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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第四章 始祖の欲望
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4−20 虚飾の罪

 ──真っ赤な魔法陣が複数展開され、そこから弾幕のように、拳ほどのサイズの火球が飛ぶ。〈階級突破(オーバークラス)〉によって第十階級相当まで引き上げられたその〈火球(ファイアボール)〉は、転生者であるマイの魔法抵抗力を突破し、傷を与えるだろう。

 無数の火球を全て避けることはできない。閉鎖空間では、本来魔法は不利になるのだが、逆にエストはこの状況を利用し、圧倒的な魔力量に物を言わせ、物量作戦を決行したというわけだ。

 人間でありながら、魔力量に関しては間違いなく魔人を凌駕しており、魔女にももう少しで匹敵するほどだろう。更に、普通なら一つ、多くて三つか四つほどしか同時に魔法陣は展開できないというのに、エストはいくつもの魔法陣を展開していた。

 そんな化物じみた魔力量と魔法行使能力を有する彼女だからこそ行える力業でもある。


「キリがないですね」


 マイは火球をサーベルで掻き消すと、残滓の熱風を浴びて、鉄製のそれは段々と熱によって溶けつつあり、このまま耐えていてもいつか、サーベルは使い物にならなくなる。ジリ貧は確実だ。サーベルが使えなくなったとき、マイはきっと火達磨(ひだるま)になって、そのまま焼け死ぬだろう。

 かと言って銃を取り出し、エストを撃ち抜く暇もない。

 

「⋯⋯仕方ありません。現状よりかはマシになるでしょう」


 マイの立っている床に、赤色と青色の魔法陣が展開される。無詠唱でそれら二つの魔法は同時に行使されて、次の瞬間、小規模とはいえ熱風と衝撃が生じる。

 壁と天井が吹き飛び、閉鎖空間は一気に開放的になった。

 外の空気が流れてきて、炎によって熱されていた防衛要塞内は冷却される。

 レイ、マイの二人の体は黄色く、エストの体は白く光って、空を舞う。


「今度は空中戦ね」


 魔力量に関しては、マイはエストとレイに負けている。飛行機器がない今、ほぼ無限に飛べるわけではないのだ。こちらにしても、消耗戦となったが、先程よりかは遥かにマシであるだろう。


「空中でも、私が銃を外すとは思わないことです──ね!」


 デザートイーグルに酷似したそれの完全上位互換を取り出し、片手で持って照準を合わせ、引き金を三度引く。

 .50AE弾が発射されるが、エストは重力魔法によって弾丸を止めて、逆にそれを撃ち返す。


「無茶苦茶──」


 重力魔法による操作権の剥奪は、それを見切っていないとできない。つまり、エストは弾丸を完全に見切っていたというわけだ。

 しかし、マイも凡そ人がやったことを無茶苦茶だとは言えない。的確に返された弾丸を狙って射撃し、空中で衝突させ、無力化した。

 マイは懐からマガジンを取り出し、デザートイーグルのリロードを行おうとするが、それを好機と判断したのかレイが襲い掛かってくる。

 生半可な金属より硬い妖赤色鋼(スレチド)の鎌を、今の溶けかけたサーベルで受け止めることなんてできるはずがない。そして回復阻害の効果もあるため、この鎌で斬られることは避けなければならない。


「はあっ!」


 鎌による連撃を華麗にマイは躱し、銃口をレイの腹部に突きつけて、引き金を引く。

 弾丸がレイの体を貫通し、肉を抉る。激痛と衝撃が伝わり、力が一気に抜ける。


「がっ──」


 マイは更にレイに左足で蹴りを叩き込み、距離を離させる。

 だが、彼は人ならざる者。即死することも、ましてや気絶することもなかった。


「レイ!」


「大丈夫です⋯⋯エスト様」


 リロードを完了させたマイは、治癒魔法を行使しようとするレイを狙い、射撃する。しかし何重もの青色の半透明の障壁がそれを阻止し、銃創の回復を許してしまう。


「やはり数の差は面倒ですね」


「キミとはそれでようやく互角なんだけどね」


 魔法と銃の撃ち合いでは、すぐにどちらも回復魔法を行使して、何の決定打も得られない。


(消耗戦に持ち込めば⋯⋯勝てる)


(消耗戦になってしまうと⋯⋯負けてしまいますね)


