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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第四章 始祖の欲望
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4−1 異形の中の異形

 ──死臭が充満する町中。ゆっくりと何かが歩く音が、いやそれだけが響いている。

 先程までしていた悲鳴は既になく、代わりにするのは生者を怨むような、言語として機能していない言葉であった。


 どうしてこんなことに。


 この町の中で一番高い所。ルルネーツ遺跡の塔の頂上で、彼は一人思う。眼下に広がる地獄絵図を見て。──町に跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する不死者(アンデッド)たちを見て。

 原因不明。自然災害なのか人的災害なのかも分からない。どちらでもあってもおかしくない環境にあるのがこの国であるのだから。


「⋯⋯何で俺、生きてるんだろうな。もう、意味ないのに」


 どうせ死ぬ。こんな最悪な状況から彼が生き延びる方法なんて無い。

 たしかに彼ならば、アンデッドなんて、今ならば上位種でさえ容易に倒していける。しかしながら、下に蠢くアンデッド共は数百、数千なんかじゃ到底ない。数百万ものアンデッドが、この国に流れ飲んできて、今の地獄を創り出した。


「──」


 彼は反射的に、背後から迫る細い手を斬り落とした。

 細い手の持ち主は痛がることもせず、彼を睨みつける。


「あのときの俺なら、今ので死んでいた。強くなったから、今ので俺は死ねなかった」


 単体で都市を滅亡に導ける化物、吸血鬼(ヴァンパイア)。そんな化け物でさえ、彼にはもう歯が立たない。だが、殺せないわけではない。


「⋯⋯怖い、な。でも⋯⋯それは拒否する理由にはならない」


 聖剣を投げ捨てると、ヴァンパイアは彼をより一層警戒したようだった。


「知能はやっぱりあるよな。言葉も理解しているのか? ⋯⋯お前、俺を殺せ。俺はお前に抵抗しない」


 ヴァンパイアが後ずさる。


「⋯⋯本当だ」


 彼は壁で体を支えて、力を完全に抜く。そして懐に仕舞ってあったナイフを投げ捨てた。


「自殺はやっぱり本能が拒むんだ。⋯⋯ほら、殺れ」


 武器を完全に捨てたことで、ヴァンパイアは恐る恐る彼に近づいていく。同時に、彼も目を閉じる。

 ヴァンパイアの鉤爪が太陽に重なって、オレンジ色に光っていた彼の瞼に影が入って、そして──。


 ◆◆◆


飛竜(ワイバーン)⋯⋯」


「はい。それに乗ってモルム聖共和国に行ってきてください」


 飛ぶ竜と書いてワイバーン。竜系魔獣種のうち、飛行能力が非常に高い種だ。その能力は竜種にも匹敵するほどである。

 マサカズたち異世界人は勿論、初めて見るものだ。これまでに見た竜はそれらしくなかったが、ワイバーンはまさに彼らが思い描く格好良いドラゴンである。


「赤色のワイバーンとか居ないか?」


 もし居るならば、『天空の王者(キング・オブ・スカイ)』とでも名付けたいものだ。


「赤色、ですか? ⋯⋯いえ、居ないようですね」


 が、それは叶わぬ夢だった。いや、空からずっと降りれない可能性があったと考えれば、良かったのかもしれない。

 ワイバーンの体長はおよそ3〜4mほどと小柄で、一体につき二人まで搭乗することができる。それが3体居るわけである。


「そろそろ行くよ〜?」


 レネは王国の政府関係者であるため、一日二日程度であればともかく、不定期間であるため今回は同行できないのだ。


「ああ、分かってる。よっと⋯⋯」


 マサカズは緑色の鱗のワイバーンに飛び乗る。


「気をつけてくださいね。無事に帰ってきてください」


 行く先々で毎回のように事件に巻き込まれる。もう既に『何事もなければよい』ではなく、『何かあっても無事で帰ってこい』となってしまっている。


「じゃあ、そろそろ行こうか」


 エストがそう言うと、レイはワイバーンの頭部に巻かれた手綱でそれを操作するとワイバーンが飛び上がる。

 ワイバーンはとても賢く、少し教われば誰でも飛ぶことはできる。問題はその乗り心地だけであり、操竜者(そうりゅうしゃ)の存在意義の殆ど全てはそこにある。


「飛んだ⋯⋯」


 簡単と言っても、やはりちゃんとワイバーンが思い通りに動いて、更にはそれが飛ぶとなると、その感動は計り知れない。飛行機、ましてやヘリコプターなどの現代で空を飛べるようなものには、記憶上では乗ったことのないマサカズにとって、これは人生初めてのフライトであると言える。


「速っ」


 飛行速度は優に80kmは超えており、また当然だが風除けなどもないため、少し手を離せば風圧に耐えきれずにそのまま落っこちてしまいそうだ。もっとも、命綱はあるため、仮にそうなっても失神や失禁程度で済み、『死に戻り』は発動しないだろうが。


