4−25 巣窟
第一階層と異なり、第二階層は洞窟のような場所であった。まさか砂漠の真下に洞窟があるとは思えなかった。
「くっ⋯⋯!」
──否、そこは『死者の大地』の下に作れるような空間ではない。
エストの体内から魔力が消え去り、代わりに白色の魔法陣が展開される。それは近くの岩を軽々しく持ち上げて、後方に投げ飛ばした。
岩は、全長8mほどの蛇に類似したモンスターの頭部を叩き潰したが、その死体をものともせず、また別の、様々なモンスターはエストたちを追跡してきた。
「あんなの、どうしろっていうの⋯⋯!」
エストが愚痴をこぼすのも無理はない。何せ彼女を追い掛けて来るモンスター共の数は比喩でも何でもなく無数。殺しても殺しても減ることのないモンスターたちが、暗闇より現れ続けるのだ。
「⋯⋯!」
さてどうしようか。現状を打破できる手段を考えていたエストは、洞窟の岩壁を見て思いついた。
「〈爆裂〉!」
前にも似たようなことを経験した。九体の破戒魔獣に追われて、対応することが不可能な状況下で、撒くために行ったことだ。
赤色の魔法陣は魔力を純粋なエネルギーへと変換し、そしてそれを暴走させる。エネルギーは高熱を帯びると、爆裂が発生した。
岩壁の一部が爆裂によって破壊され、岩雪崩を引き起こす。岩雪崩は後から追って着ていたモンスターを叩き潰すなりして数を減らすと同時に、通路を妨げた。
だが通路は完全には防ぎ切れなかった。少しだけ上側が開いており、時間稼ぎにしかならないだろう。
「今のうちに⋯⋯」
今のうちに、完全に撒ける場所を探さなくてはならない。ない⋯⋯のだが、
「⋯⋯あれ?」
──エストの周りには、誰も居なかった。いつの間にか彼女は、皆と逸れてしまっていたようだ。
「──」
不味い。そう、非常に不味い。
『始祖の魔女の墳墓』とは、予想外の意味で名ばかりだということが第二階層で判明した。おそらくこの洞窟は幻覚なんかではなく、本物の洞窟である。
「第一階層から第二階層に降りたときにしたのは⋯⋯転移魔法の感覚。まさか墳墓内に人工の、それもこんなにも大規模な洞窟なんて作れるはずがないしね」
転移には独特の感覚が伴う。転移魔法をよく行使するエストだからこそ、その感覚には敏感であった。
「転移直後は纏まっていたはずだから、逃げている最中に逸れたってわけね」
であれば、エストの居場所を知覚できるレイが、すぐに彼女の元に転移してくるはずだ。問題はナオトとユナの二人である。
「レイと一緒に居る⋯⋯とは、楽観的すぎるかな」
エストが孤立したように、纏まって逸れたなんて考えない方が良いだろう。最悪の事態──全員がそれぞれ孤立している、と想定しておくべきだ。
「死ぬわけがないとは思うけど⋯⋯何があるか分からないね」
『死者の大地』で始原の吸血鬼に襲われたばかりだ。あれに匹敵する化物が、この『始祖の魔女の墳墓』に居ないとは限らない。
どちらにせよ、やることは変わらない。一刻も早く合流を目指すべきだ。
「⋯⋯来ないね」
皆と逸れてからしばらく時間が経過したと思うのだが、まだレイは転移して来ない。
「転移してくる暇さえないのかな」
そういえば、どのような原理でレイはエストの居場所を知覚しているのか。
エストは脳内にある無数の記憶の引き出しから、それに関する知識を取り出した。
「⋯⋯たしか、契約した主の居場所は、魂の繋がりによって判明するんだっけ」
だとすれば主、この場合エストからでもレイの居場所が分かりそうなものなのだが、どうやらそれは無理らしい。それが契約に関する理であるから、だろう。納得いかないものだが、そうだと思うしかない。
「⋯⋯というか、隠れられそうな場所ないの不味いね」
記憶を思い出しながら隠れられそうな場所を探していたとは言え、見つからないのはエストが見落としをしているわけではない。
「どうしよう。流石の天才でもあり秀才でもある私の力を持ってしても、あの大群は殲滅し切れないんだけど」
さりげなく、しかも自分以外に誰もいないと言うのに、エストは自画自賛をしつつ、現状に嘆く。
数は力。この世界では例外を除けば、基本的に多数の方が勝利をもぎ取る。例外と言えば魔女対人間のような、そこに圧倒的な力の差がある場合である。
しかしどうやら、この洞窟内のモンスターはかなり高い戦闘能力を有しているし、数も数百やそこらではない。
「千五百くらい⋯⋯まあ、パット見だから誤差百くらいだとしても、ふざけてるとしか思えないね」
これが人間であれば、容易く葬れるのだが、相手はそんな人間より圧倒的に強いモンスターだ。しかし、だとしても千五百くらいのモンスターであれば、少し疲れるとしても負けることはない。一番の問題なのは、
「あれ、全部無限に湧いてくるから、そのうち私の魔力が尽きて死ぬんだよね⋯⋯」
