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魂鎮めの巫女は祓わない  作者: 初月みちる
第一章 怪力乱神
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夢の中で

遠くに水の滴る音がこだまする。目が機能していないのではないかと疑うほどの濃い闇の中、少女はどうにかしてそこから抜け出そうと走っていた。別段暗い所が嫌いな訳ではなかったが、このまま突っ立っているのは得策ではなさそうである。

ふと床の感触がなくなった。突然のことに悲鳴を上げる間もなく少女は滑り落ちる。地面に爪を立てて減速しようかとも考えたが落ちる速さが速さなだけに諦めることにした。下手をすると爪が剥がれそうである。曲がりくねることがなく、本当にまっすぐ落ちてゆく。

落ちた後にどうしたら良いだろうかとちらっと考えたが、突然坂が終わり、体が前に投げ出されて思わず両手を地面についた。おもむろに立ち上がり視線を下にむけて土埃を両手でパンパンと叩いて払う。とはいえ、視線を向けたところで鼻をつままれたとしてもわからないほどの暗闇だ。大して意味はない。


あれだけ滑ったのだ。擦りむいてるかもしれないと思い自分の肩や腰、足を触ってみたが痛みはあるものの傷はなさそうだ。

見えていないだけで本当は傷だらけかもしれないが。


(それにしても何もないわね)


一度目を擦り、きょろきょろと辺りを見回す。錯覚の可能性もあるが、右側にぽつりと白っぽい点が見えた気がした。走るとまた危ない気がして、ゆっくりと近づこうと足を踏み出す。そのまま歩いても一向に白い点が近づくわけでもなく、むしろ遠ざかってるように見えて、焦って結局走ってしまったが。


私は幻を見ているのだろうか?


困ったことになった。万策と言っていいほど策はなかったが他に対処方法を思いつかない。

このまま進むか逡巡しているうちに、にわかに周りが騒がしくなった。ヘヴィメタルよろしくガンガンと辺りに響いている。その音の大きさに眉を顰め耳を塞ぐか塞がないうちに、急速に闇は遠のいていった。






ジリジリとけたたましく鳴る目覚まし時計を、半眼の状態で確認して上部のスイッチを押す。表示されている時間を確認し、腹筋だけで上体を起こす。

大きく伸びをしたらあくびも出てきた。昨日夜更かししたせいで瞼と頭が若干重たい。寝る前に本を読む習慣が抜けきれないのだ。夜更かしするのは面白すぎる本が悪い。自分は悪くない、と誰に言い訳するでもなく必死に自分に言い聞かせる。


「またあの夢か」


幽子(ゆうこ)はここ一週間同じ夢を見る。最初の頃は真っ暗な中にひとりぼっちの夢だった。動こうにも動けずただ立ち尽くすだけである。坂を滑り落ちるようになったのはそれから三日経ってからだ。そして四日経った今日初めて明かりらしき物が見つかった。明らかに以前より進んでいる。


一体あの先には何があるのか。


ただの夢とは思えない。何かが起こる前兆なのかもしれないが、このペースで行くと夢の全貌が分かるのはまだまだ先のようだ。


(考えても仕方ない)


あまりぐずぐずしていると学校に遅刻するかもしれない。幽子は布団を跳ね除けてスリッパを履き、クローゼットから制服を取り出し手早く着替えた。



ぼんやりと考え事をしながら顔を洗い、そのまま一階に降りて台所へ向かうと兄が朝食を作っていた。


「おはようございます………って颯太(そうた)?」


「おはよう。弁当の卵焼き焼いてくれ。卵は溶いてあるから」


「うん、分かった」


うちは家事は当番制である。今日は兄が当番らしかった。言われた通りに卵焼き用の四角いフライパンを熱してもう一度溶き卵を軽くかき混ぜる。


「あんまり混ぜるとふわふわにならないぞ」


早速小言が飛んできた。颯太は最近何かにつけて幽子に突っかかる。ただ兄貴面したいのか、言いたいこと言いたいだけなのかは定かではない。何せ颯太は17歳、幽子は15歳。お互い思春期真っ盛りである。


「はいはい」


「はい、は一回でいいだろ」


「二つ返事したのよ。文字通りにね」


幽子は溶き卵を少しずつフライパンに流し、様子を見てくるくると巻きながら颯太を睨む。口で勝てると思うなよ、とその瞳が訴えていた。


「お前生意気になったな」


「褒め言葉をありがとう」


不機嫌な表情を引っ込めてにっこりと颯太に微笑みかける。颯太の眉間の皺がますます深くなった。


「できたよ。冷ましたらお弁当箱に詰めるね」


「ああ、頼む」


颯太は大きくため息をつく。颯太は口で幽子にほとんど勝てたことがない。だが言い返すと倍以上に返されると分かっていても突っかかることは止められない。


幽子のことは嫌いだ。昔から。両親に期待されてないからといっても自由過ぎる。近くの山で遊んだついでにカエルやらバッタやら生き物を採取しては両親の部屋に持ち込み悲鳴を上げさせてたり、勝手に風呂場で酸素系漂白剤を洗面器にお湯を張った中に入れ、その酸素で線香がどれだけ燃えるか実験してたり、父のウイスキーをくすねてカエルに麻酔をかけて庭で解剖していたりと妹のいたずら行為?は枚挙に暇がない。


