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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第四章 始祖の欲望
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4−26 生かすは殺すより難しい

 洞窟内を、ナオトは歩いていた。

 心拍数がようやく彼の基準値に戻ってくると同時に、過呼吸状態だったのが安定して来た。

 壁に(もた)れ掛けて、大きく息を吐き、安定してきた呼吸を整える。


「⋯⋯逸れた、か」


 現在は横穴に隠れてから一旦追跡の目を外し、それから隠密戦技を行使して、モンスターたちの目から逃れている。どうやらここにはナオトの隠密を看破できるほど高位のモンスターは存在しないことに一先ずは安心するが、再び三人と合流するのは難しいとも思う。

 合流手段も考えられない。いや一つは思いついたのだが、あまりにも危険かつ、あまりにも出鱈目(デタラメ)な方法だ。こんなのを実行する奴が居たとしたら、きっとそいつの脳内構造は正常な人間ではない。


「知覚系戦技はボクに敵対している奴にしか反応しないから、ユナたちの位置は分からない⋯⋯(しらみ)潰しに洞窟内を歩き回るしかないか?」


 非効率的であるが、現実的ではある。ナオトは今、不可視化状態だ。時間さえ掛ければ、そのうち仲間は見つかるはずだ。何より、エストはよく目立つ。

 特に魔法の音に注意して、ナオトは洞窟内部を歩き回る。


「にしても、洞窟内にしてはやけに明るいと思ったら」


 ナオトは洞窟の壁に点在する、僅かに紫色がかった白色に輝く石を見る。

 幻想的な美しさだ。まるで夜闇の月明かりを内包したような光である。


「鉱石⋯⋯天然の照明と言ったところか」


 発光魔力石。通称、月光石。魔力石の一種で、常に光り輝く石だ。

 厳密に言えば、それから発せられる波は光とは全く別のもので、特殊な魔力なのだが、働きは光と一緒。そして人体への有害性もない。その性質から、一般人、高級品であるため、主に夜の間も行動する商人や、お金を持っている貴族などがよく使っている。

 魔力コントロールができるのであれば、他の魔力も発光させられるのだが、そこまでの魔力のコントロールなんてできるのは、それこそエストくらいだろう。


「光源に認識阻害は⋯⋯流石に適応されないよな」


 隠密戦技は、行使者の衣類なんかにも認識阻害が適応される。だが光も同じとは行かなくて、発光魔力石自体には効果は現れたのだが、光までは隠すことができなかった。勿論光が一人勝手に動けば、すぐに敵対者に存在がバレてしまうだろう。


「⋯⋯」


 戦技の同時行使は非常に難しい。それこそ他に類を見ない天才でもなければ、不可能だ。そしてナオトはその天才の部類にはならない。

 

「⋯⋯っ」


 隠密戦技を行使しながら、ナオトはまだまだ歩く。道中で複数のモンスターと遭遇したが、やり過ごすことができた。

 中々高位のモンスターばかりだ。一体一体であればナオトにとっては取るに足らない程度なのだが、ここまで多ければ対処も難しいと言うもの。


「爆発音に、岩が崩れる音?」


 振動と衝撃音が、ナオトの進む方向の先から感じ、聞こえた。自然現象とは思えないため、その犯人はおそらくモンスター、あるいは、


「エストか、レイ?」


 ユナも戦技で似たようなことはできるだろうが、ここまで大きな爆発音は引き起こせないはずだ。

 となれば自動的にそんな大規模かつ高威力の魔法が行使できるエストとレイの二人のうちどちらかがやったのだと考えられる。


「⋯⋯どうしようか」


 エスト、もしくはレイがやったかもしれない。しかし、モンスターの可能性もある。もしモンスターがやったことならば、遭遇すると、きっとナオトは死んでしまうだろう。隠密も看破されるだろうからやり過ごすこともできない。


「⋯⋯この程度を恐れていたら、黒の教団、黒の魔女と敵対するなんて夢のまた夢だ。冒険心も時には必要⋯⋯!」


 死ぬ可能性もある。しかしその可能性に怯えていては、いつまで経っても何もできない。無謀と勇気は違うのだ。

 爆発音のした場所は、洞窟内ということもあり音の反響が重なって分かりづらかった。だが、僅かな風の吹き方から逆算して、凡その方向を決定すると、迷路のように入り組んだ道に足を進める。


