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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第三章 エルフの国
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3−20 最悪な置土産

矛盾点があったため、一部文章を削除しました。

 辺りは、エルフの死体だらけだった。

 岩石に潰された死体。首が刎ねられた死体。消し炭になった死体。切り刻まれた死体。死因は様々であり、それらはさながら乱暴な子供に弄ばれて、壊れた人形のようだった。

 雨と血液が混ざり合い、それが地面を覆っている。鉄臭さくて、常人なら目の前の惨劇もあり正気を保てないだろう。


「いないネぇ〜。やっぱり二人だと時間がかかるヨぉ〜」


「まあ、普通のエルフがこの国から逃げることはほぼ不可能なはずです。ゆっくりと着実に、エルフたちを殺していきますよ」


 イシレアとメレカリナはエルフたちから魔力と生命力を吸収している。魔力は魔法にしか使えないが、生命力は異なる。

 生命力、つまり魂は、非常に大きなエネルギーであるのだ。

 魔力は二人にとってはオマケのようなもので、本命は魂である。魂を集めることこそが、『契約内容』なのだ。


「イシレア、メレカリナ」


 そんなとき、不意に女性の声がした。美しくて、透き通ったような声だ。


「白の魔女でしたか。あの六人が逃げようとしないか見張っておくように言っておいたはずですが、どうしてここに居るのですか?」


「その仕事を終えたから、ここに来たってわけだよ。六人は全員殺した」


「⋯⋯そうでしたか。なら、エルフたちを殺すのを手伝ってください」


「はいはい」


 エストはそう答えて、イシレアたちの間を通るために、二人に近づく。そのことに、イシレアたちは何の違和感も、警戒心も抱かなかった。

 エストの左手が、イシレアの顔に触れる。黒色の魔法陣が展開されており、イシレアは──即死した。


「っ!?」


 突然のことに動揺を隠しきれず、メレカリナは一瞬反応に遅れてしまった。背後から忍び寄り、メレカリナの首を狙おうとする者の太刀筋に。


「死ね」


 メレカリナの首を、マサカズの聖剣が切断する。肉を斬るというより、バターを斬るような感覚であった。

 血飛沫を回転しつつ撒き散らしながら、メレカリナの頭部は地面に落ちる。


「がっ⋯⋯」


 イシレアが生き返ろうとした瞬間に、マサカズは彼女の心臓に聖剣を突き立てる。


詰みの状況(チェック・メイト)だ。お前のそれは自分の意思で止めれるんだろ? さっさと死んだほうが楽だぜ」


 死を知っているマサカズは、イシレアにそう言った。

 たしかにそれは正しい。死は生きているうちにおいて経験するあらゆる苦難より苦しい。


「──」


 しかし、何度も何度も何度も、イシレアは生き返ろとする。


「⋯⋯しぶとい。マサカズ、ちょっとどい──」


 その瞬間、マサカズの体が吹き飛ばされて、イシレアを殺し続けることを中断してしまう。

 それを行ったのは、勿論エストではない。

 梔子色の髪を持つ、非常に整った顔つきの──エルフだった。


「ドメイっ⋯⋯!?」


「⋯⋯」


 エストはドメイを説得しようとした。だが⋯⋯それはもうできなくなっていた。


「──いやはや。弱者もたまには役に立ちますね」 


 ドメイの瞳には光がなかった。いや、生気がなかった。


「やめっ⋯⋯」


 イシレアは魔法を行使して、ドメイの体を細々な肉片へと変貌させた。

 魔法で死者となったドメイを操っていたのだ。


「さて⋯⋯」


「させないよ!」


 イシレアがメレカリナの死体を見たのをエストは認知し、何をしようとしたかを理解したため、彼女はメレカリナの死体を燃やすためにイシレアより早く赤魔法を行使しようとする。

 だが、


「っ!」


「あなたの魔法より、私の現実改変のほうが早かった⋯⋯ですね」


 炎は現れた水によって消火され、そして、メレカリナの頭部が離れ離れになった体と再びくっつき、生命活動を開始する。


「〈十光斬〉!」


 マサカズは再度メレカリナを殺害しようと、蘇生直後の彼に、瞬時にして十の斬撃を浴びせる。しかし、甲高い金属音とともに、マサカズの剣は弾き飛ばされた。


「──良くもやってくれたネぇ〜?」


 無防備な腹部にメレカリナの鋭利な爪が迫る。だが、それは目標を捉えることはできなかった。


「〈瞬歩〉⋯⋯っぶな」


 何とか、マサカズはメレカリナの攻撃を避けることに成功したのだが、聖剣を失ってしまった。


「エスト!」


「はいはい。〈上位魔法武器創造グレーター・クリエイト・マジックウェポン〉」


 マサカズの手に禍々しい雰囲気を持った魔剣が創造された。何の戦術的優位性タクティカルアドバンテージもない彫刻(エングレーブ)があり、またそれには骸骨の装飾があったりしている。


