3−17 別れ
最初、私はこの過去編を二話で、長くなっても三話で終わらせようとしたんですよ。それがどうして、これで四話目なのか。⋯⋯次回で多分、いや終わらせます。
ほんっとこれ章タイトル詐欺じゃんかよ。
魔法杖とは、魔法使いにとっての剣士で言う剣であり、通常、必須となる道具である。
しかし、魔女や魔人、またはそれらに匹敵するほどの魔法使いであれば、その魔法杖のアシスト機能はむしろ邪魔になるし、そのレベルの戦闘では、魔力石が保有できる魔力量なんて大したものでもないため、持たないことが多い。
「──ということだから、エスト、キミには魔法杖は必要ないんだよ」
エストは思い出したように、突然ルトアに『魔法杖が欲しい』と願ったのだ。聞くと魔法杖を持っている魔法使いの方が格好良いという理由なのだが、あんな役にも立たない大きな棒をわざわざ持って戦闘を行うことに、ルトアは何のメリットも感じなかった。
「そーなんだ。これが強さゆえの代償ってものかな」
「何言ってんの?」
「⋯⋯」
精一杯のボケを一蹴されて、エストは少し悲しくなったが、すぐに気を取り直す。
「⋯⋯それにしても、そろそろ実戦といくべきだね。エスト」
「実戦?」
「そう。一番良い相手は人間だけど、キミは彼らを殺したくはないだろう。そこで、野生のモンスターの出番ってわけさ」
エストは一通りの魔法を覚えて、それを問題なく行使できる。あとは使い方と戦い方であるが、こればかりは実戦でしか培えない。そして、その実戦相手がルトアでは役不足どころの話ではないため、わざわざこうして外に行く必要があるというわけだ。
「ついでに王都にも寄りたいしね」
ルトアたちが住んでいる森から一番近い都市は、ウェレール王国の王都だ。
二人は寝支度を済ませる。
「エスト、明日は早く起こすからね」
「うん。おやすみ」
「おやすみ」
◆◆◆
翌朝。
人々が起き上がる時間は日が昇る直前で、それから一時間ほどが経過したころには、王都は賑やかとなっていた。
しかし、エストとルトアはそんな都からは少し離れた平野に居た。
「〈魔力感知〉」
モンスターを探すためにエストは感知魔法を行使するが、辺り一面にその反応が現れた。
「えっ⋯⋯え?」
予想外のことに彼女は困惑する。
「⋯⋯その魔法は範囲内の魔力に反応する。そして魔力は生命体なら必ず持っているものだよ。でも、その保有量は植物と動物とじゃあ全く違う。感知する魔力量を調節してみたら?」
「調、節⋯⋯」
感知する魔力量の調節。字面だけならば、何を言っているのかさっぱり分からない。まさか調節用ネジが付いているわけでもない。
だが、魔法において、それの行使は殆ど感覚のようなものだ。ただ詠唱するだけでは魔法が使えないように、それにはコツがある。そしてエストはそのコツを掴もうとする前に、既に掴んでいた。
そんな彼女にとって、ルトアが言う調節は容易に行えた。
「あっちに居る!」
植物の魔力を対象外とし、もう一度同じ魔法をエストは行使すると、見事にモンスターらしき魔力反応を見つける。
魔力は生命体の体を循環している。そのため、魔力を見るということはその生命体のシルエットを見るようなものだ。
エストが見た対象のシルエットは、翼のついた巨大なトカゲのようなものだった。
「──竜?」
「ドラゴンだって? 本当に言ってるの?」
普通、その種族はこんな所には居ない。大抵のドラゴン種は東の方の国に住んでいるはずだし、仮にそこに住んでいないドラゴンだとしても、やはりこの平野にいるのはおかしい。
二人は少し盛り上がっていた地面を登って、直接見ることができなかった反対側を確認すると、
「⋯⋯人間? いや、片方の、お前は⋯⋯何者だ!?」
