞ」


(俺は過保護じゃない。もしそう見えるなら半分は幽子のせいだ)


武瑠は目を見開く。やや不満な評価があるとて、他人からでも自分の良い評価を聞かされるのは悪くなかった。


「幽子をよろしく頼むね。俺はもう帰るよ……」


「……お気をつけて」


彼の背中が小さくなるのを見届ける。武瑠が思っていたのと違う意味で大変なことになってしまった。


「幽子、幽子」


彼女の額に手を当てる。熱はないようだがその表情は苦悶に満ちていた。何だか見ていられなくなって優しく頬を撫でた。


「辛かったんだな……すまん、やっぱり離れるんじゃなかったよ」


全く起きる気配のない幽子を武瑠は担いだ。夏場に担いだ時よりも軽くなっているのが分かって溜息をつく。


(こいつ、俺に何を隠しているんだ)


武瑠が未熟だから幽子は頼ってくれないのだろうか。何だか情けない気持ちになった。鳶色の瞳に憂愁を浮かべながら幽子の重みと共に帰路を歩く。いつの間にか街頭が点灯しており、影を色濃く落としている。ふと空を見上げるとコバルトブルーの空に一等星がちらほらと輝いていた。ブルーアワーである。日没の方角をみると橙色が上に行くほど青くなる幻想的なグラデーションを形成して空を彩っていた。


(……何だ? 妙な霊力を感じるな)


校門を出て数分歩いたところで感じる霊力は敵意に満ちていた。しかも段々とこちらに近づいている。


(狙いは幽子か?)


原因には心当たりがある。さっきの幽子の霊力の暴走だろう。夏に襲撃したのは御影家の連中だったが今回は恐らく別の人間だ。まだ御影家は謹慎中なのだから。


(あの会議で敵意を向けてた奴らの誰かだ)


心当たりがありすぎて一つに絞れない。正体を暴くなら幽子をエサにすれば簡単なのだがそんなことは武瑠が死んでもできないことだった。


(難しいが……一度撒くか)


とりあえず天野家までくれば安全だ。武瑠は持てるだけの全速力で走り出した。

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