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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第四章 始祖の欲望
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4−13 反逆者たち

 エストたちは、一旦レイチェルの家で匿われることとなった。

 流石にレネの屋敷ほど広くもないが、それでも宿屋や一般的な家屋と比べればかなり大きな家で、レイチェル一人だけで住むにはあまりにも広すぎる。しかし、今はそれが功を奏していた。


「⋯⋯この人たちが、新たな戦力か、レイチェル?」


 家に入ると、そこには十数人の人たちが居た。皆、屈強な男女であり、おおよそ一般人には思えない。


「そうです。⋯⋯私たちの、希望になり得ます」


 ホームパーティ、というわけでもないらしい。何やらただ事ではなさそうだ。


「希望?」


 話が見えてこない。たしか、レイチェルのエストたちへの願いは、彼女の両親の仇を取ってくれ、だったはずだ。そして仇とは軍部であり、今、エストたちを殺しにかかろうとしている勢力である。


「はい。私の、いや、私たちの目標を叶えるためには、圧倒的に足りないものがありました。それは力です」


 なるほど、たしかにそれは由々しき問題だ。いくら崇高な目標があっても、そして仮にそれが成すべきことであっても、衝突する勢力を打ち負かせるだけの力がなくてはならない。大義名分であったり、あるいは物理的な破壊を意味する力であったり。


「⋯⋯悪いが、それなら話には乗れないな。俺たちはある用事をしにこの国へ来ただけだ。軍との全面戦争なんて正気の沙汰じゃない。最初から勝てないと分かる戦なんてする気にはなれない」


 マサカズたちは、レイチェルの仇討ちに、まだ協力すると確定付けたわけではない。


「協力しないのに匿われるというのは虫が良すぎる話だから、今すぐここから出ていこう。期待させるだけさせて申し訳なかった」


 交渉決裂。『死に戻り』ができても、死を受け入れるわけではない。あの絶望感を、あの不快感を、そう何度も味わいたくはない。


「⋯⋯いえ、待ってください」


「⋯⋯匿う以上の条件を提示したって、俺たちは乗る気はない。俺たちはお人好しでもなければ、ましてや英雄(ヒーロー)でもない。死にたくないんだ」


 死を知る彼だからこそ、死への忌避感は人並み以上だ。

 命を懸けるだとか、死ぬ気で何かをするだとか、そんなのは死を知らない奴の妄言だ。死を知ってからも同じことを言えるのならば、賞賛に値する。少なくともマサカズには、心の底から、100%他人の為と言う理由においては、無理な話だった。


「俺自身の命は俺自身のためにしか使えない。十割他者のために使えるほど、俺は良い奴じゃない」


 自身を正当化したいがための理論武装。酷く冷たい態度。

 人を見捨てる。合理的に考えれば、それが間違っているとは思わない。しかし、倫理的に考えれば、それが間違っていることを、彼は自覚している。

 見捨てなければならない状況はあるだろう。だが、見捨てて良い状況はない。


「違います。少し、話を聞いてください」


 レイチェルは去ろうとするマサカズを引き止めた。それは懇願のようにも思えたのだが、実際それは違う。


「⋯⋯すまないな。少し、苛ついていたようだ」


 ようやく、マサカズは、レイチェルの話を詳しく聞かずに否定ばかりしていた愚かさに気がついた。

 ──死への恐怖。自身の精神の脆さ。確実に、マサカズの心は疲弊している。余裕がないのだ。


「⋯⋯私たちは、軍との全面戦争で勝てるはずがないなんてことは、とっくの前から理解しています」


 マイ、クアイン、その他にも手練が複数居たっておかしくないし、ただの兵だって、マサカズたちの元居た世界の現代技術を使いこなしている。まず戦力では、エストたちを入れても負けている。ここにいる屈強な男女が、全員転生者でもなければ、軍を潰すなんて夢のまた夢の話だ。


「なので、外からではなく、内側から攻撃すれば良いのです」


「内側から⋯⋯」


 外が硬いということは、大抵中身は柔らかい。つまり容易に破壊することが可能であるわけだ。


「何も軍を全滅させなければならないわけでもありません。軍の不祥事が表沙汰になれば、それで目標は達成される。私たちが望むのは軍の壊滅ではなく、罪を認めさせること。そして償わせることですから」


 軍内部に侵入し、そこで言い逃れができないような不祥事の証拠を取ってくる。そしてそれを表に公開するということだ。共和国であるこの国において、民意とは重要なものだ。トップは必ず軍に制裁を与えるだろう。もしそれがなければ、国が腐っていることが証明されるだけだ。