「聖共和国までどれくらいかかるんだろうか⋯⋯」


 これほど高速で飛行していると、流石に会話はできない。そのためマサカズの質問には誰も答えることができない。


「⋯⋯まあ一日二日もあれば着くか」


 ◆◆◆


 太陽が落ちて、辺りが暗くなった頃だった。およそ十二時間ほど休憩を取りつつとはいえずっと飛行しており、そろそろマサカズたちもワイバーンも疲労が溜まってきている。


「⋯⋯ふう、ようやく着いたよ」


 そんな状態になっても飛行を続けていたのには当然だが理由がある。

 エストたちは既に砂漠に入っていた。砂漠の日中は非常に暑く、飛行するにはあまりにも厳しい。そのため、夜のうちにせめて砂漠にある村まで行っておきたかったのだ。

 ワイバーンを村の少し離れに着陸させると、村の宿屋に向かう。

 しかし、


「⋯⋯おかしい」


 村は真っ暗だった。明かり一つなく、また人っ子一人として外に居なかった。だがそれだけなら、村中がもう寝静まっているのだと考えられる。

 ではなぜエストは『おかしい』と思ったのか。それは──村の家屋の扉が開けっ放しで、かつ自分たち以外の生き物の気配や魔力が一切感じられないからだった。


「⋯⋯っ! 皆さん⋯⋯あの家⋯⋯」


 ユナは暗闇の中に『赤色』を見た。家屋の玄関あたりにある液体を見た。

 マサカズが走ってそこに向かって、何があったかを確認する。


「ああクソッ⋯⋯こんなことってあるのかよ⋯⋯」


 ──家屋の壁や床は、大量の乾いた血が付着していた。そしてそれよりも不穏なことが、


「⋯⋯なぜ、死体がない⋯⋯」


 これだけの血があるのだ。確実に死者が出ている。出ていないほうがおかしいというのに、死体はなかった。

 それから、彼らは村中に生存者が居ないかを確かめた。しかし、誰も、誰一人として、この村には居なかった。代わりにあったのは血痕や、人の指、眼球、足などの人間のパーツ、それもごく一部のものだけであった。


「モンスターが現れて村を襲った?」


 モンスターが現れて村を襲った。そして、そのモンスターは肉食性であり、村人たちを全員捕食した。


「この辺りには砂漠鮫(デザート・シャーク)っていうモンスターが生息しているはずだし、それらに襲われたのかな⋯⋯でも、そうだとしても生存者ゼロはおかしいよ」


 このような村は常に危険に晒されている。だからこそ、それら危険への対策は十分行われている。その一例として地下シェルターがあるのだが、そこにも生存者は勿論、死体さえもなかった。

 そして何より、砂漠鮫(デザート・シャーク)を殺せる実力者も居るはずなのだ。良くも悪くも弱肉強食が濃く出る砂漠では、村人もそれなりの戦闘力を有しているはずで、人の死体もなければモンスターの死体もないということはありえないのである。


「⋯⋯シェルターに避難さえしていない。⋯⋯まさか」


「レイ、何か気づいたの?」


「⋯⋯はい。⋯⋯人間、または人間に類似した存在がしたことではないかと思いまして」


 モンスターであれば、村人は応戦あるいは避難するはずだ。しかし応戦したのであればモンスターの死体が、避難したのであればシェルターに生存者が居るはずだが、そのどちらもないということは──つまり、村人は襲撃者を警戒しなかった。そして不意打ちで村人たちは抵抗さえできずに全滅したのではないか、ということだ。


「野盗⋯⋯だとしたら相当の腕前で、数が居るね」


「じゃあ村人の死体を消した理由はなんだろうか⋯⋯」


「証拠隠滅じゃないのか?」


「ならあれらの血をどう説明する? 死体を消してまで証拠を隠滅するなら、血も処理するんじゃないか? ボクならきっとそうするし」


「⋯⋯食人の化物が人の姿を取って村を襲撃した。それもかなりの数で──ってことか? マジで言ってるのかよ⋯⋯」


 少なくともマトモな倫理観を持った犯人ではなさそうだ。化物でなくても、きっと死体を持ち去った理由は碌でもないだろう。


「⋯⋯まあとりあえず、今夜はここで泊まるしかないよ。このまま先に進んだって、安全な村を見つけられるとは限らないんだからさ」


「あまり気乗りはしないが⋯⋯そうだな」


 適当な家に五人は入って、エストの魔法で血に汚れた壁や床、天井、家具などを綺麗にする。

 ワイバーンたちは流石に家屋には入らないため、外に配置している。ワイバーンはそこらのモンスターよりも格段に戦闘力が高い。襲われても、音無く即死することはないだろう。