全長は10mほどだろうか。ドラゴンとしては小ぶりである。全身は赤色というより真紅の鱗で覆われており、口からは鋭い牙がはみ出ていた。体には一切の脂肪がなくて、筋肉ばかりだったが細身で、美しいとも思える外見である。前足は翼と一体化しているようで、その細身の体には似合わないほどに巨大な鉤爪がそこにはあった。
「人語を喋れる。つまりキミはラグラムナ竜王国の国民だね?」
「⋯⋯ああ。我はラグラムナ竜王国の貴族だ」
「貴族──」
エストは過去を思い出す。貴族というものを、彼女はどうやら少しだけ恨んでいるようだ。
「⋯⋯。それで、竜の貴族様がどうしてこんなところに?」
「⋯⋯魔女が現れたのだ」
「魔女、だって!?」
ルトアが知る自分以外の魔女は、レネとあと一人だけだった。そして、レネが竜王国に行く理由はないし、
「我々は急にその魔女に襲われて⋯⋯何体ものドラゴンが魔女に殺されたのだ」
そんなことをするような人物でもない。つまり、あと一人──黒の魔女こそが、ラグラムナ竜王国を襲った魔女であるだろう。
「⋯⋯その魔女は、何か言ってた?」
だが、断定するにはまだ早い。僅かだが間違いの可能性だってある。
「たしか、奴が我々の国に現れたとき、こう言っていた。『私のウォーミングアップに付き合ってください。人間の国では相手にならなかったので、わざわざここまで来たのです。存分に楽しませてくださいよ?』と」
僅かな間違いの可能性は砕けた。
確定だ。こんな狂ったことを言って国一つ滅ぼすのは彼女しかいない。やはり、二日前のあれは現実だったのだ。
「⋯⋯キミ、ラグラムナ竜王国には私を背負えばどれくらいで行ける?」
「⋯⋯は? ⋯⋯ま、まあ、お前が外見にそぐわないほど重くなければ8時間もあれば行けるが⋯⋯」
「なら今すぐにでも連れて行って。私はそこ知らないから転移魔法で行けないの」
ルトアは顔には出していないが、とんでもなく焦っていた。
「ルトア? どうして行くの?」
状況が読めないエストは、ルトアが竜王国に行く理由が理解できなかった。
「エスト⋯⋯。ごめんね、きっと帰ってくるから」
「え?」
ルトアはドラゴンの背中に飛び乗ると、ドラゴンに飛ぶように命令する。ドラゴンはそれに従い、飛び立つ。
◆◆◆
「⋯⋯おい、ルトアとやら。あの娘を置いて来て良かったのか?」
「⋯⋯良いわけないでしょ。でも⋯⋯このままキミたちの国にいる魔女を放っておくわけにもいかないんだよ」
ルトアはエストを一人にする気はないため、魔法でレネに彼女の面倒を見てほしいと言っておいた。しかし本心は離れたくないのだ。
「⋯⋯あの魔女は一体何者なんだ? それにあの魔女とお前からは同じような気配を感じるのだが」
「キミが思っている通りだよ。私も魔女。白の魔女だ。そして、キミたちの国を襲ったのはおそらく黒の魔女だね」
「黒の魔女⋯⋯」
今から約百年前に、大陸中央の殆どの国を滅ぼした後に消息を絶ったはずの魔女だ。
「お前なら、奴を止められるのか?」
「さあね。百年前はできた。けど、今度もそうとは限らない。いやむしろ、負ける確率のほうが高いかな」
単純な魔法能力では、圧倒的に黒の魔女の方が高い。百年前に勝てたのだって、ルトアのその戦闘センスと不意打ちをして反撃の暇さえなく殺しにかかったからだ。
しかし、黒の魔女は二度も同じ手が通じるような甘い相手ではない。今度は直接戦うしかないだろう。
「なんだと? じゃあ、お前は死ぬつもりなのか?」
負ける確率の方が高い。計画もない。力では負けている。
「⋯⋯キミは勘違いをしている。私は『勝てない』なんて一言も言っていない。何より──黒の魔女は、この世界じゃ、知る限り私にしか倒せない」
「⋯⋯それはどういう」
