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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第四章 始祖の欲望
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4−9 逃亡

 この国に居るのは不味い、なんていうことは自明だ。

 自分たちは軍部を敵に回した。いくら軍部が犯罪組織と関わっており、一般人に被害を加えたとしても、それらが公に出なければ意味はない。そして、そんなことをただのモルム共和国からしてみれば外国人に当たるエストたちが言ったところで、一体誰が信じるだろうか。いや、信じない。話を聞いてくれるだけでも御の字だろう。それ以上を求めるには、それこそ支配魔法を行使する必要がある。つまり、あまりにも非現実的な話、というわけだ。


「よく生きてたよな、あの傷で」


 宿屋に戻ってきたエストの様態は、生きている方がおかしいくらいの重症であった。

 顔の半分ほどが焼け焦がれており、左腕に至っては指をいくつか失って、骨もところどころ剥き出し。全身にも火傷と破片が無数に突き刺さっており、見るに耐えない姿であった。

 そんな状態で、この宿屋に転移して来たとき、マサカズたちはとてつもなく焦ったものだ。


「ほんとそうだよ。よくあれで私生きてたね。死んだと確信したのに」


 手榴弾が目の前で爆発する。誰がどう考えても、今のエストの耐久力だと即死は必至であったはずなのだが、なぜか彼女は生きていた。たしかに重症だったが、すぐに処置すれば問題ない程度だ。

 そうまるで、死ぬことを防がれたような。


「⋯⋯記憶がないけど、多分、反射的に防御魔法を行使したのかな。ほら、火事場の馬鹿力みたいな感じでさ。死を目前にしたら、脳のリミッターが外れて云々ってよく聞くじゃん?」


「そうなんだろうな。⋯⋯そうなんだろうか?」


 マサカズは何か引っかかるが、その何かが分からない。

 分からないことは後回しにすべきだろう。今はこんなことを考えている場合ではないのだ。


「で、だ。本題に移ろう。⋯⋯どうする?」


「⋯⋯エスト様の身の安全、そしてエレノアさんや私たち自身のためにも、この国から一旦離れるべきでしょう」


 レイの意見はここにいる皆の意見と同一だ。分かりきった答えを聞いたのは、提案を求めるのではなく、確認の為であった。


「砂漠の逃走ルートはボクが考えておく⋯⋯んだけど、さっき外に行ったら、指名手配書を見かけた。勿論ボクたちのやつだ。ここに居るのも、もう危険だろう」


 仕事が無駄に速い。宿屋の主や宿泊客に、エストたちの顔はよく知られている。数時間後に、このまま堂々と、なんの支障もなく宿屋から出てくことは不可能に近いだろう。まず間違いなく、騒動に発展する。

 何も知らない一般人を殺すことは可能な限りしたくない。というかしてしまえば、なんの罪もない軍人を殺した犯罪者、という虚実が、無差別殺人鬼というほぼ完全な嘘にまで成り下がる。


「転移魔法で私たちとワイバーンとを砂漠に転移させて、そのままレネの屋敷まで直帰⋯⋯かな」


「そうだな。⋯⋯って、エストたちは王国まで直接転移できないのか?」


「できないね。やろうものなら魔力の枯渇で死ぬよ」


 転移魔法のメカニズムは、例えるならば車である。

 車は長く走れば走るほど、それに比例して消耗するガソリンの量も増加するように、転移魔法もその距離に比例して、そしてそれに加えて転移させる対象の数によっても、消費する魔力は増加する。国と国との間の距離ともなれば、魔女の魔力量でさえ厳しく、今、人間であるエストだと、自分だけでも不可能だ。

