表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第四章 始祖の欲望
87/338

4−21 死者の大地

 黒の教団とモル厶聖共和国軍が裏で繋がっており、生者を用いた知能を持つアンデッドの創作計画の情報はすぐさま聖共和国中に広まった。

 そして防衛要塞での一件は、それを阻止すべく軍に反抗した五人と、総司令官並びに副司令官との戦闘だったのだと判明して、エストたちはすっかり聖共和国の英雄として扱われるようになったのは、あの一件の三日後のことだった。


「さてと」


 予定五日ほどの旅路のために用意した飲料水や食料品をバックに詰めて、それを魔獣──砂竜(さりゅう)と呼ばれる生き物に持たせる。

 砂色の全身は細いが、筋肉質。鱗も竜種らしくなく、どちらかと言えば乾燥した魚の鱗のようだ。翼は退化し、(ひれ)のようになっており、足は太く、特に筋肉が付いている。尻尾の先まで入れて、体長はおよそ3mほどと小柄だが、いざという時は人一人と、荷物をいくらか携えても余裕で自動車を追い抜き、砂漠を疾走できるだろう。

 合計四体の砂竜を用意したのは他でもない、『死者の大地』の中心まで、『始祖の魔女の墳墓』まで向かうためだ。


「気をつけてな。何かあっても助けられないし」


 そう言うのはマサカズ・クロイだ。彼はここ最近、死に過ぎてストレスが溜まり、遂には第二人格が出始めるという危機的な精神状態にあるため、少しの間お留守番することとなった。

 助けられない、という意味は、戦力的な意味では勿論ない。『死に戻り』ができないことによる、絶望的な状況の打開ができないことである。


「うん。十分に気をつけるよ」


 上位アンデッドでさえ軽々と蹴散らせる戦力だが、それでも数の力というのは圧倒的だ。『死者の大地』では死を恐れない化物が常に全力で襲ってくるのだ。いくら百十数キロで走れるとはいえ、油断すべきではない。


「⋯⋯帰ってきたら、一杯やろうぜ」


「死亡フラグ立てるのやめてくれないか!?」


 よくありがちな、帰ってきたら〇〇しようぜ、という死亡フラグだ。大抵、そんなことを映画とかで言えば、そいつは死ぬ。


「俺は心の底から吉報を待って、この五日間、涼しい宿屋でぐうたら生活でも送ってる。まあだから、頑張ってくれ」


「⋯⋯マサカズ、やっぱりお前大丈夫なんじゃないか?」


 ぐうたら生活と書いて、心のケアと読む。今のマサカズに必要なものだ。

 結構大丈夫そうに彼は振る舞っているが、その実、全然そんなことはない。物理的な傷ではなく、精神的な傷というのは、他者は勿論のこと、自分でさえ分かりづらいものだ。

 

「はいはい。雑談はそこまでにして、早く行きますよ」


 話の腰を折り、ユナはナオトに砂竜に乗るよう促す。

 砂竜の乗り心地は意外にも悪くなかった。人を乗せる訓練をしているようで、できる限り乗者への負担を減らすように動けるらしい。


「無事に帰って来いよ、皆」


 『死者の大地』へと向かう四人の背中を見届けながら、彼はそう呟いた。


 ◆◆◆


 モル厶聖共和国から離れて数時間が経過した。

 昼間であるというのに、この『死者の大地』、砂漠地帯を移動している理由は二つある。まず、アンデッドの最も活発になる時間帯が、日が落ちた直後からであるためだ。無論、だからと言って日中、アンデッドは活動しないというわけではないのだが、比較的その凶暴性は抑えられている。

 二つ目は、時間が惜しいから。

 現在、エストたちが置かれている状況はかなり厳しい。そのうちエストを超える力を手に入れるだろう魔王セレディナをとっとと殺す必要があるし、黒の教団の動きも怪しく、何か起こる前に対処しなくてはならない。何か起こってしまうときがあるとしたら、それはもうどうしようもない状況であるだろう。

 であれば、一刻さえ無駄にはできない。


「そろそろ休憩しよう」


 まだ出発から数時間しか経過していなく、幸運にもアンデッドたちとの遭遇率はかなり低く、特に支障もなく進めている。体力はまだまだあるが、それでも休憩を取るべきだと判断したのは、何が起こるか分からないから。

