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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第四章 始祖の欲望
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4−11 犠牲

 レイとテルムの二人と別れてから数分後。エストたちは『死者の大地』を走っていた。

 無数に存在する不死者(アンデッド)たちを、可能な限り体力や魔力を温存しながら処理しており、このままのペースであれば、夕方頃には『始祖の魔女の墳墓』にはたどり着けるだろう。


「⋯⋯」


 唯一、心残りなのは、やはりレイとテルムのことだ。

 しかし、それについていくら思ったところで、何も変わりやしない。無駄でしかなく、何なら不注意を招く原因になり得る。

 二人は大丈夫だ、と考えるようにして、不安を忘れる。


「⋯⋯! 〈防壁(バリア)〉!」


 常に警戒状態だったエストは、後ろから接近してくる対象の存在にいち早く気づき、対象からの攻撃を魔法を行使することで防御しようとした。

 だが、その攻撃は今のエストの魔法能力では受けきれないほど威力が高く、即死はしなかったが、受けた本人は両腕が脱臼し、およびに手の部分全体の、皮膚が焼け焦げる重症を負ってしまった。


「エストさん!」


 対物ライフル並の破壊力を持つ魔法武器による銃撃。しかもその銃撃にはプラスで爆発効果を付与することも可能だ。考えたくないほどに、それは最強にして最凶の対人間兵器になっていた。


「全く⋯⋯どうしてここに居るってバレたのかな?」


 普通に考えて、『死者の大地』に逃げたなんて考えつくはずがない。仮に考えついたとしても、もう少し時間はかかるはずだ。それがどうして、こんなにも早いのか。


「⋯⋯さあ。どうしてでしょうか? 答え合わせは墓場の前でしてあげますよ」


「へえ。墓場を作ってくれるんだ。⋯⋯それがキミ自身のものなら、嬉しいよ」


「それは面白い冗談ですね。⋯⋯っと」


 戦技〈一閃〉を行使して、マサカズは呑気に喋っていた空中に居るマイ目掛けて、聖剣を斬りつけた。しかしマイは転生者で、マサカズは転移者。両者には確実な身体能力の差があり、簡単にサーベルで受け止められる。


「⋯⋯〈十光斬〉!」


 重力に従って地面に落ちていくより先に、マサカズは二つ目の戦技を行使した。勿論マイ自身を狙った斬撃は全て弾かれたが、彼女の狙撃銃を狙った斬撃までは対処できなかったようで、マサカズは魔法武器の破壊に成功する。


「──」


 さらにレッグホルスターからマグナムを取り出そうとするのだが、それらをマサカズは皆に事前に伝えていたため、ユナが反応し、弓を射ってマグナムを落とさせた。

 銃器二つを失ったことで、マイの得物はサーベルだけとなった。しかし、


「ぐっ⋯⋯!」


 マサカズの腕が斬り飛ばされた。いや腕だけで済んで良かったというべきだろう。何せ、本当にマイが狙ったのはマサカズの胴体を切断することだったのだから。

 マサカズは地面に落ちるが、すぐさまエストの回復魔法によって切断された腕が復活した。回復魔法の反動が少し辛くて、血が一気に抜けたような感覚を覚えるが、十分に意識はあり、戦うことはできる。


ThankYou(ありがとう)、エスト」


 かなり流暢な英語でマサカズはエストに感謝を示す。おそらく、エストは知らないはずの言語だが、ニュアンスは理解していたようだ。

 マイが降りてくる。得物が近接武器だけになった以上、接近する他ないからだ。


「消え──っ!?」


 マイが体を前方に倒したかと思えば、一気に加速して次の瞬間、エストの目の前に現れていた。マサカズたちは全く反応することができないほどのスピード。前回の戦闘時は全く本気ではなかったということだろう。


「っ⋯⋯」


 本当にギリギリの所で、エストの真っ黒い剣の魔法武器の創造は間に合った。カキンっ、という金属と金属が触れ合う音が響くが、エストの体が仰け反った。反射できても、その攻撃を完璧に受け止めきれるわけではなかったようだ。


「遅くて、殺意が見え見え。そんなんじゃ隠密の意味はないですね」


 ナオトは影化してマイの影に入り込み、完全に無音の不意打ちをした。しかし相手は殺気を読むなんていう離れ業をして、気づかれた。


「⋯⋯は?」


 ──遅すぎる攻撃だったが、マイはそれを弾けなかった。その短剣の軌道を見誤るなんて素人みたいなことをしたわけでもない。たしかに軌道は見切っていた。分かりやすすぎるほどだった。