 そろそろ日が昇る時間帯。人々が起き上がる時間帯でもある。


「⋯⋯そういえば、私たちはワイバーンに乗って行けますが、テルムさんたちはどうするんですか?」


「オレはアンデッドだから、疲労を感じない。まあだからエレノアを背負って歩くつもりだ」


「⋯⋯なあ、俺の後ろに二人とも乗れる気がするんだが、どうだ? スケルトンと子供だし」


 荷物はエストの収納魔法でどうにかなる。そしてマサカズのワイバーンの後ろに、テルムとエレノアが乗ることは、少々狭いが可能だ。

 ちなみに収納魔法には生物あるいは意思ある存在を入れることはできない。


「ああ、マサカズがいいならそうさせて貰う。迷惑をかけることになるな」


「俺から提案したやつだしな。気にしなくていい」


 とりあえずの方針は決まった。あとは無事逃亡に成功するかどうかだ。こればかりは、分りようがない。

 その後、すぐに出発の準備を整えて、エストたちは砂漠に転移した。


 ◆◆◆


 三体のワイバーンは朝の砂漠の上空を飛行していた。

 かなり飛ばしていたため、ワイバーンはとても疲労しており、そろそろ休憩を取らなければ不味いだろう。

 見つけたオアシスに着陸する。


「太陽も上がってきたな⋯⋯」


 時刻にして六時くらいだろうか。数時間前まで冷えていた砂地は、太陽によって熱せられる。

 勿論、砂漠を日中に移動することは厳しい。可能な限り夜中に移動したいものだが、今は一分、一秒でさえも惜しい。軍の追手がいつ来てもおかしくないのだ。

 十分ほど軽く休憩を取ることに決定して、マサカズはオアシスの水源部に顔を突っ込み、熱くなった顔面を冷却しつつ水を飲む。ゴクゴクと喉仏を鳴らすこと数秒。水面下から顔を上げると同時に酸素を取り込むべく深く呼吸をした。


「⋯⋯ん?」


 マサカズの耳に、ある音が入ってきた。

 それはこの世界では聞き慣れなかったもので、また、日本でもそれほど高頻度で聞くものではなかった。


「──」


 その音に一番近いものを挙げるとするならば、おそらく航空機だろう。飛行するために発せられる、ガスを噴射する音だ。

 だが、もしそんな航空機がこの世界にあるならば、マサカズは今以上に驚いたことだろう。彼の驚愕の度合いが絶句する程度で済まされているのは、それの正体が魔法じみたものであったことと、何より迫ってきている存在の方に、やはり注目が行くからだった。

 マサカズが目にしたのは、空中を高速で飛行するマイ・カワニシの姿。そして彼女が装備していた飛行機器だ。

 飛行機器はおよそ人一人を空中にとどめておけるような浮遊力を発生させることはできなさそうなほど小さい。両足に分厚めの金属製のブーツのようなものを履いているばかりで、そこから少量ながらガスが噴出しているだけのようだった。

 しかし、どうやらそれは魔具のようで、黄色の魔法陣が描かれている。浮遊能力は魔法で確保し、ガスはあくまでも高速移動のためのもの。道理で、そのスピードが〈飛行(フライ)〉のそれより速いわけである。


「第一、第三種攻撃魔法、第一種防御魔法を行使、並びに安全機能を完全解除」


 突如現れたマイは、手に持つバレットM82と呼ばれるセミオート式狙撃銃を模した魔法武器を軽々しく構えて、空中に静止する。


「嘘だろ──皆、逃げろ!」


 すると、狙撃銃の銃口の先に赤色の魔法陣が二つ、そしてさらにマイの周りに青色の障壁が展開される。

 マサカズの叫び声に反応して、全員その場から離れる。しかし、その行動に大した意味は生まれなかった。

 マイが狙撃銃の引き金を引いた瞬間、大きくて重厚な発射音が響いて、およそ直径13mm、長さ100mmの弾丸が発射される。それは二つの魔法陣を通過すると同時に弾丸は赤色に輝いた。

 弾丸はマサカズたちのうち誰にも着弾せず、外れる。だがマサカズは、それが意図してされたものだと認識した。

 少し前、ガールム帝国へ行く最中、オーガの集団にマサカズたちは襲われたことがある。そのとき、ユナはオーガたちではなく、地面に爆発する矢を射ったのだ。

 別に、爆発するならば命中させる必要はないのだから。下手に狙うより、可能な限り多数にダメージを負わせるべきだろう。

 地面に着弾した弾丸はその次の瞬間、とんでもない爆発を引き起こした。人体と同等量ほどのC4を爆発させたら、同じくらいの破壊力となるだろう。


「くっ⋯⋯あ⋯⋯がっ⋯⋯」


 爆発を間近くで食らうことはなかったが、耳鳴りが凄まじい。爆風によってマサカズの体は数メートル吹き飛ばされたようだ。

 一時的に遠くなっていた意識が段々と戻ってくる。

 全身に激痛が走っており、体を起き上がらせることが難しい。だがそれでも必死に、痛みに顔を顰めながらも、両手両足で体を起き上がらせる。

 先程の爆発によって砂が巻き上げられたようで、それがスモークのような役目を果たしているため、ただちに第二発目は来ないだろうことが分かる。


「皆⋯⋯」


 砂埃の中、マサカズはあるものを見つけてしまった。


「──っ」


 左半身が丸々吹き飛んだ、死体。断面は決して綺麗と言えず、グチャグチャだ。脳や人間の臓器の断面を直視してしまい、マサカズは吐き気を催す。

 彼女が持っていた弓も、焼け焦げていて、原型さえもう分からない。

 瞬間、砂埃が晴れると、空中にいたマイに向かって炎の魔法が行使される。だが炎は青色の障壁によって防がれてしまったが、それを破ることはできた。


「〈裂抉(れっけつ)〉」


 マイの真後ろに転移したレイは、骨の鎌を戦技を唱えて振りかざす。しかしマイは転生者としての力を十分に使いこなしており、体を少し捻って鎌による斬撃を回避し、狙撃銃でレイを殴り飛ばすと、ノールックで射撃する。

