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魂鎮めの巫女は祓わない  作者: 初月みちる
第二章 咄咄怪事
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駆け抜ける雨嵐

「雨雲の範囲が狭いからそのうち止みそうよ」


「そうか。なら大して足止めされずに済みそうだな」


武瑠は頭を振った。水滴が飛び散り、幽子は距離をとる。遠くで雷が鳴り、ぴくりと反応した。


「おい、どうした」


幽子の顔が青くなっている。また雷がどこかに落ちた。幽子は耳を押さえて目をぎゅっとつむる。


「お前、雷怖いのか」


幽子は答えなかったが、武瑠はそのまま言葉を続ける。


「お前木行だろ。雷と仲良しじゃねえのか」


(確かにそうだけどちょっと違う!)


雷が苦手なのは颯太のせいである。全くろくでもない兄を持ってしまったものだ。


「……昔ね、颯太が練習で雷を落としてて」


幽子は知らずしらずのうちに、きっかけとなったことを話し始めて自身でも驚く。


「颯太さん雷まで落とせるのか。すげえな」


木行でも天候に干渉できる人は極少ない。大量の霊力が必要だからだ。流石は先祖返りといったところか。


「それは別にいいんだけど、私は音が大きくて苦手で、それが兄にバレて近くに散々落としまくったことがあったの……」


子供の悪戯にしては規模が大きすぎると武瑠は思った。


「……そうか」


「音だけ我慢してたら平気なんだけどね。兄もあれからこっぴどく叱られてやらなくなったけど」


(何で私はこんなことを天野君に話してるのかしら)


幽子は無言を突き通すつもりだった。良い思い出でもないし、笑いながら颯太が雷を落とす光景を思い出してしまって、お世辞にも気分が良いとは言えなかったからだ。


「辛かったな」


ちらりと武瑠を幽子が見た。幽子はそれを尻目に頷く。激しい雨の音がしばしその場を支配したので、沈黙が降りても不思議と気まずくはならなかった。


「お前のこともっと教えろ。俺もお前に教えてやるから」


幽子は目をぱちくりさせた。幽子を見つめる鳶色がしっかりと幽子を捉えていたからだ。


「敵を知るのも大事だが味方を知るのはもっと大事だ」


(味方は分かるけど敵って?)


幽子の頭にぐるぐると疑問が立ち込めたが、有無を言わさないその口調に、幽子は取り敢えず頷いた。


「お前は当主でないから颯太さんよりも霊力について詳しく知ってるとかはないだろうが、霊力で何ができるかは知りたい」


(大してできることはないんだけどな)


とはいえ、説明するよりも、実際に見せたほうが早そうである。




「お前のこともっと教えろ。俺もお前に教えてやるから」


「えっ?」


「敵を知るのも大事だが味方を知るのはもっと大事だ」


(味方は分かるけど敵って? 他の家が敵、なのかな)


「そうね……うん、分かったわ」


腑に落ちないこともあったが、幽子は取り敢えず頷いた。


「お前は当主でないから颯太さんよりも霊力について詳しく知ってるとかはないだろうが、霊力で何ができるかは知りたい」


(大してできることはないんだけどな)