 エストは自身にかかる反転した重力を大きくし、天空に高速で飛び上がる。レイもエストに追従した。


「──本当に、されて嫌なことをしますね」


 道徳の授業というものがこの世界にあるのかは知らないが、自分がされて嫌なことは人にするな、という言葉がある。ああ確かに、それは正しい。しかし、こと殺し合いの場において、自分がされて嫌なことを相手にするのは、基本中の基本だろう。

 マイはエストたちを追いかける。

 軽く時速100kmは超えているだろうスピードで、三者は飛行している。風を切る音がうるさいが、そのうち耳は慣れた。

 マイはエストとレイを追従しながら銃を撃つ。偏差を考慮したそれは的確に頭部を狙っていたが、しかし、展開された防御魔法によって、先程から何度も防がれていた。

 所詮は鉛で、一定の威力しか出せない。対物ライフルならいさ知らず、マグナムとはいえハンドガンだと火力が足りない。

 『創作之加護』も万能ではない。等価交換ができないのであれば、何も作り出すことはできない。無から有を作り出すことはできないのだ。だから、この手に持つデザートイーグルを対物ライフルに作り替えることはできない。弾丸を材料にするならばあるいは可能かもしれないが、継戦能力がなくなるだけだ。それでは本末転倒である。

 

「チッ⋯⋯」


 エストとレイは二手に別れて、狙いを分散させる。一つに固まっていれば爆発の攻撃魔法で一網打尽にできたかもしれないのに、魔法陣を展開するとこれだ。


(片方を狙えば、もう片方に攻撃され、撃ち落とされる。必ず、狙う隙を狙われる⋯⋯)


 消耗戦に持ち込まれれば負ける。かと言って積極的に攻撃しようにも人数差を上手く使われる。確かな実力差はあるが、その差を上手くカバーされている。


(──必ず、隙を狙われる?)


 マイは、分かっていてレイを狙った。デザートイーグルの照準を合わせ、銃器に宿った三種類の攻撃系魔法を全て行使する。

 弾丸は、マガジンからバネの力を利用して装填され、魔法を火薬代わりに活用し速度を得ると、バレルを通って発射され、赤色の魔法陣を通過すると、速度、回転数が増加し、爆発属性が付与される。

 暴力の塊は、鉛の塊はレイを襲う。生半可な防御魔法では容易に貫通するだろう。ならば、回避すれば良いだけ。

 短距離の転移魔法をレイは行使し、弾丸を避ける。


「〈獄炎(ヘルフレイム)〉!」


 そして予想通りに、エストが反撃してきた。隙を狙った一撃。避けることが難しいその炎は、きっとマイを焼き焦がすだろう。

 しかし、


「〈転移(テレポート)〉」


 予測できていたならば、回避は容易い。

 レイに弾丸を避けられることは予想していた。注意は、最初から彼には向いていなかったのだ。

 本当の攻撃対象は、エストであった。


「しまっ──」


 笑みを溢し、マイはデザートイーグルをエストに突きつける。

 回避不可。無詠唱でも、意識的な操作が必要な転移魔法の発動にはタイムラグがある。二者の実力差において、エストは無警戒の攻撃を回避することはできない。

 しかし、重力魔法で飛んでいたのが功を奏した。使い慣れた重力魔法は、ほぼ無意識のうちに操作できる。目の前にボールが飛んできたら思わず目を閉じてしまう反射行動のように、エストは自身にかかる重力の向きを変更し、何とか銃撃による致命傷を避けることに成功した。しかし、頭部から肩部に銃創の位置が変わっただけで、即死が重症に変わったに過ぎない。

 弾丸はエストに、これまでに感じたことのない激痛と熱さを(もたら)し、意識を削ぐ。


「くっ⋯⋯」


 人間という劣等種族であるがゆえの、耐久度の低さ。当たらなければ問題ないとはよく言うが、どうしても避けられない攻撃というのはある。

 一撃はエストの集中を乱し、魔法の効果を途切れさせた。変化していた重力の向きと大きさは元に戻り、彼女の体を地面へと激突させるように働く。


「エスト様!」


 レイが落ちてゆくエストを抱きかかえると、彼女は不鮮明な意識の中、レイの酷く焦った顔を見た。


「エスト様! しっかりしてください!」


 レイはエストに呼びかける。しかし、人として久しく感じた激痛に、エストは耐えられなかった。光と闇の狭間で、彼女の意識は混迷していた。だから、応えられなかった。


「まずは一人。あとは一体」


 必死に呼びかけるレイに照準を合わせ、無慈悲に彼女は銃を撃つ。弾丸は命を刈り取るべく回転運動を取りながらレイの頭部に飛んでいく。


「──」


 しかし、弾丸はレイに命中する直前で消失した。


「──は?」


 意味がわからない。

 防御魔法か? いやそもそも、あの魔人は今、魔法を使ったのか? 

