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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第四章 始祖の欲望
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4−33 知識に求めるもの

 珍しい黒髪は長く、瞳の色は黒色。起伏の豊かな白い肌を、真っ黒なドレスで飾っている女性。

 六色の魔女のうちの一人で、世界を終焉させる化物。何を考えているかが全く理解できないし、したくもない狂人。

 最凶の権化。破滅の象徴。絶望の具現体。──黒の魔女。

 エストが、己の『欲望』のために殺すと決めた対象。

 そんな黒の魔女に、ルトアが痛めつけられていた記憶を、エストはイザベリアに見せつけられたのだ。


「──何。私へのあてつけ? 私をそこまでして潰したいの? ふざけないでよ、始祖の魔女」


 エストは明らかで、激しい嫌悪をイザベリアに向けた。

 それもそのはずだ。イザベリアがエストに見せたのは、紛れもないルトアの記憶。およそ六百年前、黒の魔女との戦闘の記憶だ。

 ルトアの手足が、影によって真逆にへし折られたシーンで、その記憶は停止した。


「これはあなたのトラウマ。封じておきたい記憶。あなたがなぜ、魔女になったのか。それを再確認させておきたいの」


 エストがなぜ、魔女になったのか。


「は? 私は、母さんを超えたいから、魔女になった。アイツはそんな私の目的の邪魔になるから、殺すだけ」


 エストの『欲望』は知識の収集。そしてその目的とはルトアを超える魔女になるため。

 黒の魔女が世界を滅ぼせば、エストの『欲望』は叶わなくなり、結果的に目的は達成できなくなる。だから、エストは黒の魔女を殺す。

 何が間違っていて、何が可笑しいのか。この思考ロジックに、何の矛盾を孕んでいるというのか。この合理的な判断に、何の意義を唱えたいと言うのか。

 何を、何に、何のために、何故、どうして、どういう意味で、イザベリアはこんな記憶を見せたのか。


「──あなたは、自身に嘘をついている」


 氷の槍が、エストの胸を貫いた──そんな錯覚に、彼女は陥るほど、イザベリアの言葉に衝撃を受けた。

 今、目の前の魔女は何て言った? ウソヲツイテイル?

 ふざけるな。冗談にもならない。嘘をついているのはお前の方だろう。


「ほら、あなたは分かりやすい」


「分かりやすい⋯⋯? ああ⋯⋯そうさ。分かりやすいよ、私は。だったらさっさとさっきの不愉快極まりない下劣な所業を私にしたことを、謝ってもらおうか」


「──嘘もここまでくれば真実、か。断言するね。あなたは自身についた嘘を、それこそが本当だと思い込み、真実から目を背けている」


「⋯⋯何を言って」


「『母さんを超える魔女になる』、ああ、それは何とも子供らしくて、でも純粋な夢だ。あなたの母親、ルトアは実に優秀な魔女だった。そう思うのも無理はない。⋯⋯けど、それは、あなたの本当の理由じゃない」


「⋯⋯」


「知識の収集と言う『欲望』⋯⋯確かに、魔法は知識こそ力だ。知識がなければ魔法は使うことさえできないからね。でも、あなたには十分その知識を貯め込めるだけの頭があった。わざわざ『記憶操作』なんていう能力がなくとも、十分やっていけるだけの」


「──」


「⋯⋯本当の目的は、一体何だったんだろうね? 魔女にさえ必要にならない知識を詰め込める容量のためだけに力を欲したのは。普通に生きていて、普通に強くなるだけなら、そしてルトアを超えるだけなら、あなたは知識の収集なんていう『欲望』ではなく、それこそ赤のように無限の魔力だったり、時間の操作、あるいは重力の操作⋯⋯魔法の上位互換となる力を求めたはずだ。でも、それをしなかったのはなぜか」


 エストの顔が陰る。その表情は客観的には分からないが、決して楽観的なものではない。


「それを、私の口から言うことはできない。この試練は、あなたの本当の『欲望』の理由を探す試練だ」


 本当の、理由。知識を求めた、本当のわけ。


「私は⋯⋯違う。私は⋯⋯母さんを⋯⋯ルトア、を⋯⋯」


 俯き、頭を抱え、思考し、停滞し、低徊し、熟考し、放棄し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し──答えは、見つからない。

 本当に、私はルトアを超えたかったのか。


「違う。母さんを私は尊敬している。それは本当のこと⋯⋯」


 尊敬していることと、超えたいと思うことは全く別だ。


「そんなこと⋯⋯いや、いや⋯⋯私が、魔女になったのは、魔法を極めるため、に⋯⋯」


 魔法を極めることが目的なら、『欲望』によって獲得する能力は、『記憶操作』なんてものではないはずだ。なぜ、必要以上の知識を求める。


「だって、魔法において知識は力だから⋯⋯」


 しかし、お前には能力を使わずとも十分に記憶していられる力がある。今のお前の言い分では、その能力は無価値だ。お前は覚える必要がないものも、何億なんて数字じゃ足りないだけの情報を、集めて全て覚える必要はない。単に、強くなるだけなら。


