3−21 終わりの始まり
『能力は能力者が死亡しても、その効力は持続される』。これは能力者たちの間では常識である。
そう例えば、能力によって生み出したモノも、この常識が適応されるのだ。
「──クッソ⋯⋯まだ、置土産はあったってことかよ⋯⋯!」
白と黒の二色で構成された仮面をつけた、全身が黒色で体長50mほどの人形の化物。腕の長さはその全身の七割を占めており、指は片方三本ずつであるが細長く、先端には鉤爪が備わっている、『叛逆』のリベリオル。
絶えずして変化する、薄紫色に、薄汚く光る半固形物質の集合体であり、その全身の至るところでは、これまた絶えずに目が生み出されて、潰されて、また生み出されてを繰り返している、非生命的な生命体、『偶像』のイドル。
直径25mほどの範囲のそこだけは真っ暗闇であり、そこに存在するはずのナニカの外見は一切不明。しかし確実にそこにはナニカが存在していていることが本能的に理解できてしまう。時折直径3mほどの真っ黒な可視化されたオーラを纏った触手が、幾本もそこから姿を見せる、『無闇』のライスィツニシル。
全身が真っ白な裸の男の姿を持った体長20mほどの巨人。しかしその顔の八割ほどと、全身も特に上半身が溶けているため、どんな表情を浮かべているか分からない男、『違約』のエフミテル。
芋虫のような体に蜘蛛のような八本の脚と蝙蝠のような羽が三対あり、さらに胴体の先からは首が生えており、その先には老人のような顔が付いていた。その老人の瞳は数えるのさえ億劫になるほどの人間の瞳から構成されている、キメラのような存在、『残酷』のガラウムザル。
百を優に超えるだろうピンク色の、大小様々な触手の集合体。その外見はイソギンチャクにも似ていて、常にドロドロとして滑らかな質感の液体を噴出し続ける『淫乱』のブーズェル。
その巨体からしてみれば赤ん坊のように短くて小さな手足を持っていて、本体部分は大きな肉の塊であった。その肉の塊はどうやらそれ自体が口の役割を持っているようで、形様々で汚くて歪な歯がそこに並んでいた。全身が真っ赤な化物、『侵食』のイフォジオル。
不明な方法でそれは浮遊しており、老若男女の絶叫がそれから常に発せられており、その声は聞くだけで漠然とした不快感を覚えてしまうようだ。全身に様々な生命体の顔を持つ真っ白な直径25mほどの球体、『虚偽』のルーガル。
恐竜のような体を持ち、全身の筋肉が異常なまでに発達しており、特に顎と脚部に関しては、最早生物の限界というものを無視しているようだった。頭部の大半を口が占めており、目と鼻はパット見ただけでは確認できなかった。その口からは常に強力なアルカリ性の唾液が垂れている、『貪欲』のギーリシイル。
『殺戮』のモートルが復活していなかったことは不幸中の幸いだったと言えるだろうが、どちらにせよ絶望的状態には変わりない。何せ、四百年前に猛威を奮った化物たち。十体存在するうちの九体の破戒魔獣が、今ここに集結しているのだから。
「どーすんだよこれ!?」
「私に聞かれてもどうしようもないよ!? モートル一体にさえ無茶苦茶手間取ったのに、九体も同時に相手なんてできるわけないじゃん!」
エストとマサカズの二人は、今、平原を全力疾走していた。
というのも、二人はなんとか破戒魔獣たちから隠れながら移動していたのだが、『貪欲』のギーリシイルの嗅覚は異常であったようで、隠密は一瞬にして不可能となったのであった。
しかし、愚直にも破戒魔獣たちは二人を追いかけていた。もっとも、魔法で足を早くして、ようやく距離を保ちながら逃げ続けれるほどには、破戒魔獣たちの足は速かったのだが。
「どうする⋯⋯このまま逃げ続けたって、いつかは体力がなくなって俺たちが食い殺される。どこかで撒かないと⋯⋯でも転移阻害の結界の範囲がわからないし⋯⋯どうすれば⋯⋯」
下手に転移すれば二人ともお陀仏だ。
「⋯⋯いやそうだ。死んでもいいんだ。俺が『死に戻り』をすればいいだけじゃないか?」
──等頭、マサカズは『死に戻り』が普通に選択肢になり始めたようだった。死ぬことが怖くないわけではないが、別段忌避するほどのものでもなくなってしまった。
だが今はそんなことを悔やんでいる状況ではなかった。
「エスト、俺を転移させろ」