 魔法陣の展開はなかったはずだ。無詠唱でも必ず展開されるそれをせずに、魔法の行使などできないはずなのだ。

 まさか外したとは思えない。不発弾ということもありえない。しかし、万が一ということもある。もう一度、マイは射撃する。だが、結果は先程と同じ。レイに命中するはずの弾丸は、命中する直前に消失した。


「⋯⋯」


 レイはエストの治療を終えると、彼女を安全な位置に転移させた。気絶状態の彼女には、魔法抵抗力がなかったからだ。

 そして、マイに向き合う。


「⋯⋯何をしたんですか。どうして私の銃が⋯⋯」


 レイには、この一連の不可解な現象に驚いている素振りが見えなかった。それ即ち、この現象に心当たりがあるということ。


「⋯⋯この国に来る前から、私は自身の体に、違和感を覚えていました。そして今、その正体を知った⋯⋯」


 言語化できない違和感。時期はそう、エルフの国での事件の後、エストと合流してからのことだ。


「──あなたでは、私を、殺せない」


「⋯⋯それは、どいうことですか」


 以前から、疑問だったのだ。大罪の魔人は死亡すると、その能力はどうなるのか。

 魔女の能力は、形は違えど次の魔女の力として継がれる。ならば大罪の魔人の能力も、他の魔人に受け継がれるのではないか。


「能力を完全に無効化するには、同じく能力を有しているか、あるいは大きな実力差がそこにあるか。その二つの方法しかありません」


 大罪の魔人に匹敵する実力を持つ魔人、レイ。そんな彼には、大罪を背負えるだけの土俵があった。


「感覚的に理解できますよ、この能力」


 おそらく、それは──『虚飾の罪』だろう。


「⋯⋯だから何だって言うんですか。あなたの力と私の力のどちらが高いかなんて、明々白々でしょう」


「ええそうです。⋯⋯しかし、それは先程までのこと。能力は戦技や魔法、加護の完全上位互換。加護を知るあなたならば、知っているはずですよね──加護には、副次効果として基礎身体能力の上昇があると」


 転生者は、転生時のボーナス+加護の副次効果によって、その人外じみた身体能力を得ている。転生時のボーナスのほうが上昇値としては高いのだが、加護の副次効果による上昇値も馬鹿にはできない。

 

「なぜ、魔女という種族は、大罪の魔人という種族は、先天的に能力を得た者は、どうして皆、身体能力が非常に高いのでしょうか?」


 能力は加護の完全上位互換。


「それは、能力にも、加護と同じように身体能力の上昇効果があるからです」


 副次効果の身体能力の上昇も、加護より多くて当然のこと。

 元より大罪に匹敵する力を有するレイが、もしその副次効果で更に身体能力が上昇したならば、その力は果たしてどれくらいか。


「今の私の力は、魔女としてのエスト様にも匹敵するでしょう。つまり、能力者でも、大きな実力差があるわけでもないあなたには、私の能力を無効化する術はない」


 レイが手にした能力、『虚飾の罪』は、イシレアのそれとは少し違っていた。同じところは、現実を改変できるということと、他者への直接的な干渉はほぼできないということだ。