「でも、でも⋯⋯私は⋯⋯」


 まだ、嘘をつくのか。本当にキミは、弱い。どこまでも、どこまでも子供だ。

 そんな子供には、何を言い聞かせても無駄だ。ならば、言葉による教育は必要ない。キミに必要なのは、


『──過去の追体験だ』


 ──この世で一番聞き慣れた少女(エスト)の声が聞こえた。


 ◆◆◆


 ──思えば、私の心の中にこんな感情が生まれたのは、あの時だったと思う。


「エスト、何か悩みでも?」


 海のように青い髪、空のように透き通る青い瞳の女性が、エストの顔を覗き込む。


「⋯⋯いや、何も。ちょっと、思ってたより疲れてるみたい」


「そうですか。たしかに、ここ最近学んでいることは、少し難しいですしね」


 大きな屋敷の一室。エストの寝室は特別広くなければ、狭くもない。机に椅子が一組と、シングルベッド。あとは部屋を照らすには必要十分な魔法の照明器具だけだ。

 机の上にあるのは魔導書ではなく、王国の歴史書。エストは既に魔法を学ぶ必要はあまりなく、代わりに他の学問を学ぶことになったのだ。これは、エストが自ら申し出たものである。


「別に、あなた一人くらい養えますよ? それに、魔法についてそこまで精通しているなら、職には困らないでしょうに」


「私はレネに養われ続けることは嫌。だって、それは迷惑をかけることだもん。少しでも負担を小さくしたいの。それに、魔法だけ知っていても、私はそれ以外が真っ白だし、私がしたいことには多くの知識が必要になる」


 エストは、実年齢、外見年齢共にまだ十二歳の子供。普通なら、もっと甘えて、もっと遊ぶ年頃だ。そんな彼女が、ここまで勉学に励む。

 たしかに、エストは元より本を読んだりして知識を蓄えることが好きだった。しかし、それを目的ではなく手段としたとき、それは苦痛となってしまう。


「⋯⋯何を、したいのですか?」


「私は──。──教師。そう、先生をしたい」


 そう答えるのに、彼女は少し時間をかけた。

 魔女の教師。なるほど、魔法の教師としてはこれ以上にない適任者だろう。子供であれば、魔女への忌避感も薄れるし、レネが言えば何とかなる。


「良いですね。あなたにはピッタリです」


「──かな」


「⋯⋯?」


 エストの表情に、一瞬違和感を覚えたレネだったが、気のせいだと思う。

 

「⋯⋯レネ」


 夜ももう遅い。エストは薄着を手に取り着替えるところで、部屋から出ていこうとしたレネに話しかける。


「何でしょうか?」


「明日、竜王国に行こうと思う」


 ラグラムナ竜王国。ドラゴンの国であり、そして──ルトアが黒の魔女と戦い、その身を犠牲に黒の魔女を無力化、封印した場所。エストが、あれからの一年間、行こうとしなかった国だ。


「明日、ですか。明日は予定がありまして、同行はできません。明後日なら⋯⋯」


「いや、私一人で行く」


 エストは少し声を張って、力強くそう言った。


「あそこには、一人で行かなくちゃならない⋯⋯気がする。レネが居たら、私はきっと⋯⋯頼ってしまうから」


 エストが今まで竜王国に行かなかった理由。それはルトアの死を確信したくないから。受け止めることができないから。けれど、今、決意した。

 だがそこに、レネが居たらどうなるか。母の死を見たエストは確実に精神が不安定となり、レネに泣きつく。幼いことを自覚しているからこそ、そうなると断言できる。

 そしてそれは、本当の意味で、ルトアの死を受け止めたことにはならない。一人で、不安定になった心を癒やさなくてはならない。独り立ちしなくてはならない。そう、何もかもを一人でできるようにならなければ、全部の責任を一人で負えるようにならなければ、またあんな想いをしてしまう。

 大切なモノを喪う──もう、そんなのは御免だ。もう、そんな想いはしたくない。だから、これで最期にしたい。


「⋯⋯おやすみ」


「ええ⋯⋯おやすみなさい、エスト」


 暗くなった部屋に、扉を閉める音が響いたのを最後に、エストの意識は闇の中へと落ちていった。


 ◆◆◆


 ラグラムナ竜王国へ一人で行くとは言ったが、まさか移動を自分一人だけの力でできるはずがない。歩いて行こうものなら数カ月は必要になるため、エストは飛んで行くことに決定した。そしてその方法が、