 足でもある砂竜の状態には、特に気をつけなくてはならない。というのも、この『死者の大地』において、アンデッドとの戦闘は可能な限り避けなくてはならないのだ。何せ、あちらの数は本当に無数と言っても良いほどで、一度囲まれてしまえば脱出が困難になる。追い打ちに『死者の大地』では、おそらく始祖の魔女の瘴気が微かとはいえ蔓延しているらしく、『始祖の魔女の墳墓』に近づけば近づくほどそのアンデッドの量も、質も上がる。いざという時に全力疾走できない、ということはあってはならない。

 ちなみに、飛竜に乗って飛んで行くプランも最初はあったが、飛竜だと消耗が激しく、オアシスなんてないこの『死者の大地』を超えるのには不向きで、何より、飛行する物体というのはよく目立つ。降り立とうとしたら下がアンデッドだらけ、なんて冗談にもならない。

 

「あの辺り何かが良さそうだね」


 エストが指差す方向には、丁度良い高さの丘があった。

 重力魔法で全員が丘上に行くと、そこでしばらくの休憩を取ることに決定。持ってきた日除けのパラソルを地面に突き刺し、影を作ると、暑さはかなり軽減された。

 高台ということもあり、エストは周りを見渡す。やはり殺風景であったが、同時にあることにも気づいた。


「アンデッドが少ないね」


 点々とは存在するが、目視可能な範囲には、それほど多くのアンデッドは発見できなかった。ただの幸運だと手放しで喜べるほど、エストたちの頭は空っぽでも、楽観的でもない。


「ここまで少ないと逆に不自然ですよね。それとも、これくらいが普通なのでしょうか」


 普段の『死者の大地』を知らないので、明確に現状がおかしいとは言えない。ユナの意見はもっともだが、それはアンデッドの性質を知らないから言えることでもあった。


「アンデッドは活動エネルギーさえあればいくらでも増えるから、この漂う始祖の魔女の瘴気を考えると少し異常なんだよね」


 アンデッドとは、言わば生命の成れの果て。魂を失った死体に、負のエネルギーが宿ることで発生する化け物。つまり死体がなければアンデッドは発生しないのだが、逆に言えば死体さえあれば、この『死者の大地』では無限に増えるだろう。

 そして、あの砂漠に点在する村々の潰滅事件によって、少なくない犠牲が出ているはず。それらの死体がどうなっているか。考えれば、今この辺りにアンデッドが少ないことが異常であることはすぐに分かる。


「考えたくないけど、アンデッド同士が殺し合ってるとかね」


 アンデッドの多くは、生者への多大なる憎しみを持っている。その存在意義を生者の殺害に見出しているのだ。

 しかし、ここは生者などほぼ現れない場所。殺害欲の捌け口がないために、遂にはアンデッド同士であるというのに殺し合いを始める。まさかとは思うし、前例もなければ、それまでの常識を覆す予想だ。しかし、ないとも言えない。


「⋯⋯どうして、考えたくない、んだ?」


 ナオトはエストの言葉に引っかかった。

 アンデッドとアンデッドが互いに殺し合う。たしかにそれは異常事態だ。しかし、それがどうして考えたくない出来事なのか。寧ろ数が減ってくれて、良いことなのではないか。


「アンデッドは非生命体だけど、魔力を有している。魔力は体内を循環するエネルギーで、質量がある。魔人がそうしたように、アンデッドも、相手の肉を、体を食らうことで魔力を得られるんだ。そして、魔力を多く有したアンデッドはより強力なアンデッドへと進化する⋯⋯ってわけさ」


 魔力を多く有する者は、身体能力も高いことが殆どだ。そしてこの無数にアンデッドが蔓延る『死者の大地』では、魔力なんかいくらでも集められる。その上瘴気なんていうものもあるため、より上位のアンデッドに進化しやすいだろう。

 ゲーム的に言うならば、そこら中にEXPが転がっており、放置していても勝手にレベルアップするような状況なのだ。


「なるほど。なら、より警戒しておくべきか」


 アンデッドの最上位種と呼ばれる吸血鬼やリッチだが、それらは所詮、普通の環境で育っただけのアンデッドに過ぎない。『死者の大地』で育ったアンデッドが、それら最上位種と果たして同等程度なのだろうか。いや、そうでない可能性のほうが高いに決まっている。