 問題は、軍施設、防衛要塞にどうやって侵入するかだが、


「──なるほどね。ようやく分かったよ。⋯⋯キミたちの作戦に、私たちはうってつけ。そういうことでしょ?」


「うってつけ? ⋯⋯ああ、なるほどな」


 エストとナオトは、レイチェルの作戦を理解したようだったが、生憎その辺りに関しては凡人であるマサカズとユナは全く分からない。


「どういうことですか?」


 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。迷うことなく、ユナはナオトに作戦について聞いた。


「そこの男女は⋯⋯おそらく軍関係者で、レイチェルの『内部から攻撃する』という発言。そしてボクたちは今、絶賛国中で指名手配されているお尋ね者。DEAD OR ALIVEなわけだから、勿論生きたまま軍に引き渡されてもおかしくない。ここまで話せば分かるだろ?」


 どちらにせよ死刑は免れないだろうが、捕虜として一時的にであれば防衛要塞内に侵入ができる。

 要塞内ならば、マイの飛行機器は使えないし、崩壊の恐れがあるため、あのライフルは使えない。大幅な弱体化は狙える。


「分かりました。⋯⋯それで、決行日は?」


「アンデッドたちが一番活発になる時間帯──今日の夜です」


 例外もあるが、アンデッドは生者を憎み、活動する存在だ。それは本能だろうか。一日の中で、一番活性化するのは生者が寝静まる──無防備になる時間帯、つまり、真夜中である。


 ◆◆◆


 ──真っ暗な世界は、虚無だった。人間の感覚器は、虚無は黒だと判断したようだった。

 その虚無の世界で、彼は見た。自分自身でさえ色がないというのに、()()だけには色がついていた。彼女は人間に近い容姿だったが、紅葉色の長い髪に、長い耳を持っていることからエルフだと分かる。彼女は真っ白い布一枚を羽織っただけであった。

 彼が知る一番美しいエルフは、今はもう亡きフェリシア王女だったのだが、目の前のエルフはそのフェリシアさえ超える美貌の持ち主だった。

 彼女は、彼の理想の女性そのものであった。

 思わず、彼は彼女に手を差し伸べたが、その瞬間──


「ほら、早く起きなよ」


 灰色の瞳に、長くてサラサラした髪。美男美女が何故か多いこの世界でも、一際美しいどころではないほどの美貌は同性でさえ魅了する。真っ白な肌とその顔つきは、大貴族の令嬢を思わせるし、それは間違っているわけでもなかった。可憐さと妖艶さの両方、子供と大人の間の魅力を持った彼女の姿は、創造されたものだと言われても納得するしかない。

 まさに眼福というものだ。


「⋯⋯ん」


 もっとも、そう思うのは、彼女の外側だけ、つまり外見だけしか知らない場合のみだ。生憎、マサカズは彼女の性格や価値観を知っているため、魔法や能力でも使わなければ魅了されることはない。

 マサカズは横になっていた体を起こす。


「頭いてえ⋯⋯何か長い夢を見ていた気がするんだが⋯⋯」


 覚えている夢の一部は、虚無の空間であのエルフに手を差し伸べるところだけだ。その他にも何か、凄く長い夢を見ていた気がするのだが、マサカズはそれを思い出せない。

 夢は、起床後五分くらいであればかなり覚えているはずなのだが、一割も覚えていない気がする。

 忘れてしまった、というより、思い出そうとしたが思い出せなかった、と言ったほうが、今の彼が感じているものは表せられる。


「エストの能力って、本人が忘れた記憶も視れるのか?」


「勿論。魔法でも同じことはできるけど、やる?」


 記憶操作の能力は、対象の深層心理まで視ることができる。あくまで視るだけであり、それを瞬時に理解できるかどうかは本人の脳力による。ことエストに関しては、それが可能だ。


「お断りだ。魔法の記憶操作なんて精度悪いし、下手したら狂人になるだろ」


 マサカズはごく自然に、そんなことを言った。


「⋯⋯よく知ってたね」


「⋯⋯え?」


 記憶操作の魔法は第十階級の魔法だ。魔法使いでさえその存在を知る者自体少ないというのに、魔法使いでもないマサカズが知っているのは少し驚きだ。


「⋯⋯マジか。多分今の、俺のゲームの記憶だ」


 寝ぼけていて、マサカズは、彼が元の世界でやっていたゲーム知識を、現実世界で使ってしまったのだ。しかしそれがどういう偶然か、この世界の魔法と同じ効果を持っていた、というわけだ。