「飛竜⋯⋯」


 ドラゴンなら、八時間もあれば竜王国までは行けるが、飛竜となれば話はまた異なる。飛竜であればおおよそ三日。休憩時間も入れると三日目の真夜中くらいに到着するだろう。

 当然、ルトアのときとは違って、ドラゴンがその辺りに居ることは稀だ。知性の少ない魔獣としての竜なら、極地を探せば居るのだが、それなら飛竜と何ら変わりない。


「⋯⋯魔法じゃ、魔力切れになるし⋯⋯仕方ない、ね」


 そんなこともあり飛竜を手配するしか竜王国に行く方法はないのだが、エストはそれについて少しだけ躊躇っていた。

 というのも、飛竜は足としては非常に便利で、需要が高い。勿論、飛竜の貸出業は儲けやすいということでもあり、この辺りで取引されている飛竜の多くは、


「まさか、ノトーリス家を利用することになるなんて⋯⋯」


 憎き家の名前。エスト──いや、メリーの実家だ。

 大貴族、とは聞こえが良いが、当主はメリーの実父にして、彼女を幽閉した張本人であるのだ。


「⋯⋯今思うと、当主を⋯⋯お父様を唆したのも、アイツだったのかな」


 メリーの本当の親は、自分の娘を何の理由もなく幽閉するなんてことはない。だが特別優しいわけでもなかった。アルビノの見た目を忌み子だと思っていたところに、エストを憎んでいた長男が拍車をかけ、幽閉した──これが、あのトラウマの真相だ。


「本当のお母さんは、私を産んだ直後に死んだらしいから、忌み子と思うのも無理はない、なんて言えるわけないでしょ」


 トラウマだったが、心を持ち直した今のエストは、過去の理不尽を思い出し、それに対して恨み辛みを吐き出す。

 あれから、エストは強くなった。魔法的にも、精神的にも。今なら、貴族の一家を根絶やしにすることくらい簡単に成せる。しかし、それをしないのは、その価値さえないからだ。関わりたくない、顔を見ることさえ、したくない。


「⋯⋯でも、仕方ない、か」


 貸出者が気に食わない奴だからって、前日の決意をなかったことにはできない。そんな下らない理由で屋敷に戻るなんて以ての外だ。


 ◆◆◆


「譲ちゃん、一人かい?」


 幸運なことに、飛竜の貸出業者自体は、ノトーリス家ではなかった。あくまで関係しているというだけで、目の前のお爺さんはノトーリス家の者ではないし、エスト自身、知らない全くの他人であった。

 その事を表情にも声色にも出さずに、エストはお爺さんの質問に返す。


「はい。でも大丈夫ですよ。私、これでも腕の立つ魔法使いなので」


 エストは無詠唱で魔法陣を展開し、言葉に信憑性を持たせる。


「魔法使い⋯⋯ああ、それは凄いな。まだまだ子供なのに」


 短い質疑応答の後、お爺さんは飛竜の飛ばし方とレンタル料金を提示してくる。驚くことに、料金はボッタクリではなく、適正価格だ。

 取引を終えて、エストはその場から立ち去ろうとする。だが、その時だった。


「──」


 幸運なことに、という先程の文は、撤回させて貰う。

 最悪なことに、エストは出会ってしまった⋯⋯最も憎むべき相手に。


「⋯⋯!」


 背はそれほど高くない、仕立ての良い服を着た金髪の男。顔は母親に似て、美形というものだ。そしてそれは──エストにも似ているということであった。


「お前は⋯⋯」


 殆どの人は、二人のことを兄弟だと言うだろう、両親の面影が似ているのだから。

 しかしながら、当の本人たちは、特に白髪の妹の方は、兄の方を嫌悪している、これ以上になく。


「メリー」


 (本当)の名前で、彼女は呼ばれた。それは唾棄すべきことで、今の彼女が最も嫌うことだ。


「その名前で呼ばないで」


 以前までの彼女であれば、目の前の男──ノトーリス家の長男、シェルプに萎縮し、涙目になり、その場から動けなくなっていただろう。だが、今は違う。


「あの女は居ないのか⋯⋯なら、好都合だ」


 シェルプは酷く歪んだ笑みを浮かべる。


「よく聞けよガキ。あの女に、ノトーリス家に恥をかかせたことを謝るように伝えろ。さもなくば首が飛ぶと思え、と」


「⋯⋯」


「さっさと答えろ。また牢獄にぶち込まれたいのか?」


 ──どこまでも、この()()は底辺の屑であるようだ。


「聞いてんのか?」


「静かにしてくれる? 人間」


 白髪の少女の雰囲気が変わった。先程まであった可愛らしさが、綺麗さっぱり消え去った。代わりに現れたのは──殺意だった。


「キミ如き、殺す価値さえない。話す価値さえない。でも、消える価値はある。一足先にキミから全てを消し去り、人間の皮を被っただけの虚無にしてあげられるけど、やってみる?」


 ──シェルプは、エストが大きく見えた。そして気づいた。目の前の子どもが、自分の知る少女ではないと。


「今すぐ消えるか、その時に消えるか、選べるよ、キミは」


 エスト──彼女は人ならざる異形の存在。白の魔女だ。

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