既に五百近いモンスターを殺しているのだが、数は一向に減っている気がしない。洞窟内ではある種の生態系が造られているのだが、それにしては数が多すぎる。
「ここのモンスターは今、自然増殖と魔法増殖の二つの方法で増えている可能性が高い⋯⋯」
幸いにも、強力なモンスターほど自然には増えづらいために、殆どのモンスターは弱小だ。希に強力な種族も現れるが、エストにとっては大差ない程度である。
「つまり、モンスターを全滅させるなら召喚魔法陣を全て壊す必要がある。もう一つの方法は、皆と合流してさっさと下の階層へ続く階段を探す⋯⋯うん。どっちもどうやってするの?」
第一階層がそうであったように、魔法陣はどこにあるかなんて一切わからない上に、ここも、無限とまでは行かずともかなり広い洞窟だろう。
魔法による空間探知も魔力消費量が激しく選択肢外。自力で探そうものなら時間がかかりすぎるし、なによりその間もモンスターの相手をしなければならない。現状、消耗戦になることは敗北を意味するのだ。
「──レイはまだ来ない、か。これは、本格的に何かあったと思うほうがいいのかも」
エストは自分の従者の事を一瞬憂うが、すぐさまそんな場合ではないと気づく。
「⋯⋯ああ、もう突破したのね」
爆裂を引き起こした場所に魔法で仕掛けていたトラップが発動した。
「⋯⋯無数。無限に増える⋯⋯あれ?」
何気なく口にした自分の言葉で、エストはそこに違和感を覚える。
「⋯⋯そう、だよね。殺しても殺しても減らないということは、無限に増えているということ。自然増殖なんて、短時間で爆発的に行えることじゃない。だから、あのモンスターは召喚魔法によるものが大半」
普段から召喚魔法が作動しているわけではない。最初こそ、エストを襲ってきたモンスターの大半部分は自然の個体だろう。だが、そんな自然個体を殺し尽くした今なら、きっと襲ってきている個体は召喚個体であるはず。
「だったら、どうして──数が一定なの?」
上で見た魔法は、エストが知らない魔法が組み込まれた、不可能だとされている合成魔法であった。そのため、魔力の供給源が近くになくとも、あるいは魔力さえ必要なしに発動するようなのだ。
であれば、どうして全体の個体数がある一定以上を超えない?
まさか自然環境に配慮して、ではないはずだ。極論、侵入者を発見次第洞窟内をモンスターで埋め尽くし、侵入者を窒息死させるなり、押しつぶすなりできるのだ。なぜ、それをしない?
「⋯⋯今更倫理を重視する相手だとは思えないし、まあ、多分⋯⋯召喚には上限数があるから」
エストに襲い掛かってきている千五百体。そしてレイ、ナオト、ユナにも同じくらいのモンスターが襲いかかっていて、更に洞窟内に残るモンスターも少なくないはずだと考えると、おそらく上限数は最低六千体。多く見積もれば一万体だ。
通常の召喚魔法であれば、召喚数自体には制限はない。魔力に比例して召喚数は変動する。だがここの召喚魔法は、自動発動である代わりに制限があるのだろう。
「そしてモンスターのカウント方法は、生き死ににあるだろう。だったら」
であれば、対策方法も自ずと思いつくものだ。
「──モンスターは殺すのではなく、拘束すれば良いってわけだね」
モンスターの召喚数には上限が設けられており、その召喚数のカウントはモンスターが生きているか死んでいるかで判別される。つまり、モンスターを殺さずに無力化すれば、召喚数は上限のまま、安全に洞窟内を探索できるというわけだ。
「⋯⋯まあ、拘束も一苦労なんだけど」
殺すのは簡単だ。命なんて簡単に散らせられる。殺すことほど単純で、楽で、簡潔なことは早々ない。
しかし生かすことは難しい。それも拘束するとなれば、より一層難易度は上がる。
「拘束魔法か⋯⋯あんまり使ったことないけど、何とかなるでしょ」
しかし全てを拘束する必要もない。拘束している間に下に続く階段を発見できればそれで良いのだ。
三人とは、モンスターを拘束していればそのうち出会うだろう。
「っと⋯⋯」
対処方法を思い浮かんだ直後、タイミング良くモンスターたちの群れが現れた。数は変わらず、千五百体ほどだ。
「黒魔法はあまり得意じゃないんだけど⋯⋯私よりこれが使えるのは、知る限りアイツ一人しか居ないんだよね」
エストの背後に、いくつもの同じ黒色の魔法陣が展開された。その魔法名は、〈上位麻痺〉と言い、純粋な麻痺系魔法ならば最上の種類だろう。
「さあ⋯⋯行こうか!」
◆◆◆
「──ん!」
意識が朦朧とする。何も聞こえない。何も見えない。何も考えられない。五感が働いていないのだ。
「──さん!」
視界がボヤケてはいるが、少しずつ回復してきた。聴覚もハスキートーンしか聞こえないが、復活してきた。
「──イさん!」
目に光が入って、一瞬だけ視界が白くなり、やがてそこに色がつく。聴覚も完全に回復した。
「レイさん!」