 今度のそれは何の魔法効果も上乗せされていない純粋な威力だったが、それでも馬鹿げた威力には違いない。超火力から高火力に、あるいは即死クラスから重傷クラスへと、マシになった程度の違いしかそこにはない。

 銃撃なんて殆ど経験したことがなかったレイはまともに受けてしまって、右肩が吹き飛んだ。幸いにも即死はしなかったし、魔人としての生命力のおかけで気絶もしなかったが、両手武器であった鎌はもう使えなくなった。


「〈大火(インフェルノ)〉!」


 エストが行使した炎魔法は、マイを包むようにして燃やし尽くそうとしたが、彼女は狙撃銃を捨てて、サーベルを抜き、それを一振りするだけで炎を掻き消した。


「⋯⋯炎を目隠しにしましたか」


 炎を掻き消した直後、マイの視線の先には、長く細い黒色の剣を振りかぶっているエストが居た。飛行魔法によって距離を詰めてきたのだ。彼女はそれを思いっきり横方向に振るが、マイはサーベルでそれを弾き、武器を失ったエストに斬撃を加える。

 人間であるものの、普通の人間以上の身体能力を有しているエストは、専念すればマイの剣撃を回避することはできた。連撃を避けつづけるも、やはり体力が持たない。

 当然だが自爆もできない。魔女の魔法防御力を発揮できない今だと、本当に死んでしまうからだ。

 完全に回避しきれず、段々とエストに傷が付いていって、


「しまっ──」


 一瞬、隙ができてしまった。

 しかしながら、隙をつくとき、無意識的に人は最も単純な行動を取ってしまうことが大半だ。特に相手が強者だと、速く殺さねば、と焦ってしまい、目の前のチャンスを盲目的に追ってしまうことになるだろう。

 ああ、たしかにそれはある意味で正しい判断だと言える。隙ができたということは、それ即ち相手には何もできない刹那の時間が生まれるということ。そこで全力で、殺すことだけに集中した攻撃を加えるのは、なんら間違っていない。しかしそれは、あくまで一対一の戦闘のとき。他に妨害が入らない場合のみだ。今のような、多対一の状況下においては、一転してこれ以上ない愚劣な考えとなってしまう。


「〈大火竜巻インフェルノ・サイクロン〉」


 レイが魔法を行使し、炎を纏った竜巻が発生する。本来上へ吹き飛ばすのが竜巻というものだったが、この竜巻はマイを地面に叩きつけた。

 魔法に抵抗(レジスト)したのか、マイの火傷は思っていたよりも酷くなかったが、地面に頭から叩きつけられたというのに、怯むこともなくすぐに立ち上がった。

 恐ろしい生命力と精神力である。


「痛いですね⋯⋯」


 間髪入れずにテルムはマイにナイフを振るが、簡単に受け流されて、後ろからのナオトの攻撃も避けられる。


「〈一閃〉っ!」


 そして、マサカズの戦技による一撃も、マイは見切り、カウンターを入れてきた。


「──がはっ⋯⋯」


 腹部に、一刀。サーベルの刀身がマサカズを貫通した。


「マサカズから離れろ!」


 テルムはナイフを逆手に持って、マイの首元に全力でそれを突き刺そうと走り出すが、次の瞬間、テルムの頭が吹き飛ぶ。

 マイがレッグホルスターから取り出したマグナムを、真後ろに向けて撃ったのだ。

 骸骨の体は本来そうあるように、地面に、仰向けに倒れる。


「ク⋯⋯ソ⋯⋯」


 マサカズはもう、死ぬことが確定したようなものだった。仮に何とかしてこの刺さったサーベルを抜こうが抜かまいが、どちらにせよ、遅かれ早かれ出血死するだろう。

 しかし、出血によって死ぬことを、彼は許されない。

 マイはマサカズに刺したサーベルを、そのまま薙ぎ払う。勿論マサカズの体も真っ二つとまではいかずとも、半分以上の胴体が切断されてしまった。

 死に最も近い痛みを味わったあと、マイは確実にマサカズの命を奪うべく、左肩から右脇腹まで、骨ごと斜めに両断した。

 灼熱のような痛みが脳にインプットされ、また同時に、不思議なほどの強い眠気を味わった。

 ぼやけていく視界は、落下しているようだった。下半身から切り離された上半身が、地面に落っこちる瞬間まで、彼には意識があった。

 痛みなど全て消えてしまって、代わりに残ったのは、ただ漠然とした不快感と、冷たさだけで、それは死を意味した。

 彼の瞳から光が失われたとき、世界は──。

 

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