「⋯⋯ってそうだ。前々からこの世界の言語を、エストの能力で俺たちが理解できるようにして欲しかったんだ。それなら別に問題ないはずだろ?」


「え、うん。まあ⋯⋯それなら記憶を視る必要はないしね。分かった。約束するよ」


 寝ぼけていた脳内を晴らしていき、脳を活発化させる。


「起きたか。悪いが、少しの間手を拘束するぞ」


「うん」


 エストたち五人の両腕を、協力者たちは縄で括って行く。強めに結んでおり、解くのには少し力と時間が必要なほどだ。

 そして軍人複数人とエストたちは、連行を装ってそのまま防衛要塞まで歩いた。


「入れ」


 防衛要塞の監視兵に、エストたちを拘束したという情報を流すと、中に入ることを許された。

 エストとレイは優れた魔法使いだ。無詠唱の魔法行使もできるため、マサカズたちより付いた警備兵の量は多く、銃器を複数突きつけられているが、順調に進んでいる。


「⋯⋯っ」


 このままどこへ連れて行かれるのか。死刑台かと思っていたのだが、実際はそうではなかった。

 連れて行かれたのは、マイの部屋だった。

 部屋に通されると、当然だがそこには部屋の主が立っていた。先程まで外を見ていたのだろう。彼女は首をこちら側に向けてはいるが、体は完全に向いていなかった。

 最初こそ、美少女の日本人という印象を持っていたマサカズだったが、今では、そのピンク髪の少女は忌むべき存在へとなっていた。


「ご苦労様です。これからは私一人で十分ですから、あなたたちは直ぐにここから去りなさい」


「はっ⋯⋯」


 エストたちをここまで連れてきた、協力者以外も含む全兵をマイは部屋から退出させた。しかも、その上、エストたちの拘束を解除した。


「⋯⋯なんのつもり? 今ここで暴れてもいいの?」


「あなたや、あなたの従者は無詠唱で魔法を使うことは容易でしょう? なのにそれをしないということは、魔力がないから。⋯⋯仮に魔力を残していても、私はあなたたち全員を一人で相手にして、殺すことができますので、ね」


 間違っていない。現にエストたちは、マイに二度全滅させられている。この閉鎖空間でも、マイから命からがら逃げ出すことはできても、彼女を殺すことはできないだろう。


「⋯⋯それで、要件ですが⋯⋯あなたたちに一つ、聞きたいことがあるのです。回答次第では、あなたたちの罪を無罪にしましょう」


 どうせ碌でもない質問だろう。だが聞かずに断るのも愚かだ。


「奴隷とか、嫌だよ?」


 ましてや性奴隷など絶対嫌だ。


「奴隷だなんて、それもいい考えでしたね。⋯⋯でも、残念ながら違いますよ」


 その答えを聞いて、皆は胸を撫で下ろした。しかし、それは一時的な安堵に過ぎなかった。


「──私たちの計画に、協力しませんか?」


「⋯⋯計画?」


 ふと、周りの音が消えた気がした。防衛要塞内に居る生命体が、まるでこの部屋に存在する六人だけになったように、不自然なくらい静かだ。

 マイから放たれる威圧感がその原因であるかのように思えたが、それは違った。


「防音魔法⋯⋯」


 部屋の内部に、音を一切通さない魔法の壁が展開されたのだ。それがこの不自然な静けさの原因である。


「⋯⋯私たちは、黒の教団と手を組んでいるのです。ある目標のために」


 マイは目を細めて、いつでもサーベルを取り出せる体制になって、そんなことを言った。

 黒の教団。計画。ある目標のため。不穏なワードが羅列されて、エストたちの恐怖心を煽る。


「⋯⋯目標は?」


「それは答えられません。協力すると答えれば、話は別ですがね」


 それ以上の情報を渡してくれるほど、マイは馬鹿ではないようだった。こちらから何か言わなければ、交渉はこれ以上進まないだろう。


「⋯⋯断る、と言ったら?」


「処分します」


 殺すとは言葉にしなかったことに、エストは違和感を覚える。

 処分。その言葉の意味は何だろうか。だがどちらにせよ、協力することは、


「──生憎、私たちの目標は黒の教団を、そして黒の魔女を殺すことなんだよね。だから⋯⋯断る」


 考えられない。


「⋯⋯そうですか。残念です──ねっ!」


 マイの動きに、そこに居た誰も反応できなかった。

 エストの体が倒れる。マイのサーベルの剣尻の部分で、彼女の鳩尾(みぞおち)を狙って殴ったのだ。

 衝撃に耐えられずに、エストは気絶した。


「エスト様──」


 レイも、マサカズも、ナオトも、ユナも、そのあと一瞬で、エストと同じようにして気絶させられた。


「交渉決裂⋯⋯まあ、いいでしょう」


 殺しても構わなかったが、気絶させられるならそうした方が良い。何せ、


「あなたたちであれば、より強いアンデッドに成れるでしょうし」


 マイたちの計画のためにも、アンデッドの数が少しでも多く欲しいのだから。

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