「わ、わかった。〈転移陣〉⋯⋯ってあれ? まさか⋯⋯!?」
しかし、魔法は発動しなかった。
エストは人間レベルにまで実力が落ちてしまっていたが、転移魔法は十二分に使えるはずだ。そのため、不発なんてことはありえない話であった。
「⋯⋯モートルも転移阻害の魔法が使えたよね」
「⋯⋯ああクソ。破戒魔獣には魔法使いもいるってわけかよ」
破戒魔獣は魔法を使えるポテンシャルがある。ならば、魔法を最初から使える存在が居てもおかしくないのではないか。
「ああもうどうすれば。──っ!?」
そんなときだった。二人に追いついた『叛逆』のリベリオルが、その手で地面ごと二人を潰そうとした──が、リベリオルの手は氷の壁によって防がれた。
「お前はまさか⋯⋯」
エストとマサカズの二人を窮地から救ったのは、一人の少年だった。彼の手には刀が握られており、そこからは冷気が漂っていた。
「誰か襲われてるなも思って助けたら君たちだったとはな、マサカズ、エスト」
「ジュン!」
「なんでこうなったかの話は後で聞く。さっさと逃げよう。僕についてきてくれ」
冒険者組合長、ジュン・カブラギは二人を、近くの山岳部まで先導する。
その山岳にあった渓谷に到着すると、巨体を持つ破戒魔獣たちの進行は遅れた。しかし、その中でも比較的小柄な破戒魔獣が、三人を追ってくる。
「隠れても無駄だ。奴らは鼻が効くみたいなんだぞ?」
走りながらマサカズは情報を共有する。
「じゃあそこの泥でも被るか?」
都合良くそこには泥があった。これであれば体臭を消せそうだが、まず汚れてしまうのは確実だろう。
「それより良い方法があるよ。〈無臭〉」
しかし、元魔女であり、人間でもかなり上位──というか、下手な魔人クラスより強い魔法使いがこちらには居る。わざわざそんなことをせずとも、この場は切り抜けれそうだ。
三人の体臭が綺麗さっぱり消え去る。
「こんないつ使うか分からないような魔法を創る物好きは俺か?」
「キミ、魔法能力ゴミみたいなものでしょ」
「まあそうだけどさ」
もしマサカズに魔法を創れるような能力があったのならば、きっとこんなふうなネタ魔法もいくつか創っているだろう。そう彼は自分を評価していた。
「⋯⋯。エスト、あそこの崖に攻撃魔法を使ってくれ」
「え、なんで──って、ああね。わかった」
ジュンが指差す方向の崖の上には、大きな岩があった。その岩で渓谷を塞げそうだったし、崖崩れを起こせば、運が良ければ破戒魔獣を生き埋めにできるかもしれない。
「〈爆裂〉!」
爆裂によって崖崩れが発生し、崖上にあった大岩が落ちてくる。それは見事追ってきていた破戒魔獣──イフォジオルに命中する。
「よし⋯⋯あそこに隠れるぞ」
そこにあった洞窟の入り口に三人は入る。
「〈石壁〉」
エストは洞窟の壁を石の壁で防ぎ、一同は安堵のため息を吐く。
「つ、疲れた⋯⋯」
「とりあえず、夜になるまでここに居ようか⋯⋯」
ここ最近まともに休憩を取っていなかったエストとマサカズは緊張から開放されて、地面に座り込む。
「なんで待つの? さっさとエストの転移魔法で転移すればいいんじゃないのか?」
「あー⋯⋯えっとね、転移したら即死するような結界がエルフの国に張り巡らされていてね。それの範囲がわからないからなんだよ」
「ああ、そうだったのか。⋯⋯あと、もう一つ聞きたいことがある。⋯⋯エスト、お前⋯⋯本当にエストか?」
「⋯⋯それはどういうこと?」
「魔法能力が落ちている。たしかに人外じみてはいるが、以前ほどはではないからだ」
先程の爆裂魔法を見たジュンは、エストの弱体化に気づいたようだった。
「⋯⋯それは、私が今、ただの人間だからさ。何らかの原因で、私は魔女としての力を失ったんだよ」
エストはエルフの国で何があったかをジュンに話す。その際に自分が行ったことは上手いこと話さずにしていたのをマサカズは気づいていたが、指摘はしなかった。
「なるほどな。⋯⋯ってことは、今ならお前を殺せるってわけだよな?」
「⋯⋯っ」
「『魔女は世界にとっての敵』だからな」
「待てジュン。今は敵対なんかしてる場合じゃ⋯⋯」
ジュンは『死氷霧』をいつでも鞘から取り出せる状態にする。
「──なんてな。たしかにお前のことは嫌いだが、殺したいと思っていたのは最初だけだ。それに、お前を殺せば僕はおそらく王国を敵にすることになるだろう。そんなのは、御免だ」