「ホントにこれ洞窟か? 迷宮って言われても頷くぞ、ボク」


 しかし洞窟の構造は天然っぽいのだ。人の手が入っている様子がない。

 天然の迷宮。それがこの洞窟であるだろう。


 ◆◆◆


 対象の神経系、主に脳を障害し、全身の運動能力や感覚を著しく低下、異常化させる魔法。それが麻痺系魔法最上位の〈上位麻痺グレーター・パラライズ〉の効果である。

 やろうとすれば対象の視神経を障害することで、相手の意識を真っ暗闇に落とすことできると言ったふうに、特定の神経のみを麻痺させることも可能だ。


「対象は目に映る全てのモンスター⋯⋯っと」


 白髪の美少女、エストは麻痺魔法を行使する。彼女は対象の運動神経を麻痺させ、運動能力を阻害する。

 時間が経過すればそのうち麻痺させられた対象は死亡するだろう。だがその時は、エストたちが第三階層に折りた後だ。


「⋯⋯帰ったら殺傷能力がない無力化魔法でも創ろうかな」


 今ある魔法で、対人、対魔物などの強力な魔法の殆どは相手を殺す魔法である。勿論、生命活動を停止させずに無力化することができる魔法もあるのだが、その理屈が大脳の破壊。適切な処置をしなければ、そのうち死ぬとはいえ、餓死までの時間の間、殺さずに無力化できる魔法だ。

 ただ問題なのは、この魔法を使うには対象の頭部に数秒ほど接触する必要があることで、魔法使いにとってはかなり大きいデメリットだ。


「さてと、私を追ってきた分は粗方麻痺させたし、あとは見つけ次第、だね」


 この辺りにはもう、モンスターは居ないだろう。あとは他三人を追っているのが大半で、モンスターを見つければ、自ずと三人とも合流できるだろうという算段だ。


「それにしても⋯⋯この洞窟、何だか違和感があるんだよね」


 人工的な洞窟であるとは思えない。天然洞窟であることはまず疑いようもない事実だろう。しかし、それにしても何だかおかしな場所だ。


「モンスターも私が知る種類ばかり。洞窟自体も、幻覚だとかそんな感じはしない。けれど⋯⋯」


 エストは上を向く。天井らしいものが見えなくて、暗闇がそこにある。ここは彼女が見てきたこの洞窟内でも、おそらく非常に天井が高い場所だろう。


「〈暗視〉」


 珍しく、エストは戦技を行使する。魔法でも同じことはできるのだが、今は少しでも魔力を温存しておきたいのだ。

 暗闇によって見えないのだとしたら、暗闇も見通せるようになれば良い。


「──数秒前の私を殴りたいよ」


 エストは『それ』を見て、後悔した。

 

「⋯⋯そりゃ、こんな広い洞窟ができるわけだし、珍しい鉱石もあるのに人の手が入っていないのにも納得だね。⋯⋯知りたくなかった」


 彼女の脳に送られる視覚情報は際限なく続いた。いつまで経っても天井が描写されることはなく、洞窟の壁が永遠と伸び続けるだけだったのだ。

 頭がどうにかなりそうだった。送られてくる情報が、彼女の脳の処理能力をオーバーヒートさせようとしていたのだ。

 ほんの僅かな時間。刹那にも満たないような合間に、彼女は『それ』を見続けることを拒否し、目を逸らすことができた。


「私以外だと、あれを見た瞬間に思考停止してしまうだろうね」


 エストの生まれ持った驚異的な情報処理能力があって、『それ』から目を逸らすことができたのだ。

 『それ』とは例外的な概念だ。本来、あらゆるものは有限であるべきで、有限だからこそ法則は存在する。

 まだ、制御できるならマシだ。だが、制御できない『それ』は、今のように、害悪でしかない。


「ということは、第二階層のここも、第一階層と同じく異常空間である、ってことかな」


 だとしたら、続く第三、第四階層も異常空間である可能性が高い。


「唯一の救いは、この異常空間内でも」


 地面に白色の魔法陣が展開される。そしてエストはそこに周辺の適当な石を投げ込むと、石は転移した。


「転移魔法は使えるってことだね」


 場合によっては転移魔法で逃げることもできる。

 この空間は限りなく広がる洞窟であるようだが、座標的な距離では『死者の大地』の地下であることには変わらないようだ。現に、今の転移魔法の先は『死者の大地』であるし、この階層に来るときも転移魔法だった。