「趣味悪っ!?」


「かっこいいでしょ? キミにはこれが似合うと思うよ」


「たしかに昔はそう(中二病)だったけどさ!?」


 見た目に反してそれは軽かった。いや装飾がなければもっと軽くなるだろうが。


「⋯⋯もういイぃ〜?」


 エストとマサカズの言い争いに一切口出しせずにメレカリナとイシレアはじっと待っていたようだ。


「あ、はい──っ!」


 マサカズがそれに答えた瞬間、メレカリナが視界から消える。彼は背後に殺気を感じたため反射的に振り返り、その魔剣で爪による斬撃を防ぐ。

 すると、メレカリナの爪が切断された。


「凄⋯⋯でも、これってまさか」


 マサカズは自身の魔力が一気に消耗して、体力まで削られた感覚を覚える。どうやらこの魔剣は所持者の魔力ないしは体力を消費することで鋭利さを獲得するタイプのようだ。


「ったく、面倒なものを渡してくるな⋯⋯!」


 そして彼は魔剣の力を完全に理解した。知識が頭に入ってきたのだ。おそらく、エストがやったことだろう。


「はあぁっ!」


 マサカズは跳躍し、横方向に一回転しつつメレカリナに剣を振る。

 メレカリナの左腕を斬り飛ばした瞬間、やはり彼は自分の体力が削られた感覚を覚えたのだが、それは殆ど無いに等しかった。

 ──エストがマサカズに渡した魔剣の効果は、斬ろうとしたものを必ず斬れるが、その代わり、それに応じただけの魔力あるいは体力を消耗する、といったものである。


「身体能力はレイと同じかそれ以上。その上能力持ちでかつ実践経験豊富な化け物⋯⋯か」


 力、技術、能力、経験。それらのどれかでも、マサカズがメレカリナに勝っているものはない。


「痛いネぇ〜。でモぉ〜、これくらいで僕が臆するわけないヨぉ〜?」


「へっ⋯⋯化け物め」


 メレカリナの爪が閃光の如くマサカズを狙う。しかし、彼はそれを魔剣によって受け流す。


「ビンゴ⋯⋯だな」


 マサカズはわざと、受け流すときに剣の刃の部分ではなく峰の部分を当てたのだ。そうすることで『斬る』ということはしないようにしたのである。

 受け流して、マサカズはメレカリナの腹部に蹴りを打ち込むと、体を反時計回りに回転させて刃の部分をメレカリナに向ける。

 だが、メレカリナも馬鹿ではない。防御することなく体を反らすことで魔剣を避ける。


「おまっ⋯⋯それは銃弾の回避方法だろ!?」


「じゅーだん? ⋯⋯よく分からないヨぉ〜」


 メレカリナは驚異的な身体能力で普通なら後ろに倒れてしまいそうな反りの体制から、サマーソルトキックを繰り出す。

 下顎に大きな衝撃が走り、一瞬マサカズの意識が飛ぶ。その隙を狙われて、メレカリナはマサカズを仕留めようと右手の爪を彼に突き刺そうとするが、


「──イシレア!?」


 そこに、イシレアが飛んできた。彼女は現実を改変し、運動エネルギーをゼロにすることで衝撃をなくす。


「魔女⋯⋯魔法使いがどうして肉体戦をするんですか⋯⋯」


「私は勝つためならなんだってするからね。魔法しか使わないと思わせて、一気に近寄ってグサッ⋯⋯ってこともするんだよ」


 エストが歩いてこちらによってくる。左手には細長い剣が握られていた。


「マサカズ、そこから離れたほうがいいよ?」


「──は?」


 彼女の剣が赤黒い炎を纏う。凄まじい熱量が生じて、地面の血と雨水の混ざりあった液体が蒸発していた。

 そして、エストが消える──いや、速すぎて見えなかったのだ。

 イシレアの首が刎ねられる。彼女の首の切断面は焼け焦げており、血の一滴さえ滴らなかった。


「さーて。キミももう一度死んでおいて」


 目にも止まらぬ斬撃で、メレカリナの首も刎ねられる。


「⋯⋯なあ。俺、戦う必要あったか?」


「少しだけメレカリナの気を引いててくれたでしょ? それで十分だったよ」


 流石のエストでも、イシレアとメレカリナの二人を同時に相手するのは難しい。マサカズがメレカリナの気を引いていなければ、もっと苦戦していただろう。それほどまでに、人数差があるというのはアドバンテージになるのだ。