とはいえ、説明するよりも、実際に見せたほうが早そうである。


「えっと、ちょっとしゃがんでくれる?」


武瑠は幽子の前に片膝をついた。


「ちょっと肩触るよ」


「ああ」


幽子が武瑠の両肩に軽く自分の両手を添える。幽子の手からチリチリと何かが出て、手のひらの範囲が心地よい刺激を与えていた。


「これは……整形外科の電気治療みたいだな」


「うん。肩こりに効くのよ。腰痛にも」


「なるほどな。ああ、気持ちいい。良かったらこのままで話をしてくれるか?」


武瑠の表情が緩みきった。中学生とはいえ、ずっと同じ姿勢を続けたら肩も首も凝る。幽子の施術は大変ありがたかった。


「分かったわ。あとは、お風呂を電気風呂にしたり、相手を電流で気絶させたり、風を起こしてドライヤー代わりにしたり、洗濯物を一気に乾かしたり」


意外と便利に霊力を使いこなしているようだ。その程度なら少ない霊力でもできるからだろう。


「生活に密着してるな。一つだけ違うのがあるが。他には何かあるか?」


「私は霊力が封印であまり出なかったから、派手なことはできないけど、電気を纏わせて光学迷彩みたいにできるのと、相手の体を動かせる」


「はっ?!そんなことができるのか!」


思わず幽子の肩を掴んだ。何だその夢みたいな能力は。


「うん。じゃあ実演するよ」


幽子が発言するや否や、目の前から幽子は煙のように消えてしまった。両手からの電流がそのままなので単に姿を消しているだけであるが、それを目の当たりにしたときの衝撃は予想以上だった。


「すごいな……こんなことが。スパイみたいだな」


「多分探知機とかでも引っかからないよ。ステルス迷彩ね」


声まで消すことはできないらしい。考えてみれば当たり前だが。


「弱点はホコリを寄せ付けてしまうこと。電気だから仕方ないわ。磁石を持ってると成功しやすいの」


ポケットから小さな磁石を取り出す。何回も同じものを使用していると壊れてしまうので予備も用意してある。使う機会は滅多にないが。


「なるほどな。で、もう一つの体を動かせるというのは?」


「一旦迷彩切るね」


手品のように幽子が出現した。かなり近くにいたので驚く。


「全身動かすのはまだできないけど……」


幽子が目線を武瑠の左手に合わせる。武瑠は何もしていないのに勝手に上がる左手に驚きを隠せない。そのまま勝手に左手がじゃんけんをしたりして少しだけ武瑠の表情が和らぐ。

そしていきなり幽子が武瑠の顔を見た途端、武瑠は勝手に泣き顔になったり、怒った顔になったりと百面相をさせられた。勝手に表情をいじられるのは不快だ。幽子はくすくすと笑っている。


「おいやめろ!変顔とかになってたらどうすんだよ!」


「ふふふ。面白い。天野君変な顔ー」


ついに幽子は頭を反らせて笑った。武瑠はムッとして立とうとしたががっちりと何かに抑えられているのか身動きがとれない。


「こら、いい加減にしろ」


「はーい」


幽子は武瑠から手を離した。まだ笑っている。武瑠はしゃがむのを止めた。体が動くことにホッとする。


「そんなにおかしいかよ」


「ええ。とっても」


(こいつ。ちゃんと笑えるんだな)


表情をいじられて恥ずかしかったが、幽子が笑っているのを見たらこちらも微笑んでしまう。


「しかし中々のもんだな。どうやって俺の体を動かした?」


「簡単だよ。電気を通したの」


事も無げに言う幽子に武瑠は一瞬二の句が継げなくなった。


「どういうことだ」


「人間の体は脳や脊髄は電気信号で動いてるの。厳密には少し違うみたいだけど。ごく弱い電流を流せば動くんだよね。霊力は極少なくでいいけど、霊力の調節に神経をかなり使う」


