4−5 防衛要塞
翌日の朝。
宿屋は砂岩で出来ていたのだが、それは外壁だけであるらしく、内部の壁は木材で造られていた。
エアコンというものは、この世界にはない。しかし、それに似た効果を持つ魔具はある。
天井に設置された箱のようなものから冷却された風が吹いてきて、この宿屋の一階部分である食堂は非常に心地よい温度に保たれている。
「⋯⋯昨日はすまなかった。どうやら俺は冷静じゃなかったようだ」
二階から降りてきたマサカズが、他のメンバーに早朝から謝る。
昨日、マサカズが宿屋に戻ってから、彼はずっと機嫌が悪かった。そして娼館へいこうとしていたのを、エストが止めたのだった。
この国では下手に騒動は起こせない。例えそれの相手が犯罪組織であっても同じだ。
食事を終えると、エストたちは『死者の大地』に行くために、そこからのアンデッドの侵入を防ぐ聖共和国軍の要塞へ向かった。
「⋯⋯でっか」
『死者の大地』から、モルム聖共和国へ侵入しようとするアンデッドの数は非常に多い。国の予算の二割ほどがこの防衛費用に回されるほどである。
エストたちの前に立ちはだかるは、高さにしておよそ30mほどの要塞。砂岩でも、ましてや木でも出来てなく、その素材は石材であり、この国においては異質ともいえる外見であった。左右に広がり、『死者の大地』とモルム聖共和国とを境る国壁も高さおよそ15mほどある。
警備兵に事情を話すと、すんなりと要塞内に入ることができた。
要塞内には多くの兵が居たのだが、彼らが持っていた武器に、マサカズ、ナオト、ユナの三人は、異世界人である三人は驚いた。
「あれは⋯⋯もしかして⋯⋯」
それは、この世界にはあまりにも異質すぎた。あまりにも機械的すぎた。
この世界には確かに、科学技術は存在する。だがそれはマサカズたちの居た世界と同じ程、高度な技術とはなっていない。
この要塞の兵士が主に持っていたのは、ライフルだった。
銃器に驚いていると、エストたちはある部屋に通された。
「失礼します」
部屋の中央には向かい合う長椅子と、その間には長机があり、壁には何かしらの資料が入れられた棚が置かれている。
そして、そこに一人の女性が居た。聖共和国軍の、オレンジと白を基調とする軍服を着ているため軍人であることはわかるのだが、彼女の外見は若かった。
おそらく十代後半──マサカズたちと同年代か、一つ上くらいだろう。ピンク色のロングヘアにピンク色の瞳の美少女と、非常に珍しい髪色と瞳色であったのだが、彼女の顔つきから察するに日本人であることが分かる。彼女の体つきは華奢であり、良くも悪くも軍人らしくない。だというのに、彼女からは強者のオーラが感じられた。
「どうぞおかけください」
少女の声で、彼女はエストたちを椅子に座らせる。座席が足りなかったためレイはエストの座っている後側に立っていた。
「始めまして。私はモルム聖共和国軍総司令官のマイ・カワニシです」
簡単に自己紹介を済ませると、エストはマイに要件を伝える。
「私たちは『死者の大地』に行きたいんだ」
マイは少し考え込み、エストたちを観察する。しばらくして考えが纏まったようで、彼女は口を開く。
「⋯⋯あなた方が実力者であるということは、私にはよく分かります。平常時ならば、それを許したでしょう。しかし、今は状況がいつもとは違うため、許せません」
マイが言うには、どうやら最近『死者の大地』から攻めてくるアンデッドの量や質が違うらしい。
というのも、平常時だとゾンビやスケルトンなどの、一般的には低位と言われるアンデッドだけしか現れないのだが、近頃はリッチやヴァンパイア、デスナイトといった上位アンデッドが大量に出現するらしいのだ。
「上位アンデッドが⋯⋯」
エストたちの実力なら、上位アンデッドとは互角以上に戦えるのだが、それが何百、何千体となれば話は違う。
数は力だ。魔女の力でも無数のアンデッドを薙ぎ払いながら移動するのは非常に厳しい。
「空中を飛んでいくのはどうなんだ?」
「駄目ですね。リッチの魔法や、空を飛べる上位アンデッドも確認されています」
つまり、今の『死者の大地』を切り抜けて、その中心まで行くことは至難の業であるということ。
「でも⋯⋯行かなくちゃならないんだよ」