「そのままの意味さ。私以外の者じゃ、黒の魔女とはマトモな戦いにすらならないんだよ」
ルトアはその理由を話し出す。
第一に、本気の黒の魔女の動きは同じ魔女であるルトアでさえ付いていくのがやっとである。
第二に、黒の魔女の魔法は無詠唱で、ルトアの詠唱あり魔法を相殺できる威力を持つ。
第三に、ルトアの能力『奪取』で黒の魔女の能力を奪わなければ、殺すことはおろか、傷を与えることさえできない。
以上のことより、黒の魔女はルトアでしか倒せない。ということである。
「しかも、おそらくだけど、仮に倒せたとしても殺すことまではできない」
「どういう意味だ? 倒せたなら、殺すことなんて簡単ではないのか?」
「前回、私が黒の魔女を倒したとき、一度殺したんだ」
「⋯⋯一度、殺した?」
「うん。一度、ね。でも彼女は生き返った。能力を奪ったのに──いや、奪ったつもりだっただけなんだろうね」
ルトアは黒の魔女は複数の能力を持っていると知っている。
本来、一人につき一つの能力をなぜ複数個持っているのか、その原因は不明だ。しかし、それは揺るがない真実であり、否定することができない現実だ。
「私の能力も無敵じゃない。彼女から全て奪うこともできなければ、奪った能力も使いこなせない」
「使いこなせない? そんなに難しい能力なのか?」
「いや、単純さ。バカでも赤子でも使える能力だ。けど、彼女以外には使いこなせない。何せ──その能力を使えば死ぬから」
「死ぬ⋯⋯!?」
「自分の体の時間を、意識以外全て停止させる能力。彼女に触れたものも時間が停止して、そのエネルギーも無となる。防御面においては最強の能力だけど、欠点はアンデッドでもなければ使いこなせない能力ってことかな」
そして黒の魔女は不死の能力も所持している。この二つの能力の相性は誰でも抜群だと答えるだろう。
「⋯⋯あとはどれだけ力が鈍っていてくれているか。百年間のブランクを二日で取り戻せるとは思えないんだけど、彼女ならそうだとは確信できないね」
既にルトアたちは陸ではなく、海の上を飛んでいた。潮風が全身を撫でて、ベタベタするが、そんなことを気にしてられるほど彼女に余裕はなかった。
「⋯⋯今度は、私から会いに行ってあげるよ」
ルトアは黒の魔女の名前を、口には出さずに心の中で呼んだ。
◆◆◆
ラグラムナ竜王国。軍事力においては世界一の国であり、その他のあらゆる技術においても非常に高い水準にある。
国境には壁が存在し、二十四時間、竜たちが警備しているため、人っ子一人でさえも不法に入国することは不可能だと言って良いだろう。
ましてや強行突破など、人間の大国の一軍でさえ、非常に難しい。
「⋯⋯世界最強の種族、ドラゴン。たしかに骨はありますが⋯⋯雑種では相手にもならないですね」
黒の魔女は無詠唱の魔法を行使すると、軍の竜を凍りつかせて、その生命活動を停止させる。
氷像となった竜は空中から地上へと落下し、砕けて完全に死亡した。
ラグラムナ竜王国は竜たちの国である。当然家屋などの建物も竜の体格にあったものであり、また強度も大きい。だが、そんな建物群は彼女の魔法一つで崩壊し、そこらは更地となる。砕けた竜の氷像がそこら中にあり、彼女の氷魔法によってここら一体の気温は氷点下にまで落ちていた。
白い息を吐くことなく、彼女は意味のない、しかし癖になってしまっている呼吸をする。
「──ほう。殺したと思ったのだがな」
退屈していた彼女の背後から、威圧感のある重低音な声が聞こえる。一切の気配や殺意を感じられずに殺されたことに、彼女はそれを行った相手に期待していた。
吹き飛ばされた上半身が再生していき、そして完治する。明らかに即死の傷を負ったというのに、彼女は死ななかった。