仕組みだけ聞いて実践できる幽子はひょっとしたら天才かもしれない。


「なるほど。しかしよく知ってたな。霊力が少なくて他に使い道見出すのはお前くらいのものだよ」


「人体の仕組みの図鑑に載ってたのよ。だからどうしてもやってみたかったの」


あっけらかんと幽子が告げた。何だか嫌な予感がする。


「……やってみた?一体どうやってそれを練習したんだ」


聞くのが怖かったが、ここだけははっきりさせたい。


「自分の体に電流を通したの。強すぎて失神したり、弱すぎて不発だったり大変だった」


額に鋭い痛みが走った後、ゆっくりと疼痛が襲った。その痛みで自分が何をされたかようやく理解する。


「いたっ。何でデコピン」


「お前な! 自分で実験するんじゃねえ! 下手したら死んでたんだぞ!」


武瑠が鬼の形相で幽子を睨みつけていた。幽子はひりひりする額を手で抑える。口がへの字になっていた。


「えっと、それは好奇心に勝てなくて」


「うるさい!今後一切自分で実験するな!分かったな?!」


武瑠が霊力を撒き散らす。強い霊力はビリビリとした刺激を伴って幽子を襲った。こんなことをされたら幽子は折れることしかできない。


「は、はい……ごめんなさい」


幽子はその場にへたり込んだ。慌てて武瑠は霊力を引っ込める。


「分かったならいい」


(やっぱりこいつ自分で実験してやがった!)


予想はしてたが当たってほしくなかったものだ。幽子はマッドサイエンティストの資格があるらしい。


「ほら」


手を幽子に向かって差し出す。おずおずとその手が掴まれたのでそのまま引き上げた。


「……ありがと」


「お前一人の体じゃないんだ。もっと大事にしろ」


「……うん」


「分かってんのかよ。いいか? 絶対にするなよ? でないと俺が姉貴にしばかれる」


「えっ」


「怒ったらおっかねえんだよあいつ。相剋を抜きにしてもありゃ駄目だ」


青い顔をしている武瑠。相当酷い目にあったらしい。気になるけど聞いたら聞いたで武瑠に負担がかかりそうだ。


「うん。自分の体で実験しない」


なので素直にうなずいた。


「夏休みは俺もお前も霊力の制御とか、できることを増やすぞ。本来はお前も知らなきゃいけないことだ」


「天野君が霊力を撒き散らしたり引っ込めたりしてるやつ?」


「そうだ。お前はやったことなさそうだからこの機会にしっかり覚えとけ。霊力の制御は体力温存にも繋がる。お前の場合枯渇することはなさそうだが、枯渇して長時間放置すると命に関わるぞ」


「霊力の制御……そういえば知らないような。ひょっとして出雲大社で私を睨んでたのは霊力のせい?」


「少し違うが間違いでもないな。お前の霊力は少しだけしか感知出来なかったが、他の霊力がお前に纏わりついていた。さすが大国主命。霊力が桁違いだった」


遠い目をする武瑠。あの場にいて本当に良かったと感じた。きっと武瑠でなかったら幽子を止められなかった。あの時の幽子は封印が解けかけて霊力が暴れている状態だった。何も施さなければ命を落としていた可能性が大きい。


「私、何も知らなかったのね。知ったら危なかったとはいえ」


深く深く、幽子のため息が漏れた。雨の音がだんだんと遠ざかっていく。


「これからどうにでもなる。例えお前が暴走したとしても俺も姉貴も兄貴もいるから何とかなる。お前は巻き込まれただけだが、お前の頑張り次第で最悪の状況を回避できる。無理のない範囲で霊力と向き合え。それはお前の為であり、帝のためであり、国の為だ」


(あれ?今サラッと帝とか国とか規模が大きいこと言った?)


「帝と国って……そんなに大袈裟なことにはなりそうにないけど」


「大昔にお前みたいな奴が現れて帝の権威が地に落ちたことがあった。だからお前は帝と無関係じゃない。放置すると帝に仇なす存在なんだ」


(そんなこと言われたって、ただの女子中学生に何ができるのよ)


幽子は唇を噛んで俯く。今まで何一つ知らずに平凡に暮らしていたのに、今や自分が手加減の効かない爆弾扱いされているのだ。しかも自分で制御もできず、武瑠に頼りっぱなしなのが現状だ。自分を中心に嵐が発生してもそれを止めることも制御することもできない。拳がいつの間にか震えていた。


(私は無力だ)


「お前は無力じゃねえ。自分が出来ないことがあれば誰かに頼れ。頼ることは恥じゃない」


優しい声が頭上から降り落ちた。幽子の拳が開かれる。いつの間にか雨の音は止んでいた。





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