「今の私だと、始原の吸血鬼が現れればどうしようもないね」


 始原の吸血鬼。始祖の魔女と同系列に考えれば、それがおそらく吸血鬼の最初なのだろう。祖なる化物とは、ファンタジーものでは最強と相場が決まっている。


「そんなにヤバイ奴なのか?」


「レイ以外は多分瞬殺されるね」


 淡々と、それが当たり前と、軽くエストは言ったが、内容は胃痛がするくらい重い。


「私もまだこの力を使いこなせていないので、皆様を守れるかどうかは怪しいですから、遭遇したら逃げることだけを考えてください」


 虚飾の能力を得て、魔女に匹敵する実力を得たレイで、ようやく対処できるような化物。伝説のアンデッドが、始原の吸血鬼である。

 曰く、最強のアンデッド。曰く、一夜にして大国を滅ぼした化物。曰く、災厄の化身。

 まだ会話が試みれる分、魔女の方がマシかもしれない畏怖すべき存在だ。

 

「まあ、エストさんの話だと、そんな化物なんてそうそう生まれないでしょうし、気楽に行きましょうよ!」


 ユナはおそらく、本当にそう思って、何の悪気もなく、ただ口にしただけのつもりなのだろう。しかしナオトには、それが不穏の前触れのように聞こえてしまったようで、


「⋯⋯やっぱりマサカズ連れてくればよかったかな。ボク、死体としてアイツと再会したくないんだけど」


 マサカズの『死に戻り』の存在を知るナオトらからしてみれば、彼の突然の豹変=何かあったという指標のようなものだった。言ってしまえば危険探知機のようなものである。

 ナオトたちからしてみれば、彼らが経験したのはたった一回の人生だが、その裏に数多くの死があることを知っている。

 直接見たわけではない。直接知ったわけではない。あくまで間接的な認知に過ぎない。しかし、ナオトらはマサカズに、本当の意味で、命懸けで、何度も助けられているのだという実感は確かにある。


「ま、その時はその時だよ」


 何にせよ、事前にできる対策方法なんてもうない。覚悟するしかなく、何を言ったって何も変わらない。その時になるまで、何もできない。

 それから半時間ほど休憩し、出発する。


「⋯⋯」


 走るときの風圧や、巻き上げられた砂だが、砂竜種特有の『砂風除(さふうよけ)之加護』によって乗者たちに影響を及ぼさない。ただ視界だけには影響が及んでしまうようで、一度走り出してしまえば前方の状況が分かりづらくなる。

 砂竜は非常に賢く、方向さえ乗者が決定すれば、正確にその方向に走る。そしてその道中にある障害は自分で判断して避ける。


「⋯⋯?」


 突然、エストたちが乗っていた砂竜はその場に止まる。

 砂竜は賢い。だから目の前の障害を確認すると、自分なりにそれを越える方法を考え、実行する。

 では、目の前の障害が、乗り越えられないものならば?

 

「⋯⋯タイミングが悪いね」


 砂埃が晴れると、エストたちの視界にも奴らが映った。

 ──それらは、まるで影のようだった。真っ黒なローブを身に纏い、フードのようなものでその顔を隠す。生物感を全く醸し出さない雰囲気に、奴らが生きている存在なのかさえ疑わしい。

 数にして、二十。そう奴らは、世界を終焉に導く存在である黒の魔女を崇める教団、黒の教団だ。


「上司が殺されて御立腹、ってところか?」


 コクマーを殺された復讐だろうか。いやまさか、そんな仲間意識があるなんて、彼以外には考えづらい、それもこのような、無感情な下っ端に。

 ナオトの言葉に反応したように、黒の教団員はそれぞれ得物を取り出す。

 ナイフ、ククリ、スティレット、モーニングスターなど、多種多様かつ、確実に命を奪うものばかり。武器を統一しないことで、対処法を千差万別にするのを目的としているらしい。


「今更キミたち如きが、私たちを殺せると思わないことだね」


 白色の魔法陣がいくつも展開され、ほぼ不可視の斬撃がそこから飛ぶ。次元を裂く斬撃だ。当たればまず、その部位は真っ二つになるだろう。

 そんな凶悪な魔法が、何発も飛ぶ。

 斬撃は教団員を幾人か切り裂き、血飛沫でこの乾いた大地に潤いを与える。しかしながら今死んだのはおよそ十人前後。彼ら以外は皆、黒魔法でエストの白魔法を相殺したようだった。


「今のを防ぐとは⋯⋯」


 第十階級を相殺できるのは、同じく第十階級の魔法であるか、あるいはそれに相当する魔法能力を有している者。それが意味するのは、今生き残っている存在は皆、第十階級の黒魔法を行使できる存在であるということ。


「⋯⋯何か⋯⋯まあいいや」


 エストは彼らの魔法に違和感を覚えた。しかし、その正体が何であるかは分からない。

 中身は人間かとずっと思っていたが、そうでもないかもしれない。ならば死体を確認すれば良いだけだ。


「全員殺してから、考えよう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