魔女としての力は、できるだけ早く取り戻す必要がある。今も『黒の教団』や『魔王軍』に狙われているかもしれないし、何よりセレディナと破戒魔獣たちの殲滅を、一刻でも早くしなければならないからだ。
マイは渋々、と言ったふうに妥協案を述べる。
「⋯⋯どうしてもというのであれば、『死者の大地』に侵入することを許可します。ですが⋯⋯一つだけ条件があります」
◆◆◆
要塞の周りは安全を考慮して、民家などがない。それこそ軍事訓練が十分にできるほどだ。ここであれば、多少暴れたって何も問題はない。
その時吹いた風が地面の砂を巻き上げた。
「⋯⋯」
エストたち五人と、マイ一人がある程度の距離を取って向かい合っていた。
『死者の大地』に侵入するための条件。それは──マイ・カワニシにその実力を示すこと。
転生者。つまり、彼女はジュンや他の魔女と同等の実力者である可能性が非常に高い。
だがしかし、この五人を一斉に相手取るのはきっと厳しいはずだ。
「先にそちら方から始めて構いません」
「じゃ、遠慮なく⋯⋯!」
開始の合図が出された瞬間、マサカズとナオトが一気にマイとの距離を詰めて、聖剣と短剣が振られる。だがマイは二人の斬撃に反応し、後方に体を少し倒すだけでそれらを回避した。
「異世界人と言っても、転移者ですか。それでもかなりの戦いを切り抜けてきたようですね」
そしてこの一太刀で実力を見破ったようだ。
「そうだな。⋯⋯だから、勝つためなら手段は選ばなくなったんだよな」
「──」
マイが見たのは、マサカズとナオトの後方から迫りくる大量の矢と、数人でも簡単に飲み込めるほどに大きな炎だった。
瞬間、マサカズとナオトの足元に転移魔法の陣が展開され、二人の姿がそこから消える。
マイはサーベルを取り出し、矢を炎を受け流すも、仕切れず、軽傷を負う。
「転移魔法で助けるとはいえ、味方ごと攻撃するとは⋯⋯」
「──何喋っているのですか? まだ終わっていませんよ?」
マイの後ろに、骨の鎌を大きく振りかぶったレイが現れる。無慈悲にも彼は鎌で、彼女の首を斬り落とそうとそれを振った。そこに殺すことへの躊躇はなく、確かな殺意があった。
「⋯⋯っ」
サーベルでレイの鎌を受け止める。近距離戦が得意でないマイは、転生者ではあるがレイより筋力は低かった。
更なる追撃をしてきたマサカズの剣撃を避けつつ、レイたちから距離を取る。
「⋯⋯素晴らしい。ですがまだ足りない」
マイはレッグホルスターから拳銃を一丁取り出す。
元の世界では少しだけ銃器にも詳しかったマサカズは、それが普通の拳銃にしてはバレル部分が大きいということに気がつく。そして、その拳銃にはどこか見覚えがあった。だからこそ、それの危険性に予め気がつけた。
「──ユナ、避けろ!」
マイは左手でその拳銃を構えて、照準をユナの肩に合わせる。弓士である彼女は、肩を潰されるときっと弓を射れなくなるだろう。
まさかこの世界で聞くことになるとは思わなかった銃器の発射音が響き──ユナの右肩に着弾する。
「⋯⋯え」
マグナム弾に匹敵、あるいはそれを上回る火力に、ユナは意識を保てず、倒れる。
「大丈夫です。すぐに死にはしません」
「チッ⋯⋯〈一閃〉!」
「速い──ですが」
マサカズの一撃を、マイは右手のサーベルで簡単に受け止めると、銃口をマサカズに向ける。
「二人目、ですね」
再び発射音が響き、マサカズの右肘を吹き飛ばし、腕を切断する。
「早めにあなた方を負かさないと、死者が出てしまいますね」
転移魔法が行使され、マイの周り三方向にエスト、ナオト、レイが出現する。
「〈炎刀〉」
「〈迅一雷斬〉」
「〈烈風〉」
三人の一撃が繰り出される。だが、既にそこにはマイは居なかった。
「転移魔法⋯⋯魔法使い!?」
「正解⋯⋯とは言えませんね。が、部分的には合っています。私は⋯⋯『魔法銃士』ですよ」
マイは拳銃を三人に構えていた。その拳銃のバレルの先には赤色の魔法陣が展開されている。
「⋯⋯その魔法⋯⋯一体何?」
「あなたでも知らないのも無理はないでしょうね。なぜならこれは私の独自魔法なので」
エストは、その独自魔法が低くとも第九階級魔法に相当する火力を持つことを直感した。
「⋯⋯私たちの負けだね。これ以上戦闘したってユナとマサカズが危険なだけだよ」