「⋯⋯地面を貫通させて下の階層に行こうともしたけど、この感じたと無理っぽい」


 無限に続く空間である、という考察が当たっているのであれば、魔法的な方法以外ではこの空間から脱出することはできない。そして、転移魔法は、術者が知っている場所にしか転移できないため、エストには下の階層に自力で行く手段がないというわけだ。


「さてと、残りの害獣も駆除──」


 エストは大抵のことに才能を持っている。剣などの武器、魔法、勉学にも、だ。それが成されるのは、身体能力などが高いからである。つまり、逆説的に、目や耳なんかも非常に良い。


「走ってる足音⋯⋯それも二つ」


 本当に小さくはあったが、足音がした。足音はその人の特徴だ。そして、その足音をエストは聞いたことがあり、今の彼女も、一度聞いたり見たりしたものは基本的に忘れない。だから、聞いたことのある足音の判別は簡単である。


「ユナとレイ?」


 振り返ると、そこには予想通りの二人が居た。居た、のだが、


「──は?」


 ユナとレイの二人は、走っていた。走っているのは、逃げるためだった。


「エスト様! ご無事で!」


 二人は、大量のモンスターを引き連れて走っていたのだ。潮の波のように、蜂に百足に蜘蛛に蛙に、虫や両生類などに酷似したモンスターが押し寄せてきている。


「ご無事でって。今の状況見て言ってるのかな!?」


 波のように押し寄せてくるモンスターたち。勿論飲み込まれればただでは済まないどころか、確実に死ぬことが予想される、いくらエストやレイ、ユナといえど。


「すみません。レイさんは悪くないんです。私がこれを提案して⋯⋯それでこれには深い深い理由がありまして」


「⋯⋯ああ。大体分かったけど、キミ、意外と大胆かつ奇想天外な発想の持ち主なんだね」


 エストはモンスターの波から走って逃げながら、ユナとレイと話す。

 おそらく、ユナの提案、このモンスターの波から逃げる状況を作った理由は、騒ぎを引き起こし、ナオトに自分たちの存在を知らせるためだろう。

 奇想天外だし、危険すぎるが、効果的で効率的な作戦だ。


「で、ナオトを見つけた後はどうするつもりなのさ? このまま走りながら階段を見つけることは難しいよ」


「簡単です。ナオトさんの隠密戦技で隠れるんです」


 今、なんて言った?