 なのに、マイは胸に灼熱の痛みを感じた。


「遅くて、殺意が見え見えな相手でも、油断はしちゃあならない。餌の中には、もしかしたら針が隠れているかもしれないからな」


 マイは胸の傷を押さえながら、一旦距離を取る。


「幻像⋯⋯!」


「ご名答。もう少し時間があれば、気づいたのにな?」


 ナオトは幻術系戦技を行使して、幻の腕を相手に見せたのだ。本来、ナオトとマイほどの実力差があると簡単に見破られるのだが、それが幻術であると見破るには、接近され過ぎていた。


「ボクだって馬鹿じゃない。スピードでもパワーでも勝てないなら、あとはテクニックしかない。⋯⋯魔毒のお味の感想を聞きたいんだけど?」


 ナオトの短剣は魔法付与(エンチャント)されて、常に魔毒を帯びている。


「魔女をも苦しめる、魔王セレディナが創作した特別な魔毒の模倣(コピー)だ」


 エルフの国の一件の後、レネに前々から頼んでいたもの。エストの体を一度蝕んだ魔毒を解析し、創り出した毒系の魔法。

 コピー品とはいえ、魔女という膨大な魔力を有する存在でさえ死を危ぶむ魔毒のものだ。魔法使いではないマイの体だと、どれくらい耐えられるだろうか。


「⋯⋯魔法付与(エンチャント)された魔法を行使する場合、それの所持者の魔力を消耗することになることが玉に瑕だがな」


 魔法付与(エンチャント)された武器と、魔法武器は似ているようで全く違う種類だ。

 魔法付与(エンチャント)武器は、それに魔法そのものを封じ込めており、魔力さえ消費すれば封じ込められた魔法をいつでも何回でも使えるようにするもの。

 魔法武器は、武器そのものを魔法によって強化したものである。


「だから、その魔毒は一日に一回しか使えないってわけだが、相手が格上だろうと致命傷を与えうる技でもある」


 幻術と魔毒を駆使した、卑怯とも思えるほど凶悪な即死コンボ。魔女クラスでさえ重症となる攻撃性を持つ。


「⋯⋯これはこれは、非常に不味いですね。ですがどうやらこの魔毒は遅延性のようです」


 もう二つ、これには弱点があった。一つは、魔毒は効くまでに時間がかかるということ。そしてもう一つは、魔法の効果は能力とは異なり、魔法行使者が死亡すると、その魔法は無条件に解除されるということ。

 ナオトは魔法使いではない。可能な限り魔力消費を抑えられたその魔毒を創造する魔法だって、一回行使することがやっと。つまり、生命活動に必要な魔力しか残らないのだ。

 魔力とは生命力の一種だ。一気に失われてはいけないものである。


「頭痛に吐き気、目眩⋯⋯ああこれが魔力を一気に消耗したときの反動か──!」


 マイのサーベルによる斬撃に、ナオトは直撃しなかった。だが、防御するために前に出した短剣は弾かれ、その衝撃が今の弱った脳に伝わって、脳震盪にも似たことを引き起こされる。


「〈瞬歩〉」


 マサカズは戦技を行使して、気絶したナオトを抱えて、マイの斬撃から救い出した。だが体制を崩して、マイの追撃を躱すことは難しいだろう。


「〈剛射〉!」


 ユナの弓による射撃が行われる。矢はとてつもない破壊力を有したままマイに飛んでいくが、彼女はサーベルで矢を切断して無力化した。

 

「⋯⋯万が一逃げられる可能性を考えて、できるだけ手の内を見せることはしたくなかったのですが⋯⋯仕方ありませんね」


 何か来る。戦技か? 魔法か? 