ようやくレイの意識は覚醒した。覚醒したと同時に今まで麻痺していた五感全て働き始めると、彼は全身、主に背中に痛みを感じたのだ。
「ユナ⋯⋯さん⋯⋯ご無事、でしたか⋯⋯」
「あなたこそ! 回復魔法は使えますか!?」
──第一階層から第二階層に降りた直後、ユナたちは大量のモンスターに襲われたのだ。数が多すぎるため、すぐさま逃げたのだが、そのせいでどうやら四人はバラバラになってしまったらしい。
ユナとレイは何とか逸れずに逃げていたのだが、追ってきたモンスターがユナに岩石を投げた。レイが彼女を、身を挺して守ったのだが、ご覧の通り、レイは重症を負った。
「モンスター、は⋯⋯?」
「隠れられそうな場所があったので、撒きました」
重症を負ったレイはユナに担がれ、洞窟内でも崖となっている場所の、上の方に居た。自分の体重が羽のように軽く感じて、跳躍力もそれなりにあるユナにとって、レイを担いで崖を跳びながら登ることは容易とまでは行かずとも可能であった。
ここならしばらくは安全だろう。
「〈上位回復〉⋯⋯」
複雑に折れていた両足、抉れた腹部、粉砕された左肩、奇跡的に擦り傷程度で済んだ頭部が治っていく。魔人の生命力でなければ死んでいただろう。
「⋯⋯もう、大丈夫です」
先程までの重症が嘘かのように、レイの体は元通りになった。
レイは、決して軽症と言えなかったユナの傷も治癒すると、現状を確認する。
「⋯⋯エスト様、ナオトさんの二人と逸れてしまい、多数のモンスターに追われていましたが、今は何とか撒いた⋯⋯ですか」
「ええ。⋯⋯まずはエストさんとナオトさんとの合流、ですね。レイさんなら、エストさんの場所が分かるはずですよね?」
レイはエストと契約をしており、正式な主従関係にある。そしてこの世界において、契約関係にある場合、従者は主の居場所がいつでも分かるのだ。
ちなみに主が居場所を知られたくないと思い、その繋がりを切られることもある。
「⋯⋯え」
主側は、従者に居場所を知られないようにすることができる。しかし、今の状況でそれをするような主ではないはずなのだ、レイの主、エストは。なのに、
「エスト様の居場所が⋯⋯分からない⋯⋯!?」
「そんな⋯⋯」
これではレイは、エストと合流できない。
「──もしかして、絶たれた?」
ユナは嫌な想像をする。
エストとレイの繋がりが絶たれた。エストがまさか、そんなことをするような愚かな者であるはずがない。
ということは、もしかすると繋がりを絶ったのではなく、絶たれてしまったのではないかと。
「でも、そんなこと⋯⋯」
しかし、エストほどの魔法使いがそう簡単に死ぬとも思えない。少なくともここに居るモンスター程度だと、彼女を殺すことは非常に難しいし、仮にそれができたとするならば、彼女の魔力が切れたとき。つまりかなり時間が経ってからだ。まだ四人が逸れてから十五分も経っていないのだ。そんなことはあり得ない。
「⋯⋯いや、絶たれたというより、妨害されているような気がします」
「妨害、ですか?」
「はい。第三者、またはこの空間が私とエスト様との魂の繋がりを妨害しているような⋯⋯そんな感じです。完全に絶たれているわけではなく、本当に微妙にですが、まだ繋がりはあります」
電波妨害のようなものだろう。度々途切れ途切れになる感じで、完全に絶たれているわけではない。しかし、居場所が分かるほどではなく、おそらく離れられれば今度こそ完全に途絶えるだろう、そんな感じだ。
「⋯⋯すみません」
話が一段落したところで、レイは突然ユナに謝った。
「何が、ですか?」
ユナ自身、謝られる心当たりはない。むしろ彼女こそ助けられたことに感謝し、レイに怪我をさせたことを謝るべきだろう。
「私が能力を使いこなせていれば、あなたの手を煩わせることはなかったからです」
レイの能力『虚飾の罪』は、目に映る全てのものを消失させるというもの。欠点は他者には通用しないことであるが、それを抜きにしても強力な能力だ。勿論、ユナに投擲された岩石だってその消失させられる対象である。
しかしレイは、能力を獲得してからまだ日が浅い。咄嗟の判断で能力を行使することがまだできないのだ。能力の行使を無意識でできるほどにはなっていないのである。
「⋯⋯いえ、私に謝る必要なんて全くありませんよ。⋯⋯私の方こそ、すみません。そして、助けてくれてありがとうございます」
どちらが悪かったか、なんて言い合っても意味はない。
「──どういたしまして」
今は、生きていることを喜ぼう。そして、すべきことをすべきだ。
「エスト様との繋がりは、おそらく近づけば強くなるはずです。なので何とかエスト様とは合流できると思いますが⋯⋯」
問題はナオトだ。ナオトと、この広い洞窟内でどのようにして合流するかであるが、
「⋯⋯あ、今、いい方法を思いつきました」
それも、何とかなりそうだった。