エストを殺せばまず間違いなくレネを怒らせることになるだろう。レネは王国の最高行政機関に顔が利くため、結果的に王国を敵にすることになる。
「⋯⋯質の悪い冗談だよ。全く⋯⋯」
「悪かったよ。⋯⋯それで、これからどうするんだ? いつまでもあんな化物を野放しにするわけにはいかない」
九体の破戒魔獣。それぞれ一体が世界を終焉に導くことができる化物たち。攻撃力、防御力、耐久力、体力、知力に加えて、インチキとも言える再生能力も持ち合わせている。
「⋯⋯今、破戒魔獣を撃破するのは難しいよ。単体でも」
破戒魔獣は単体で転生者五人分の戦闘能力を持っている。逆に言えば、そのクラスの戦力があれば討伐は非現実的ではないということだ。
エスト陣営で現在の主な戦力はレネ、ロア、そして目の前のジュンだけである。
モートルの時はかなり奇跡に近かった。あれだけ不十分な戦力で勝てたのは。そして今度もそんな奇跡を起こせるとは限らない。そのため、現在用意できる戦力で破戒魔獣を相手にするのは危険すぎるギャンブルである。
「⋯⋯破戒魔獣の目的。創造理由は何?」
「そんなの、イシレアが俺たちを大樹の森から逃さないように──」
「そう。それだよ。破戒魔獣たちは私たちを大樹の森から外に逃げないよう見張らせるために、生み出されたんだよ。なら、私たちを見失った今、破戒魔獣たちは次にどこに向かうと思う?」
「は? そんなの俺たちを探しに」
「⋯⋯いや、再び大樹の森の警備に戻る、か?」
その話だけ聞いていたジュンは、エストの問にそう答えた。
「え? 何でそうなるんだ?」
「あの化物たち⋯⋯破戒魔獣たちは、エストの話じゃ大樹の森を警備するために生み出されたんだよな? そしてそれが命令内容でかつ、その辺りに破戒魔獣が臨機応変に対応しないとすれば、僕たちを探し回ることはせずに大樹の森に戻る──そうは思わないか?」
能力は能力者が死亡しても尚効力を発揮する。そして、能力によって生み出された存在も効力を受け続ける。それはつまり、創造主の最期の命令をずっと守り続けるということである。
「⋯⋯ってことは」
「うん。破戒魔獣たちは、誰も逃げてくることない大樹の森をずっと警備し続けるというわけだよ」
蜂の巣を突かない、狂犬の尻尾を踏まないようにさえすれば、破戒魔獣がこちらに危害を及ぼすことはない。
いつかは討伐するにせよ、もしこの仮説があっているのであれば、準備の猶予はある。
これからエストたちがすべきことは決まった。
「私の魔女としての力を取り戻す⋯⋯破戒魔獣の討伐はそれからだね」
◆◆◆
数時間後。
辺りは暗くなり、涼しくなってくる。
恐る恐る外を確認するが、周りには破戒魔獣は居なかった。
「⋯⋯やっと、帰れるよ」
ようやく、エルフの国での騒動は終わった。短い間だったが、疲れは並のものじゃない。
「とりあえず王国に帰ったらまずは報告しなくちゃならないな⋯⋯」
破戒魔獣たちに近づけば、一般人ならばまず間違いなく死亡する。すぐには討伐できないため、大樹の森周辺の封鎖をしなくてはならない。
冒険者組合にもきっと、それ関連の仕事が舞い込んでくるだろう。
「これから忙しくなるよ。⋯⋯でも、少し休まない?」
「⋯⋯そう、だよな⋯⋯」
元はと言えばエルフの国へは、休養目的で訪れたはずだったのだが、結果としては疲れを増やしただけに過ぎなかった。
「⋯⋯そういえば、エルフの国には生存者は居るのか?」
「⋯⋯いや、多分いない。虚飾と憂鬱の魔人に皆殺しにされたはずだ」
「⋯⋯そうか」
──エルフの国の壊滅。今回の事件の被害は決して小さいとは言えない。
そして、マサカズたちはそんな国一つを容易に潰せる存在たちと戦おうとしているのだと、改めて実感した。
「⋯⋯黒の魔女、か。大罪の魔人でさえこんななのに、本当に勝てるのか?」
「⋯⋯そうだ。マサカズ、キミたちに言わなくちゃならないことがあるんだ」
「なんだ? 謝罪や感謝ならもういいが」
「違う。⋯⋯実は、あのイシレアが最期に使った能力、あれからは──」
エストは、『影の手』によって首を絞められたときのことを話す。
「──黒の魔女の気配を感じたんだ」
18歳の人間としてのエストの強さはレイよりちょっと強いくらいです。