 手の内。つまり奥の手。しかし逆に言えば、奥の手を見せざるを得ないほど、追い詰めているということでもある。

 これさえ耐えきれば、転生者であるマイに勝利できるかもしれない。


「⋯⋯嘘、だろ⋯⋯」


 ──もっとも、そんな勝利への道筋は、ただの夢物語であったのだが。

 マイは、破壊された狙撃銃を、一部拾っていたのだ。そこまでなら、なんの問題もなかった。絶望は、そこから先のことだった。


「ここまで追い詰めたご褒美に、私が授かった加護のうちの一つをお見せしましょう」


 破壊された狙撃銃の一部は、まるで粘土のように形を崩して、そして別のものの形を作った。


「『創作之加護』と言いましてね。材料さえあれば、私が思い描いたものを簡単にこうして作ることができる加護です」


 マイは、『創作之加護』で拳銃を作り出した。それはマグナムではなく、自動火器(オートマチック)。その中のマシンピストルという種類である。


「Glock⋯⋯18c」


 見た目はそれに近い。だが反動がないため、性能は本物の完全上位互換だろう。

 マイはその引き金を引くと、ジャムすることなく、マサカズとナオトに弾丸が連射された。


「え⋯⋯」


 マサカズの体は、その場から離れた。ナオトに突き飛ばされたのだ。だから、命拾いした。

 次の瞬間、気がつく頃には、先程まで生きていた彼の体には無数の穴が空いており、そこからは今も血が流れ出ている。着実に彼の体は冷えて、硬化していっている。

 誰がどう見ても、彼が即死したことは分かった。


「⋯⋯」


 手を、伸ばしていた。だが届きもしなかった。

 ──無力。

 目の前で、ナオトは殺された。

 ──現実。

 俺は、何もできなかった。

 ──絶望。


「っ!」


 歯を噛み締め、目を見開き、絶望を憎悪へと換える。


「マサカズ! 駄目──」


 エストの静止なんて、彼には届いていなかった。

 聖剣を握りしめて、大きく振りかぶって、体への負担なんか考えずに複数の戦技を同時に行使する。


「〈十光一閃〉っ!」


 マサカズはマイに聖剣を振るう。

 十の閃光がマイを襲ったが、彼女は無情にも、たった一本のサーベルでその全ての力を受け流すと、二人の周りに衝撃波が生じた。


「⋯⋯あなたの全力は、この程度ですか?」


 マサカズの戦技を駆使した渾身の一撃より速く、マイは純粋な彼女の筋力だけでサーベルを振る。

 反応する暇もなく、マサカズの首には綺麗な断面が作られた。


 ◆◆◆


 眠りから覚める感覚と、死から戻ってくる感覚は似ている。

 死亡直後、マサカズは暗闇の中に居た。手と足、いや全身の感覚がそこではなくて、今、体を動かしているかが判断できなかった。

 不思議と、不安はなかった。かと言って安心があるわけでもなかったのだが。そう、この空間では、何も感じられない。何も感じられずに、何も考える必要がなかったのだ。

 まるで、虚無の空間だった。

 しかし、虚無は永遠には続かなかった。やがて光がそこに差した。光は目が焼けそうなくらい強くて、真っ白な光だった。視界の全てが──この空間の全てが照らされた。


「──」


 マサカズはようやく、意識を取り戻した。


「⋯⋯()()()()()のか?」


 そして、目の前にいる少年の姿を見た。生きている。


「ああ」


 ああ、駄目だ。どうしてこんなにも冷静なのか。普通ならもっと叫んでいいはずなのに。叫ぶべきなのに。泣き喚いていいはずなのに。泣き喚くべきなのに。

 死に慣れるということは決してなく、死んでも何も思わないということは精神が殺されているということ。

 どうやら彼の精神は、彼が思っている以上に脆くて弱くなっているらしい。なぜなら、たった一回の『死に戻り』で、ここまで傷がついているのだから。

 まだ回復できる。だがそれは十分な休養を取った場合の時のみだろう。

 勿論、彼にはその十分な休養なんて取る暇なんてないため、このまま『死に戻り』を繰り返せば、そのうち精神は完全に死んでしまう。回復しなくなってしまう。


「⋯⋯ああ」


 そう、だから、マサカズは、というより、彼の自己防衛本能は、


「──」


 脳をシャットアウトすることで、休養を取ろうと判断した。


「マサカズ!?」


 これまでに積み重なってきた『死に戻り』の精神的疲労が、ついに彼のキャパシタをオーバーした。

 マサカズの体が、無気力に地面に倒れようとした。だが、彼は、もう少しで倒れるところで、踏ん張る。


「⋯⋯っにしてんだよ!」


 いきなり、マサカズは大声を出す。


「⋯⋯クソ⋯⋯ああ、もう⋯⋯なぜ怖がっているんだ。恐怖しているんだ。逃れようとするんだ。死から」


 そうだ。皆を破滅の未来から救い出せるのはマサカズしかいないのだ。『死に戻り』なんていう力を持っている彼にしか。

 見殺しになんかできるはずがない。見殺しになんかしてはならない。助けれるかもしれない命を見捨てることは、殺人と同じことだ。

 なぜ、それをしない? なぜ、この程度で限界を迎える?

 弱いからだ。

 精神が死ぬのが怖いなんて、それは心の弱さが原因だ。

 何かを成し遂げるためには、何かを捨てなくてはならない。成し遂げたいことが大きければ大きいほど、捨てなければならないものも大きくなる。皆の命を救いたいなら、マサカズの精神くらい差し出さねばならない。必要犠牲であり、それ以下の犠牲では救えない。

 運命、宿命、天命、定めを、そう簡単に、なんの犠牲も無く変えられると思うのが間違いなのだ。


「──何事も、全て犠牲の元に成り立っているだろ。俺が差し出せる犠牲は、それだけだろ」

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