「ふーん。⋯⋯で、こいつどうするんだよ」


「そうだよねぇ⋯⋯」


 イシレアは観念したようで、もう復活はしていない。だが、だからといって油断するわけにもいかない。いつ復活するか分からないからだ。


「とりあえずレネなら封印できるから、持っていくしかないのかな」


「そうだな。⋯⋯エスト、レネは当然、あいつらにも謝っておけよ?」


「⋯⋯うん。わかってるさ」


 謝ってすぐどうこうすむ話でもない。多かれ少なかれ、仲直りには時間が必要だろう。だが、それも謝らなければ始まらないことだ。


「⋯⋯マサカズ、ごめんね。そしてありがとう」


「⋯⋯ああ」


 二人は笑い合う。

 初対面のとき、殺そうとした相手だったとは思えない。一つの選択肢で、未来はここまで変わるのだ。もしかしたら、エストとマサカズが仲良くなる時間軸(ルート)は、この一つだけなのかもしれない。


「──ハッピーエンド。見事魔人二人からエルフの国を救った英雄のお話は幕を閉じる⋯⋯はずでした」


 イシレアが復活した。

 エストは当然、彼女が喋りだす前に攻撃を仕掛けたが、


「手⋯⋯?」


 黒色の、『影の手』が、イシレアをエストの炎魔法から守ったのだ。


「⋯⋯この感じ⋯⋯まさか──うっ!」


「エスト!」


 エストの首を『影の手』が締め付ける。その力はとんでもなく、彼女は抗うことさえ叶わなかった。


「コロス! コロス! ワタシノジャマヲシタキサマハ、ナンドモイキカエラセテ、ナンドモコロシテヤル!」


 先程までのイシレアとはまるで雰囲気が、威圧感が違う。先程までは猫をかぶっていたに過ぎなく、これこそがイシレアの本性なのだろう。


「が⋯⋯あっ⋯⋯く⋯⋯」


 首がゆっくりとへし折られていく。激痛が走って、死が着実に迫ってくることをエストは感じた。

 しかし、その死から自力で逃れることはできない。


「離せ!」


 マサカズは魔剣で『影の手』を斬ろうとするが、斬れなかった。硬いだとかの話ではなく、そもそも命中さえしなかったのだ。

 何度も何度も剣を振るが、『影の手』を斬ることはできなかった。


「クソっ!」


 代わりに本体を斬ろうとしても、『影の手』がマサカズを傷つける。こちらの攻撃は一切通じないというのに、あちらの攻撃は通じてしまうようだ。


「アアアアアッッ!」


 発狂にも似た叫びだった。エストの首を掴む『影の手』の本数が更に増えるが、同時にイシレアの目から血の涙が零れており、また彼女の体が崩壊し始めていた。

 『影の手』を制御できず、イシレアの体は自壊を始めていたのだろう。


 ──エストの首がへし折れるより先に、イシレアの体は完全に消滅した。


 ◆◆◆


「──スト。エスト!」


 気絶から目覚める感覚は、エストにとっては久しぶりのものだった。

 勢い良く彼女は飛び起きる。


「⋯⋯私は⋯⋯」


「良かった⋯⋯生きてたか」


 エストは自分の首元を確認する。

 少し痛いが、別段異常はない。念の為治癒魔法をかけておくべきだろう、と、エストは思った。


「〈治癒(ヒール)〉⋯⋯あれ?」


 彼女の首の痛みは和らいだ。


「⋯⋯どうかしたのか?」


 ──そう、和らいだ、だけなのだ。


「⋯⋯嘘。そんな⋯⋯」


「おい、どうしたんだ、エスト?」


 そして気づき始める。麻痺していたあらゆる感覚が戻ってきたのだ。


「──これ、私の体、普通の人間になってる」


「⋯⋯何、言ってんだよ⋯⋯?」


 エストは、自分の中から魔女としての力が失われていることに気づいた。


「なんで⋯⋯私は⋯⋯魔女ではなくなったの?」


 分からない。分からないのだ。どうして人間になった(弱くなった)のかなんて。


「⋯⋯まさか⋯⋯憂鬱の魔人、メレカリナの能力が原因じゃないだろうな」


 マサカズには、このエストの突然の弱体化が、メレカリナの能力が原因ではないかと思った。しかし、メレカリナは死亡している。たしかに能力はその能力者が死亡しても効果は持続するが、それは発動済みの能力に限る。

 ──いや違う。


「能力は既に発動していたのか。効力を発するのに条件があっただけ⋯⋯。クソ⋯⋯だとしたら最悪な置き土産だな⋯⋯」


 エストは、白の魔女としての力を失った。

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