 その能力の効果は、事実を、それは虚飾だったことにする。つまり、有を無にする力。限定的な現実改変能力だ。

 ──レイの瞳が黒く光る。


「っ!?」


 次第に、マイは苦しみだした。勿論、能力の都合上、直接レイはマイに干渉したわけではない。

 直接的な干渉ができないならば、間接的に干渉すれば良いだけ。


「どうですか? 酸素がない空間は」


 そこにあった酸素を消失させ、無酸素空間を作り出した。酸素が消失するその範囲からマイは何とか逃げ出し、呼吸する。


「チッ⋯⋯!」


 銃の残弾を全て撃つ。しかし、レイの前では、飛び道具など無意味。全て等しく、レイに命中する前に消失する。


「はあああっ!」


 ならば、と、マイは直接レイに体術を仕掛けた。

 他者への直接的な干渉ができないその能力は、マイの拳を消失させることができない。


「正解です。それがあなたのできる私への適切な対処方法⋯⋯ですが、あなたの力では、私には傷一つ付けられない」


 マイの音速を超える拳を、レイはそれ以上のスピードで避けた。


「終わりです」


 レイはマイの頭を掴み、そしてそこに魔法陣が展開される。

 紫がかった氷の槍が、マイの頭部の中で生成される。それは内側から脳味噌を掻き回し、頭蓋骨を破り、頭を破壊した。血は氷の冷気によって凍てつき、マイの体は彼女自身の血液で凍結し──死亡した。


「──あなたは、最初に私を殺しておくべきでした。そうすれば、私はきっとこの能力に気づかず、力を行使できなかった。『虚飾の罪』を取り込むことができなかった」


 エストを最初に狙い、レイを全力で殺すべきだった。それが、マイが勝利する唯一の道筋だった。

 もっとも、結果論でしかないが。


「⋯⋯と、そちらも終わりましたか」


 飛行魔法を解除し、防衛要塞内に戻ったとき、レイを迎えたのはボロボロになったマサカズ、ナオト、ユナの三人だった。


「まあな。⋯⋯で、エストはどうしたんた?」


 見当たらない人物を心配し、マサカズはレイに彼女の居場所を聞いた。


「こちらですよ」


 転移魔法を行使して、安全な場所で気絶していたエストが戻ってくる。まだ意識は戻っていないようだが、容態は悪くない。


「⋯⋯レイさん。どうかしましたか?」


 レイの顔はかなり疲れた様子だった。まあ、それもそうだろう。転生者であるマイと戦って、獲得したばかりの能力を何度も使ったのだから。


「⋯⋯少し、疲れたみたいです。大丈夫ではありますが⋯⋯」


 一難は去った。だが、ここからが本当に大変だろう。こんな騒ぎを起こしたのだ。まず間違いなく、マサカズたちは国家転覆の罪を疑われる。それを何とか沈静化できる情報があるとはいえ、多少の時間と労力は要する。

 

「でも今は、少し⋯⋯休みたいです、ね⋯⋯」


 突然襲ってきた眠気に、レイの意識は闇へと誘われる。

 それが能力の酷使による反動で、ただの気絶によるものであったが、そんなことは知らないマサカズたちは大慌てでレイチェルの自宅へ、エストとレイの二人を運び込んだ。


「──皆、本当に休まないとな」


 戦いは一旦終わった。少し、休むべきだ。

 第四章前半終了! 


 さて、多分この話を読んだ多くの人は、レイがどうして突然虚飾の罪の力を獲得したのか分からないことでしょう。

 なので説明しちゃいます。

 まず、大罪の魔人たちはそれぞれ、大罪の能力を有している。つまり大罪を背負っているのです。そして魔人が死亡すると大罪も消失する、なんてことはなく、大罪の力はそのまま残ります。というか能力全般がそうです。能力者が死亡しても能力の効果は消えない理由はこれです。

 で、どうして能力がレイに渡ったかと言いますと、これがとても単純。

 第三章でエストはイシレアとメレカリナを殺害したのですが、その際にエストは虚飾と憂鬱の能力を手にしています。しかしエストは魔人ではないので、魔人特有のその大罪の能力を発揮することはできず、持っているだけ状態となっていました。で、レイと出会った際に、エストの体内にあった虚飾の能力が彼に渡り、その力を得た、というわけです。

 ちなみにこれは後付け設定ですが、能力は獲得するだけでは効果を発揮しません。なのでレイもすぐには気づけず、エストを傷つけられたことによる怒りで無意識に能力を行使し、ようやく気づいたというわけです。

 また、魔人は、というか能力は一人につき一つしか所持できません。まあ、例外は作中に一人だけ居るんですけど、彼女以外で二つ以上の種類の能力を持つことは絶対にありえません。なのでレイは憂鬱の罪は獲得していません。まだエストの体内にあります。

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