「いえ、あなたは私を殺しましたよ。一度だけ。⋯⋯にしても痛みは久しぶりですね。生きている感覚が味わえる。アレを解除しておいて正解でしたよ」
今、たしかに彼女は一度死亡した。生き返っただけであり、殺したということ自体は何も間違いではない。
「それにしても、あなた⋯⋯古竜ですね」
彼女が振り返ると、そこには他より一回りも大きなドラゴンが居た。
漆黒の鱗は下手な金属──いや聖合金や灰銀などと言った稀少かつ高い強度を持った金属よりも更に硬いだろう。
紅い双眸が黒の魔女を睨む。
「⋯⋯っ!」
ドラゴンは鉤爪を黒の魔女に振るうが、今度は上半身を斬り落とすことができなかった。それどころか、彼女の細くて白い、弱そうな腕一つで軽々しく受け止められた。
「──」
そして、ドラゴンは片腕を、一瞬にして氷漬けにされて、声にならない絶叫をする。
「素晴らしい。本当に素晴らしい。私はあなたの全身を氷漬けにしようとしたのに、片腕だけしかできなかった⋯⋯私の魔法に抗えるなんて、あなたはそこらの雑種とは違いますね」
「雑種⋯⋯だと。貴様、我が同胞を雑種と言ったか?」
ドラゴンは凍った片腕を抱えながら、黒の魔女にそう聞き返した。
「⋯⋯? ええ、雑種。何も間違いはないでしょう? 私を楽しませることさえできないような弱くて脆くて使えない種。それらを雑種と呼んで、何の間違いがあるというのですか?」
「⋯⋯王は民を守るために存在する。民は国を豊かにするために働く。国が豊かになれば王はより力を持つ。民は──貴様が言う雑種はたしかに弱いかもしれない。だが彼らが居なくては我は今ここに居ない! 雑種だと? ふざけるな。彼らは誇り高き竜族だ。貴様に彼らを雑種などと言う権利は毛頭ない!」
ドラゴンは、いや竜王、ロック・ザラディ・ヘルベルム・ウォンティア・ラグラムナはその口を開き、そこから炎のブレスが吐かれる。
しかし、黒の魔女は燃えることなく、火の粉さえ彼女に降りかからなかった。
「うっ⋯⋯が⋯⋯」
ロックの心臓に氷の槍が突き刺さる。
「我を失い、ただ怒りに任せただけの攻撃。愚かで、盲目的で、荒唐無稽ですね。冷静であれば、あの程度の単純な魔法、簡単に防げたでしょうに」
氷の槍の冷気は増して、ロックの抗う力を押しのけて、彼の体を凍りつかせていく。
少しずつ、少しずつ、ロックの体は凍っていく。冷たくなっていく。死が迫ってくる。
数秒後には死ぬだろう。だが、それは助けが間に合わなかったら、だ。
「──〈点火〉」
ロックの体を凍りつかせていた氷が溶けて、彼は火傷を負ってしまうが命は助かった。
「⋯⋯あなたは」
黒の魔女は目の前の銀髪の魔女に目を向けて、笑顔をこぼした。
「今度こそ、キミを倒す。もう二度とこんなことはさせないように」
「ふふふ⋯⋯ルトア。あなたの方から来てくれるとは、思いもしませんでした」
二人は向き合う。片方は顎を引き、片方は余裕そうに相手を見ていた。
溢れた魔力が衝突し、それにより空間に歪みが発生した。
「⋯⋯さあ、始めましょう? 戦いを」
プロセカにKINGが実装され、歓喜の私。Master譜面は良心的で面白かったです(上手いとは言ってない)。
さて、前書きにも書いたように、次話で過去編は終わります。というか何文字書こうが絶対に次回で終わらせます。
ちなみに第三章も終盤で、この物語の序盤もそろそろ終わる頃合いです。
⋯⋯完結まで書けるかな。一応最終章までのプロット自体は考えてあるんですけど、もう何度か全部書き直したりしているので、また書き直ししそうだな、と。
普段は後書きは書かないですが、今回は珍しく書く気になりました。
というか子供エスト可愛すぎでは? いやまあ私の好みで創られたキャラクターなので当たり前と言えばそうなんですがね!