二人の出血は酷い。このまま放置することは殺すことでもある。
「条件は達成できなかったので、『死の大地』に侵入することは許可しません。それでよろしいですよね?」
「⋯⋯うん。納得するよ」
その後、エストは二人の傷を治療すると、出血は治まった。
「すみません。想像より強かったので、それ以上の手加減はできませんでした」
「謝る必要はないぜ。これは俺の弱さが招いたことだし⋯⋯何より痛みには慣れてる」
殺すつもりはなかったとはいえ、銃で撃ったことをマイは二人に謝る。
「私も大丈夫です。元よりこちらから頼んだことですし。⋯⋯それより、その武器は⋯⋯」
ユナが指差すのはマイが持っている拳銃だ。
「俺が知ってるので、それに一番近いのはデザートイーグルだが⋯⋯」
「そうですよ。これのモデルはデザートイーグルです」
マグナム弾を使用する自動拳銃。ライフルにも匹敵する火力を有しており、銃器の中では有名なものの一つだろう。
「まあ私もさほど銃器には詳しくはなかったので、本来のそれを再現することはできなかったんですがね。魔法を組み込むことで作動するようにしているので、これのカテゴリーは魔法武器です」
「撃ってみてもいいですか?」
弓士であるユナは拳銃に興味を示したようだ。明らかに弓より火力が高そうなのだから当たり前といえば当たり前である。
「いいですよ。はい」
マイは拳銃をユナに渡す。
ユナは拳銃を構えて、引き金を引くと、銃声と共に弾丸が発射される。そのとき、僅かにだが銃器の内部で魔法陣が光った。
「魔法って本当に便利だな。反動もなくせるのか」
マイが拳銃を撃ったときも、そして今ユナが撃ったときも、拳銃の反動はないらしく、銃身は跳ね上がっていなかった。
無反動で、かつ火力も高い。対人性能は非常に高いと言えるだろう。
「流石に貰う、いや購入でも難しいですよね?」
「⋯⋯そうですね。この銃器は非常に強力な武器。安易に国外に出すことはできません」
銃器はこの世界にはない技術だ。魔法ありきで動かしているとはいえ、やはり一部も知らないようでは同じものは作れないだろう。
その、この国以外では真似することさえできないような技術を持っていることは、他国に対して大きなアドバンテージになり得る。易易と技術を流出させるわけにはいかない。
「分かりました。ちょっと残念ですが」
「すみませんね」
ユナはマイに拳銃を返すと、その場を立ち去る。
「で、どうすんだよ」
エストがまさか、あんな簡単に『死者の大地』への侵入のチャンスを手放すとは、マサカズは思えなかった。
「夜に不法侵入するつもりだけど」
「⋯⋯まあそんなとこだと思ってたぜ」
あのままマイと戦闘しても、エストは勝てる自信がなかった。であれば重症を負っていた二人を危険に晒すより、負けを認めたほうが良いと判断したのだ。
「でも、『死者の大地』のアンデッドたちはどうするのですか? あの人が危険だというほどですよ」
あれだけの実力者であるマイでさえ、危険だという現状の『死者の大地』がどんな地獄であるかなんて考えたくもない。
だが、
「──あれは嘘だろ」
「⋯⋯え?」
「なんだって?」
ナオトの言葉に、ユナとマサカズの二人は驚いた。
「そう。あれは多分嘘だね。私たちって結構強いの知ってる? たしかに万単位の上位アンデッドが発生していたなら、それら全部を相手になんて到底できるわけない。けど、『死者の大地』の中心に向かうだけなら、そんなバカみたいな数を全て相手にする必要はない。アンデッドが少ないルートで行けば、時間はかかっても戦力的には今の私たちだけで十分なんだよね」
「だとしたら、なんでマイはそんな嘘をついたんだ?」
マイは確実にエストたちの力を把握できているはずだ。であれば実力的に不可能と判断するのはおかしいため、他に理由があることが考えられる。
「それが分かったなら、わざわざあんな茶番に付き合うわけないよ」
しかし、その理由は明るみに出せるような真っ当なものでないだろう。理由を隠すということは、それはつまり知られたくないということであるからだ。
「それもそうか」
何か裏にある。軍部は、少なくとも上層部は信用できなさそうだ。
──また、何かしらの騒動に巻き込まれそうだ。と、五人は思った。