 犯人がまたここに来ないという保証はないため、一時間ごとに交代して見張ることにした。


 ◆◆◆


 最初の数時間は特に何もなかった。だが、それは眠り始めてから四時間後──深夜に起こった。


「何の音?」


 エストは微かにだが、砂を踏む音を聞き取った。だが、彼女は一切魔力を感じられなかった。

 それら二つの情報から導き出される答えは、足音を発したのは魔力を抑えられる強者ではないか、ということである。

 魔力を抑える。簡単なようでそれはかなり難しい。


「〈生命探知ライフ・ディテクション〉⋯⋯あれ?」


 足音がした方を彼女は見るが、視界にはなんのシルエットも映らなかった。


「〈探知阻害ディテクション・インヒビション〉? でもそんなのを常に行使できるわけないし⋯⋯」


 探知阻害の魔法を常に行使するような魔法使いは居ないだろう。魔力の消耗が激しく、いざというときに魔法を使えなくなってしまうからだ。


「⋯⋯」


 エストは外に出ていく。勿論隠密魔法を使って。


「⋯⋯え。なに、あれ⋯⋯」


 彼女はそれを見た。いや見てしまった。

 足音はする。だが生命を探知する魔法に引っかからない存在。それ即ち、不死者(アンデッド)であるということ。そしてアンデッドには魔力を持つものもいれば、魔力を持たない種類もいる。今回の場合、それは後者であった。


「〈次元断ディメンショナルスラッシュ〉!」


 複数の腐った人の死体から成る化物の、おそらく頭部と思われる部分をエストは斬り落とす。そこからは血が流れるが、その断面からしてみれば量はあまりにも少なかった。


「⋯⋯」


 更に、その化物はまだ動く。やはりアンデッドである。


「⋯⋯〈聖なる炎(ホーリーフレイム)〉!」


 今のエストは人間だが、並の魔法使いではない。魔女ほどでないにせよ、彼女の魔法を受けて耐えられる存在は早々いないだろう。

 ⋯⋯そう、早々いないだけで、全然いないというわけではない。


「嘘でしょ⋯⋯」


 神聖属性はアンデッドにとっての弱点である。そんな魔法を食らってもなお、化物は動いている。


「ちっ⋯⋯」


 もう一度〈次元断ディメンショナルスラッシュ〉を行使して、化物の四つほどある足を全て切断し、その動きを制限する。足は生えて来なかったが、今度は手を使って化物は這いつくばってエストにゆっくりと近づいてくる。


「〈氷結(フリージング)〉」


 化物の体が一瞬にして氷に包まれ、その活動を停止した。だが終了させたわけではなく、一時停止に過ぎないだろう。


「何なのこの化物⋯⋯薄気味悪い。さっさと殺そう⋯⋯」


 重力魔法で氷漬けにした化物を空高く飛ばして、そして自由落下し、地面に激突するとそれは粉々になった。

 粉々になった腐った肉片は蠢き、一つに集まろうとしていた。


「〈大火(インフェルノ)〉」


 細々とした肉片は、固まっていたときより火が通り易かった。簡単に肉片は消し炭となり、その活動を終了させることができたようだ。


「⋯⋯これ、絶対普通のアンデッドじゃないよね」


 アンデッドにもたしかに再生力が凄まじい種類もある。だがあれだけ細々とした肉片に加工されれば、再生なんてできるはずがない。

 しかし、この化物はそれができた。あんな状態になっても尚、再生を開始した。天と地ほどの差はあれど、それは宛ら破戒魔獣のようだった。

 それからは特に何事もなく朝を迎えることができた。


「ふぁ⋯⋯あんまり寝れなかったなぁ⋯⋯」


「まあね。こんな所でぐっすりと眠れたほうがおかしいよ」


 疲れはあまり取れなかったが、それでも寝ないよりはマシになっただろう。


「出発は夕方。日が落ちたときだからね」


 朝とはいえ、気温は既に高くなっている。たしかにこの暑さだと、外を移動するのはとても辛いだろう。とりあえず日が落ちるまで、待機すべきだ。


「じゃあ、俺はもう一度寝る。時間になったら起こしてくれ」


 マサカズは二度寝と洒落込んだ。


「⋯⋯うわすご。もう寝てる」


 ナオトがマサカズの顔を覗き込むと、彼は既に眠っていた。寝ると宣言してから三秒も経っていない。


「⋯⋯水、これ足りますか?」


「⋯⋯あー、少し足りないね」


 水を飲もうとしたユナだったが、水筒にはあまり水が残っていなかった。

 砂漠では水分補給が大事だ。水は多めに持っておくべきだろう。


「村には井戸がなかったし、多分近くにオアシスがあるんじゃないかな。探しに行かない?」


「そうですね。ナオトさんはどうしますか?」


「そうだな⋯⋯マサカズを一人にしておくわけにはいかないから、ここに残る」


「分かりました。エストさん、行きましょう」


 エストとユナの二人はオアシスを探しに、外へ出た。

 次回は⋯⋯なんと私の作品では珍しいえっっ! な回です!

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