颯太は曽祖父の生まれ変わりと称されるほど霊力が高く、当主になるべく自由な時間はほとんど奪われ勉強だけでなく武道の稽古をしたり霊力の扱いを学んだりしている。そんな中で妹は両親に大して怒られもせず、遊んだりしても咎められることはない。


気に入らない。もっと遊びたかったのに。そう反抗した時期もあった。しかし両親は颯太のためだと言って自分達の敷いたレールの上を走らせたがる。今では何となく諦めはついたが、それでも妹に対してのこのもやもやとした感情は抑えようがない。


「朝飯できたから並べておくぞ」


「分かった。ありがとう」


幽子は両親と兄と自分のお弁当箱に卵焼きとほうれん草のおひたしや鮭の切り身などを慣れた手つきで詰めていく。梅雨がもうすぐ明けるこの時期はお弁当が痛みやすいのでおかずとご飯を全部詰めてから冷蔵庫に入れる。冷蔵庫の扉を閉めたところで両親が眠い目を擦りながら来た。


「おはよう、二人とも」


「おはよう、明日は父さんが当番だな」


両親はあくびしながら子供達に挨拶する。颯太はちょうど朝食の配膳を終えたところだった。

いただきますと言ってから青椒肉絲を頬張る。颯太が作ったご飯は彩りはいまひとつだが味は保証する。とは言っても幽子自身もあまり彩りは気にしないのだが。妙なところでこの兄妹は似ていた。


「幽子、もうすぐ修学旅行でしょう?今年はどこに行くの?」


(しまった)


幽子は失念していた。確か修学旅行は二週間後である。準備も何もパンフレットすら両親に見せていなかった。


「え、えっと、今年は島根県だってさ」


何故か焦って答えてしまう。これではまるでやましいことがあるみたいに思われる。幽子は親に話しかけられると大体緊張してしまうのだ。

兄よりもあらゆる点で劣り、そのことを両親は快く思っていないからである。今日のように兄を差し置いて先に幽子の話題になるのは珍しい。大抵親が幽子に話しかける時は兄と比べてどう劣っているかを伝える時だ。


もうそれは小さい時から慣れっこなので右耳から左耳へスルーするのがお決まりだ。別に聞いてて楽しい話題でもないし、それを聞いて逐一辟易するような時期はとっくに過ぎている。むしろあんまり期待しないで欲しいところだ。期待は重たい。期待を大きくかけるとそれが原因で亡くなる人もいるし。


幽子は期待されるとどんどん引っ込んでしまうタイプだ。期待してる、と言われる度にそれが幽子を縛っていく。ずっとその言葉ばかり気にしてしまうのだ。そしてポカが多くなる。そうなったら期待した私が馬鹿だったとか言われて呆れられる。

うん、あなたが馬鹿です。勝手に期待して勝手に落ち込むとか一人芝居でもやってるのか?と疑いたくなる。第一物凄く自分勝手だ。そんな下らない理由で落ち込まれても、だから何?としか言えない。


「島根県ってことは主眼は出雲大社?あんたの学校って渋いわね」


「そうなの?あとは松江城とか、境港の水木しげるロードとかだったかも」


「鳥取県にも行くのか。父さんは行ったことないなー。父さんが子供の時は伊勢神宮とかが主な修学旅行先だったが、時代は変わるんだな」


ごちゃごちゃ考えているうちに両親がそれぞれ話しかけてきた。ここでしっかり会話しないとボーッとしてるだの何だの言われかねない。


(いかんいかん)


「伊勢神宮には逆に行ったことないね。天照大神が祀られてる神社ってことくらいしか知らないかも。颯太は今年の修学旅行はどこなの?」


兄が置いてけぼりになっていたのでさりげなく振ることにした。兄のお茶碗とお皿は既に空だ。噛んでいるのが謎なくらい早食いである。


「あー、実は今年はまだ決まってないらしい。候補は北海道か沖縄らしいけどそれすらあやふやって聞いた。ごちそうさま」


「え、もう食べたの?気をつけて行くのよ」


「颯太はまた小食になったのか?無理はするなよ」


「わかった」


兄は食器を流し台まで下げてすぐに部屋に戻ってしまった。両親も食事を終えて出勤の準備をしている。

私が食べるのが遅いから皆が速く見えてしまう。思わず焦って食べてしまい、少し咳き込む。それを水で流し込んでなんとか食事を終えた。


ふと、幽子は窓の外に目をやった。雨模様が憂鬱な空だ。これから段々と暑くなってゆくのだろうと暗澹たる気分になった。





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