「⋯⋯ねえ、レイ。キミはユナのこの提案を承諾したの?」


 エストは少しだけ目を細めて、内なる感情を表に出さないように、静かに聞いた。


「はい」


 レイはそんなエストの様子に気づかずに、いつもより少し高めの声で肯定する。

 すると、エストは細めていた目を完全に閉じて、呆れたように溜息をつく。


「──バカ」


「ええっ!?」


 突然のエストの暴言に、褒め言葉を期待していたレイは驚愕した。

 それもそのはずだ。ユナの作戦には、致命的な穴があったのだから。


「隠密戦技は発見されている状態から行使しても効果がないんだよ。だから、今の状況でナオトと合流しても、隠密戦技は意味を成さない」


 持っている知識量、情報量は、作戦を立てるにおいて重要な要素である。それが勝敗を逆転する場合も、決して少なくない。


「──」


「で、あんな大量のモンスターから一時的にでも隠れることは難しい」


 その数は、最初、エストを追ってきたモンスターのおよそ二倍。爆裂魔法で壁を崩そうとも、少なからずそれを抜けてきて追ってくるモンスターが現れるはずだ。


「ってことは⋯⋯」


「うん。私たちは、あのモンスター全員を無力化する必要があるんだよ。それも、あとで説明するけど殺さずに」


 無理難題、とまでは言わずとも、かなり厳しい戦いになるだろう。


「す、すみません」


 提案者と承諾者の二人が口を揃えて寸分違わずエストに謝罪の言葉を述べる。

 エストはまたもや溜息をつき、呆れたような表情を見せるが、起こったことは取り返しがつかない。今は今行えることに最善を尽くすしかない。


「⋯⋯で、ユナはともかく、なんでキミはそんな重要なことを知らなかったの?」


 ユナは転移者で、戦技について疎いのも仕方ないところがある。しかしレイは違う。この世界の住人なのだ。


「⋯⋯私、自分が思う以上に戦技についてよく知らなかったようです」


 魔法がそうであるように、戦技にも種類がある。レイは攻撃系の戦技を多数習得しているが、隠密系は一つも習得していない。

 ただエストも戦技自体はそれほど習得していないが知識はあるため、レイにもあるものだと思っていた。だがそれはどうやら間違っていたらしい。


「⋯⋯さっきのバカ発言、取り消すよ」


 エストはこれまで、外の世界というものにあまり触れてこなかった。だから、無意識に他者へ求める基準を自分にしていた。

 この基準のズレ、意識のズレは、今後大きく響いてくるかもしれない。不安要素は、できる限り消しておきたいところだ。


「──本当のバカはどっちなんだろうね」


 彼女のその呟きは、レイとユナの二人には聞こえなかった。

 共闘する上で大切なのは、理解だ。

 理解すれば、相手が何をしたいのかも、何ができるのかも分かる。パフォーマンスが分からなくては、作戦の立案や、戦闘時の動きに溝が出来上がってしまう。

 今のエストに足りないのは共感能力であり、600年間使われなかったそれをすぐに取り戻すことは難しいが、やらなくてはならないことだ。


 ◆◆◆


 ナオトは、後悔した。


「いやいやいや⋯⋯おかしいだろ、この反応数」


 何やら騒がしかったため、ナオトは念の為〈敵知覚〉を行使したのは良いのだが、反応した敵反応は数えることさえ億劫になるほどの量であった。

 しかし、それは自然に集まるような数ではなかった。そして、何か獲物を大群で追いかけているような、そんな動きをしていた。


「間違いなく、あの三人の誰かか、全員だな」


 これは合流のチャンスでもあるが、同時に火の中に飛び込むような行動でもあった。


「⋯⋯どうやってモンスターから逃れるんだよ。ボクの隠密戦技は使えないぞ? ⋯⋯ああ、もう」


 ──ふざけるな。


「⋯⋯無謀、無鉄砲、命知らず、軽率、浅はか。提案者はユナだな?」


 あの三人の中では、エストは考えついても、欠点も同時に思い浮かび、実行にはならない。レイはおそらくナオトと合流する方法を変に考えないだろう。そして、変に考えて、合流するという点だけにおいては最も効率的な方法をすぐに思い付くくらいの思考能力の持ち主はユナという人物だけである。


「勇気と無謀は違うと言うが、本質は全く同じだ。異なる点は、それを行えるだけの力があるかどうか」


 気高い勇気も、力がなければ無謀になる。しかし、嘲笑されるような無謀でも、力があれば勇気となる。

 そして、ナオトには、ナオトたちには、


「全く⋯⋯女の子には、よく手を焼かされるな」


 その力がある。ならば、それは勇気になる。

 後悔はしたが、それをしている暇も、躊躇っている暇もないようだ。

 大量のモンスターを相手にする。それはとても苦しく、厳しいことだろう。だが、それは不可能ではない。なら、やらない意味はない。不可能を知るからこそ、可能なことには精を尽くせるのだ。

 第二階層攻略は次回で終わりそうです。

 ちなみに墳墓は四階層までありますが、次の第三階層は多分一話、長くなっても二話で終わると思います。

 ちなみに第四階層はまた別のこと、第四章後半部分における最大の山場があります。



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